おは
「それで新入りの方はどうだ?」
「はい、リーダー。こちらの期待を上回る者たちがたくさんおり、豊作といってもよろしいでしょう」
「ほう」
部下である大柄の男から報告を受けたリーダーと呼ばれた男が満足そうな笑みを浮かべる。部下である大柄の男は直接採用試験を仕切った試験官であり、その彼が豊作というのだから新人たちは期待できるのだろうと確信するリーダー。
リーダーの名前はクルラ=ブレイス。脱魔王派を仕切るリーダーであり、冒険者としてのランクはBランクに相当する。
クルラは手元に用意された新人たちの資料に目を通しながら大柄の男に問う。
「こいつらは今どこにいる」
「ダクリア帝国の近くで魔獣狩りの任についております」
「例の新入りたちだけでチームを結成するという話か?」
「はい。リーダーには報告が遅れましたが、やはり新人たちでチームを作った方が得策だというのが私たち試験に立ち会った者たちの総意です」
男の進言にクルラが今一度資料に目を通す。
「だが例年なら新人は各チームに配属されて指導されるのが筋だろう」
「そうですが……」
歯切れの悪い男をちらりと見たクルラは再び資料に視線を戻すと、新人たちの能力分析に注視する。
脱魔王派採用試験に合格した者は慣例として先輩たちとチームを結成して実戦で経験を積み、その中で指導していくことになっている。過去にも実力者は存在したが、彼らは例外なくこの慣例に従って脱魔王派の中で経験を積んできた。
しかし今回の新人たちは現場の判断で即席チームを作って活動に当たっている。しかもリーダーであるクルラに対しては事後報告という形になってしまった。
クルラは部下たちのことを評価しているつもりだし、部下たちの意見を尊重する人間だが、今回の件に関しては少し現場の暴走ではないのかと考えていた。けれどもこうして部下に対面してみると彼らに暴走の兆候は見られない。
そうなると部下に問題があるのではなく、新人たちの方に問題があると考えたクルラは手元の資料から新人たちの問題を読み取ろうとする。
「これは小耳に挟んだことなのだが」
「なんでしょうか」
「現場では新人たちを御しきれないと判断したとか」
「それは……」
クルラの問いに対して言葉を詰まらせる大柄の男。
正直に話せば現場の人間はセイヤたち四人の実力を直で目撃しており、その中で彼らは自分たちよりも優れていると感じてしまったのだ。
これまでにも自分たちより実力がある者たちを受け入れてきた彼らであるが、その時は今回のような例外的な手段を用いていない。なぜならその時の新入りは自分たちよりは実力があったとしても、自分たちよりは劣っているという感覚があったから。
しかし今回の場合は違う。自分たちよりも実力があるのは間違いない。だがそれ以上に自分たちよりも新人の方が人間的に優れていると本能的に感じてしまったのだ。それも一人や二人ではなく、現場にいたほとんどの人間が。
「嘘偽りなく申し上げると、我らが新人たちを御しきれないと感じたのは真実です」
「そうか」
大柄の男の答えに対してクルラは落胆などする様子は見せない。ただ淡々と男の報告に耳を傾けている印象だ。
「そちらの報告書に書いてある通り、新入りの実力は既に私たちよりも上だと推測できます。我が軍の中でも腕っぷしの強いハマスやフローリストと互角以上の力を示したエンジとミズチ。一瞬ではありましたが信じられないほど高質の魔力を見せたデンシルとジェイ。彼らはあの年代では傑出した実力を有しているのは確かです」
大柄の男の口調には僅かな悔しさを含んでいたが、クルラは気づかない振りをした。
「おそらく彼らは今後さらに成長していき、ひいては我が革命軍の主力となるのは間違いありません」
「そこまでのものか」
大柄の男がここまで新入りを褒めるのは珍しいことで、クルラも少し驚いた様子を見せる。ちなみに革命軍というのは俗に言われる脱魔王派が自称している名前であり、彼らは正式には自らを脱魔王派とは呼称しない。
唯一、自らを脱魔王派と呼称するのは新入りを迎える採用試験の時のみ。それは極まれに脱魔王派と反魔王派を混同して志願する者が現れるため、そういう無知な志望者を最初に省くための措置であり、実際のところは気が進んでいないのだ。
「こう言っては情けなく聞こえてしまうかもしれませんが、彼らを成長させるには私たちでは力不足です。実力ある者同士で互いに切磋琢磨させる方がよいかと」
「そういう訳なら理解しよう」
「ありがとうございます」
「それでもう一つの理由の方はどうだ?」
クルラが手元の資料から目を話すと大柄の男の目を真っ直ぐと見つめる。
「まだなんとも。ですが可能性がないということは断言できません」
「だろうな。こんな実力者たちが一気に現れるはずがない。しかもどいつもこいつも経歴が不明瞭となれば猶更だ」
ダクリアの冒険者たちは総じて経歴が不明瞭なことが多い。それは冒険者という職業の特性上、仕方のないことかもしれないが、それでもクルラの手元にある資料に記されているセイヤたちの経歴は希薄すぎた。
「さて、誰が紛れ込んだ犬なのか」
「やはりスパイがいると考えた方が?」
「当たり前だ。我ら革命軍にとって新魔王体制が始まる今が好奇なのは事実。ならこの好機に互いの手の内を探ろうとするのは必至だ。現にこちらもスパイを送り込んでいるのだから、向こう側からもスパイが紛れ込んでいると考える方が当然だろう」
クルラは革命軍に魔王派や反魔王派が紛れ込んでいると確信していた。そして一番怪しいのが手元の資料に記された四人の新人。
新人にしては並外れた実力を持ち、かつこれまで名前が周知されていない実力者。普通に考えれば偽名を使って紛れ込んでいるか、本名だがどこかの組織が隠し持っていた存在と想定するのが自然だ。
現にセイヤはミズチという名で、ジャックはジェイという名で潜入している。
「名前は変えられても能力を変えることができない。だから今この資料を基に該当する冒険者を探しているところだ」
「それなんですが……」
「どうした?」
「資料の最後には目を通しましたか?」
大柄の男に言われてクルラは資料の最後を開く。
「ああ、この謎の魔法か」
「はい」
思い出したように口にした謎の魔法とは採用試験の終盤で起きた一件のことだ。試験終了の合図に対応しきれなかったデンシルの高質に練られた魔力の暴発を一瞬にして消し去った正体不明の魔法。
「状況的に考えればジェイではないのか?」
「いえ。彼はその時すでに魔法をキャンセルしていました」
「となると、うちの連中という線になるが」
「それも異なるようです。後に確認したところ魔法を使った者はいなかったと」
このとき大柄の男は小さな嘘をついた。実はあの時、革命軍の中にも闇属性を使ってデンシルの魔力を消滅させようと試みた者もいたのだ。しかし彼らの魔法さえも一緒に消滅させられた。
つまりあの場では革命軍の冒険者よりもより高位の闇属性の魔法が使用されたという訳である。
「ならば新人の中に闇属性の魔法を使った人間がいると?」
「そうとしか考えられません……」
「だがな……」
新人のといっても残っているのはエンジとミズチの二人。エンジは火属性を使い、ミズチは水属性を使う。どちらもその腕前はかなりのもので、闇属性を使えるというのは俄かに信じ難いというのが二人の見解だった。
「まあいい。今後も調査は任せる」
「承知しました」
「こちらは引き続き例の計画を進めておく。その時までしばし待て」
「はい。魔王の消えるその日まで、楽しみにしておきます」
こうして男の報告は終わった。




