第341話 採用試験2
眼鏡の少年の脱落によって残りの志望者の数は十二名となった。これで試験が終わったとは考えられない志望者一同の表情はまだ堅い。
そして緊張の面持ちの志望者たちに追い打ちをかけるかのように大柄の男が次なる試験を課そうとした。
「残りは十二か。まだ多いな」
男の言葉には十二人も面倒を見切れないという意志が含まれており、志望者たちに更なる緊張が走る。特に先ほどの試練でペアになった者同士で互いを安心させるかのように頷き合うものたち者もいた。
しかし次の男の言葉は志望者たちを一気に安心という言葉から遠ざける。
「では次は今ペアになった者と戦い、勝った方を合格者としよう」
男は今思いついたような口ぶりで話を進めるが、これは最初から決まっていた試験方法だ。
試験という張りつめた緊張の中で最初に心の拠り所になり得る存在を第一試験で作り出す。例え今日初めて会った人間でも他の面々に比べれば少なからず良い印象を抱くペアになった相手。現に中にはペアになった者と軽い談笑を行う者もいた。
だが今度はそのペアになった者と戦えというのだ。これはある意味では残酷な試験かもしれないが、同時に覚悟を問うには最適な方法かもしれない。
脱魔王派の活動内容にはスパイ活動も含まれることがある。そこでは敵陣の人間に漬け込み友好関係を築くことで情報の流出を狙う。場合によっては最後に敵陣を殲滅することもあるが、その時にこいつは俺の友人だからといって見逃されては困るというものだ。
だから彼らは敢えて最初に残酷な方法で志望者たちの覚悟を問おうとした。
志望者たちの中には困惑の表情を浮かべる者もいる。先ほどまで談笑していた相手、または無意識に仲間意識を持っていた相手と戦えというのだから。けれども大柄の男たちにしてみれば、それほどの覚悟を持っていない冒険者を仲間に入れようとは思えなかった。
困惑の色に包まれる志望者の中で一人の男が立ち上がる。
「俺は反対だ」
「ほう、この場で俺に意見するか。お前、名前は何という」
「俺はハマス。あの憎き魔王を倒す男だ!」
「威勢の良さは認めてやるが、どうして反対なんだ?」
声を上げたのはハマスという少年だ。その瞳は自信に満ちており、自分がこの中で一番強いと信じて疑わない。事実、彼は第一試験でも焦ることなく冷静に周囲を観察していち早くペアを組んだ実力者の一人である。
「ペアで戦ったら少なくとも六回の戦闘が必要になる」
「そうなる」
「それじゃあ時間の無駄だ。こうやっている間にも魔王たちは動いている」
「ならどうしろと?」
「ここにいる十二人でサバイバルマッチをすればいい」
ハマスの答えに興味を惹かれたのか大柄の男が少し考え込む。確かにペア同士で戦えばかなりの時間がかかるが、ハマスの提案する方法なら偶発的な戦闘は幾らか起きるが、戦いという枠組みでは一度で済む。
覚悟を問うという側面からすればハマスの提案は快諾できるものではないが、そもそも大柄の男たちは今回の採用試験に期待をしていない。そう言う意味では実力のないものが淘汰されていくハマスの提案は採用するに値するものだった。
大柄の男が周りにいる他の脱魔王派の面々に視線を送って確認を取ると、ほとんどの面々が頷き返す。どうやら二次試験の内容が決まったようだ。
「よかろう。二次試験は生き残りをかけたサバイバルゲームとする。試験開始は三十秒後、全員今すぐ周囲の人間と距離をとり戦闘態勢に入れ。また今回の試験終了はこちらが勝手に判断するためお前らは合図があるまで戦闘をやめることは許されない」
大柄の男の説明を受けた志望者一同はすぐに周囲にいた他の志望者たちと距離をとる。ただ提案者のハマスだけは勝ち誇った笑みを浮かべながら直立不動で立っている。どうやらよほどの自信があるようで、その態度を見た脱魔王派の冒険者たちはハマスに注目の視線を向ける。
しかし忘れてはならないのは今回の採用試験には二人のイレギュラーな存在が紛れ込んでいるということ。一人はこのダクリアという国の裏で日々暗躍する冒険者組合暗部所属のジャック。もう一人はダクリアの表の世界に彗星の如く現れた大魔王ルシファーことセイヤ。
両者の実力は採用試験に参加する他の志望者たちとは一線を画すものであり、その実力者は一日二日で埋められるものではない。二人はまだ実力の一端も見せていないが、彼らが本気を出せば次の試験など一瞬で終幕するだろう。
ただ今回の二人は奇妙にも同じ潜入という任を与えられた存在。彼らがいきなり本気を出すということは先ずありえない。
志望者の中に暗部の人間や新しい大魔王が紛れていると微塵も考えていない脱魔王派の冒険者たちはハマスに注目している。これまでにない様々な思惑が混じり合った脱魔王派採用試験が本当の意味で幕を開けようとしていた。




