ほいっと!
魔法の強さは魔法師の実力、魔法の強度、魔法が発動される環境などによって左右されるが、究極的に言えば魔法の強さを左右するのは魔力の質である。魔力の質が高ければ高いほど魔法は効果を発揮する。それは紛れもない事実であり、普遍的な事実だ。
たとえ闇属性の魔法に消滅という効果があったとしても消滅させようとする魔法の魔力が高ければ消滅しない事だってある。特に闇属性の存在が周知されているダクリアでは魔力の質は重要視される項目の一つだ。
ダクリアにおいて闇属性は絶対の力ではない。闇属性に対して情報を持たないレイリアならば闇属性は絶対的な存在として機能するだろうが、ダクリアにおいてはそう簡単にはいかない。特に実力者ともなれば素人の闇属性など気にすることもなくなるくらいだ。
だが逆に言えばダクリアで闇属性を使って生き残るということは、その冒険者は一定以上の闇属性の実力を有しているということになる。このことを念頭に置いて以降の話を見ていこう。
デンシルの魔法は彼の制御下を外れて暴発しようとしていた。しかしデンシルの魔法は暴発することなくその姿を一瞬にして消滅させた。
レイリアの人間なら何が起きたのか理解することに苦労しただろうが、ここはダクリアである。その場にいた全員がすぐに闇属性の魔法によってデンシルの魔法が消滅させられたのだと理解する。だが問題は誰が消滅させたかだ。
デンシルの最後の魔法は俗に大技といわれる代物だった。特にその魔力は練度を高めており、魔力の質は相当なものだ。しかも相手のジャックが闇属性の魔法を使うことを知っていたデンシルは闇属性の魔法にも対抗できる質の魔力を練っていた。
その魔力がデンシルの制御下を外れて暴発しようとしていたのだから、並大抵の闇属性の魔法では対処できるはずがない。試験を取り仕切っていた大柄の男はすぐにジャックが闇属性でデンシルの魔法を消滅させたのだと考えたが、ジャックは男の声で魔力を消していた。一度消した魔力を再び高い質で錬成するには時間が足りなかったのは容易に想像がつく。
そうなると一体誰がデンシルの魔法を消し去ったのか疑問が残る。あの状況下でとっさに闇属性を行使し、しかも質の高い魔力を一瞬にして消し去った謎の魔法師。仮にデンシルの魔法を消滅させた魔法が闇属性だというなら、その実力は秀でているの一言では片づけられない。
さらに言えば魔法の発動兆候が全く感じられなかったことも彼らを驚かせた一因である。通常なら魔法を行使する際に何らかの兆候を感じ取れるものなのだが、彼らにその兆候を感じ取ることができなかった。
デンシルの魔法に気を取られていたということもあるが、だからといって全く気づけないというのもおかしな話である。
何が起きたのか理解できないと言いたげな一同の中でジャックだけは確信していた。自分に匹敵する人間がこの中にいるということを。
ジャックは二次試験の間、ひたすら隙を突くために周囲を途切れることなく観察していた。そのため志望者たちがどのような魔法を使うのかを把握していたが、その中で闇属性を使っていたのはジャック一人だけだ。
つまり状況だけを見て考えるならデンシルの魔法を消滅させたのはジャックか、もしくは脱魔王派の冒険者たちの誰か。だが彼らの中にそのような仕草を見せた者たちはいなかったし、当のジャックもデンシルの魔法を消滅させてはいない。
そこから導き出されるのは志望者の中にジャックと同じく闇属性を使う者がいるということ。またその者は少なくともジャックに匹敵する実力を有しているということだ。ジャックは今一度志望者たちを見まわしたが、やはり魔法を使用した存在はわからなかった。
いつまでもデンシルの魔法を消滅させた冒険者を探すのは意味がないと思ったのか、大柄の男が志望者の方を向き直って拍手を送る。
「おめでとう。君たちの中に見事合格者がいたよ」
大柄の男の言い方からして全員が合格ではないようだ。男は志望者たちの中から数人を指で刺しながら指名する。
「まずは君だ、ジェイ。君の実力は相当なものだ。歓迎しよう」
「ふん」
最初に名前を呼ばれたのはジャック。だが彼は喜ぶそぶりは身ぜずにあたかも選ばれるのは当然と言いたげだ。
「次にジェイの相手を務めたデンシル。君も合格だ」
「俺もですか?」
「もちろん。最後の魔法には驚いたよ」
「でも俺は最後の最後で制御を失って……」
納得いかない様子のデンシルに対して大柄の男が指を振ってデンシルの口を制する。
「確かに君は最後の最後でへまを踏んだ。だがそれはこちらにも責任があることだし、それまでの戦いぶりから見ても君は十分合格に値する。それでは不十分か?」
「いえ……」
「よろしい」
まだ納得していない様子だが、デンシルは反論したい衝動をグッと抑える。
「そしてエンジ、君も合格だ」
「よっしゃー!」
ジャックやデンシルとは対照的に体で喜びを表現するエンジ。どうやら試験に合格したのが相当嬉しかったようだ。
「そして最後にミズチ。君もかなりの実力者だ」
「どうも」
最後に指名されたセイヤは称賛の言葉を受け取ると特に何かを言いつけたりはしない。大魔王ルシファーであるセイヤにしてみれば脱魔王派の冒険者たちに認められるのは複雑ではあるが、任務のことを考えれば喜んでも良いのだろう。
「特にエンジとミズチの二人には驚かされた。君たちが相手にしていたハマスとフローリストはこちらが紛れ込ませた実力者なんだが、エンジはハマスに対して引く気配は見せなかったし、ミズチはフローリストを無力化したから驚きだ」
大柄の男の説明を聞いて妙に納得がいったセイヤ。ハマスとフローリストは大柄の男が紛れ込ませたサクラであり、ハマスが乱戦を提案したのも最初から仕組まれていたということだ。道理で事が上手く進むと思ったが、そう言う事情があるというなら納得である。
「今回の試験の合格者は四人だ。こちらとしても十分喜ばしい結果だ」
最初こそ志望者たちをゴミだの鉄パイプだの言っていた男だが、ふたを開けてみれば実力者が揃っていたことに満足げな様子だ。
すでに脱魔王派の冒険者として活動するハマスと互角だったエンジ、同じく脱魔王派のフローリストを打ち負かしたセイヤ、乱戦においてその類まれな実力で多くのリタイヤを出したジャックと、そのジャックに匹敵する実力を示したデンシル。
四人を男の話に例えるなら鉄パイプどころか立派な剣だろう。よくもこれほどの新人が集まったと驚くべきなのだろうが、逆に言えば出来すぎた話でもある。
ただ大柄の男たちにセイヤたちを疑う様子はない。この時彼らはまだ気づいていなかったのだ。合格者の中にとんでもない厄災がまぎれていることを。




