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落ちこぼれ魔法師と異端の力  作者: 高巻 柚宇
第8章 脱魔王派編
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 ハマスの最初の攻撃で戦闘の幕を開けたのは少女たちだけではない。ハマスの声とともに戦いの火ぶたが切って落とされたことを知った者たちは途端に周囲の志望者たちに仕掛け始めた。


 それは潜入のために採用試験に臨んでいたセイヤも例外ではない。


 セイヤが最初の戦いに身を投じたのは自らではなく、たまたま近くにいた志望者から仕掛けられたからである。その男は戦いの火ぶたが切って落とされると同時に近くにいたセイヤに向かって魔法を行使する。


「発芽せよ、ブランチ」


 男が詠唱とともに行使した魔法は攻撃魔法ではなかった。詠唱と時を同じくしてセイヤの足元に黄緑色の魔法陣が展開されると、そこから太い木の枝が突然姿を現す。


 セイヤはとっさに身を引いて足元からの攻撃を回避したが、男の狙いは攻撃ではなくセイヤの動きを封じることにあった。その枝は回避したセイヤの右手首に絡みつくと、そのままみるみる成長してセイヤの身体を空中に持ち上げた。


 地面から足を離されたセイヤは為す術なく右手に巻き付く木の枝によって空中へ突き飛ばされる。そして追い打ちをかけるかのように木の枝が分岐してセイヤの四肢に巻き付くと、そのままセイヤの肉体を空中にとどめた。


 その姿はまるで見えない十字架に磔にされているようだ。


 セイヤは腕を動かして抵抗を試みるが木の枝は大樹のようにどっしりとしていて動く気配が全くない。それどころかセイヤの四肢をどんどんと締め付けていき、四肢の感覚が次第に薄れていく。


 まるで拷問のような技を使う男の名前はフローリスト。俗に言う植物使いだ。


「その大樹から逃れることはできないよ。僕の植物は獲物を狩る狩人だからね」

「くっ……」


 身動きの取れないセイヤはフローリストの狩人という言葉に納得する。狩人がじわりじわりと獲物を弱らせながら狩るハンターなら、まさにこの木の枝は狩人に相応しい能力だろう。


「でも僕の本当の力はこんなものではないんだ」

「なに?」


 フローリストの言葉の直後、身動きが取れないセイヤの眼前に分岐した枝が伸びてくる。そしてその枝に蕾が現れるとフローリストは嬉しそうに語る。


「今から僕のショーを見せてあげるよ」

「まさか花を咲かせるとでも?」

「その通り。この世で一番美しい花を咲かせてあげるよ!」


 なんと余裕のある所作なのだろう。これが一対一の戦いならフローリストの余裕も理解できるが、これはサバイバルだ。今こうしている内にもセイヤとフローリストの間に割って入る者がいるかもしれない。又は余裕の態度のフローリストに対して誰かが不意打ちで襲い掛かるかもしれない。


 だがフローリストはそんなことお構いなしにセイヤにだけ集中している。


「これは!?」

「やっと気づいたかな」


 セイヤが何かを感じた様子を見せるとフローリストが嬉しそうに答える。


「今から咲くのは君の命。さあ、君の命は何色に咲くのかな?」


 セイヤが感じたのは倦怠感。何もしていないはずだというのにとても疲れたような感覚に襲われるセイヤはすぐに自分の魔力が吸われていることに気づく。おそらく四肢を拘束する大樹の内側に棘が生えてそれがセイヤの体内から魔力を吸いだしているのだろう。


 しかし大樹によって四肢を締め付けられているために棘が体内に侵入している感覚に気づけなかったのだ。現に今もセイヤは棘が体内に侵入して魔力を吸われている感覚に気づけていないが、状況を見てそう理解した。


 魔力を吸って咲く花はそれほど珍しい魔法ではないが、こうして相手に吸収を悟られない魔法は珍しいだろう。それにここまで事が上手く運ぶことも早々ないフローリストは先ほどよりもより一層の余裕の表情を浮かべている。


「命の花は世界で一番美しい。だって生物そのものが花に変わるのだから。君も魔力が尽きるその瞬間まで自分の花が何色になるのか楽しみにしとけばいいさ」

「趣味の悪い魔法だ」

「どうやら君には芸術の才能がないようだね。一人の芸術家として嘆かわしいことだ」


 この時点でフローリストは一つの大きな過ちを犯していた。それは魔法の対象をセイヤにしてしまったことだ。


 もしこの魔法を他の志望者に行使したなら事はここまでうまく運ばなかったにしても成功の見込みは今よりも高かっただろう。だがフローリストは十一人いた志望者の中でセイヤを選んでしまった。それが彼の敗因であり、同時に彼の命を救う結果となる。


 フローリストのこの魔法は対象の魔力を吸うことで花を咲かせて相手を魔力欠乏症に追い込んで衰弱させる魔法だ。この魔法の欠点は相手の魔力が尽きないことには終わらないという一点にある。


 つまり相手の魔力が多ければ大きいほど魔力を吸いだすのに時間がかかり、その分対象者に時間を与えてしまうということだ。そしてフローリストが選んだ対象はこの国で大魔王ルシファーとなった魔法師。


 セイヤの魔力は覚醒前は低かったが、覚醒後は常人に比べてはるかに高い魔力を有している。それだけでも吸い尽くすのに時間がかかるというのに、加えてセイヤには聖属性の魔法がある。かつてダリス大峡谷でセイヤとユアは『聖華』という魔法で魔力を生成した。


 つまりセイヤはその気になれば聖属性で魔力を新しく供給できるということだ。さらに言えばダリス大峡谷の時よりも聖属性の練度が上がっているセイヤにとって魔力を聖成することは造作もないことである。実質的に無尽蔵の魔力を持つセイヤから魔力を吸い尽くすのは不可能であった。


 だが問題はそれだけではない。上述した通り、セイヤは大魔王ルシファーでもある。大魔王ルシファーの象徴ともいえるその力は夜の力。つまり実体を問わずにその存在を消失させることのできる特別な力である。


 夜属性を行使すればフローリストの大樹を消し去ることは造作もないことだ。二重の意味でフローリストがセイヤを仕留めるのは不可能であった。


 しかしセイヤはそのどちらも行うことができない。そもそもこれは脱魔王派の採用試験であり、そこで大魔王ルシファーの夜属性を行使することは「自分は大魔王ルシファーです。でもあなたたちの思想に賛同しているので参加させてください」といっているようなものだ。


 そんな人間を脱魔王派の冒険者たちが受け入れてくれるはずがない。むしろその場でセイヤの首を獲るか人質にするか、どちらにせよ友好的な解決にはならないだろう。


 次に聖属性を使って魔力を無尽蔵に生みだす方法だが、こちらも実行するにはリスクが高すぎる。聖属性はダクリアでは周知されていない力であり、もしそのような力を使えば一番目立つだろう。今回のセイヤの目的はあくまで潜入だ。こんなところで目立つような行動は控えるべきである。


 そうなってくると自ずと選択肢が狭まってしまうセイヤだが、フローリストと同様、セイヤにもまだ余裕の色が見えた。

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