第338話 新しいことを始めれば忘れてても大丈夫なはず
「久しぶりだな、帝王」
「アーサー」
モルガーナとの修行の末に聖属性の本当の使い方を会得したセイヤが広間で休んでいると、そこにアーサーが姿を現す。
エムリスたちとこのアヴァロン島に戻ってきたアーサーはモルガーナに挨拶を済ませ、こうしてセイヤの下を訪れた。
「どうやら修業はうまくいったみたいだな」
「まあな」
久しぶりに会うセイヤから発せられるオーラの変化気づいたアーサーは僅かに笑みを浮かべる。
「なら少し試してみるか」
「いいぜ」
セイヤが返事をした刹那、アーサーはセイヤに向かって鋭いナイフを模した殺気をぶつける。その殺気は只の殺気とは言えず、一部の層からは闘気といわれる代物だ。
その殺気のナイフがアーサーから撃ち出されるとセイヤの首元目掛けて飛んでいく。しかしその殺気のナイフは次の瞬間には後方もなく姿を消した。
実体を伴わない殺気を魔法で封じることは不可能である。例外があるとすれば概念に干渉することのできる夜属性で消失させることが、今のセイヤに夜属性を行使した素振りはまったくない。その代わりと言っては何だが、セイヤの右手がわずかに白く光っている。
それが何を意味しているのか分からないアーサーではない。
「ふん、随分と上手く扱えるようになったじゃないか」
そういってアーサーが一歩後退するとセイヤの右手に辿っていた白い光が霧散する。それをみたアーサーが先ほどよりも確実に笑みを浮かべた。
「指定範囲も自在って訳か」
「まあな」
指定範囲とはセイヤが聖属性で規則付けをした範囲のことである。今の一連のやり取りでセイヤが行ったのは一定領域内での闘気の行使の禁止だ。これは自分の力で世界を創造する固有世界とは異なり、この世界と併存しながら自分の絶対的な領域を生みだす技である。
新しく世界を作る必要がないため魔力の消費量が少なく、また行使した際の影響力も限られる。例えば今の事象に置いてセイヤが効果領域に指定したのは自分のアーサーがギリギリ入るくらいの範囲だ。つまりアーサーが一歩でも後退すればたちまちセイヤの効果領域から外れる。
ただこれはセイヤの能力が脆弱という訳ではなくセイヤが意図して選んだ結果なのでセイヤが新しい力をすでに使いこなしていることが理解できる。
「ひとまず安心した」
「それは何よりだ」
「それでどうしたんだ? なんか用か?」
「それなんだがな……」
セイヤの質問に対して歯切れの悪い答えを返すアーサー。察するにあまりいい話とは言えないようだ。
「どうしたんだ?」
「いや、実はな……帝王に仕事を頼みたい」
「仕事?」
いきなりの話につい聞き返してしまうセイヤだが、アーサーの表情は真剣そのものだ。
「別に仕事といっても難しいものではない。ただ……」
「ただ?」
「ちょっと面倒というか、今の時期にやるべきことかという問題がある」
「どういう意味だ?」
言葉を選ぶように説明するアーサーにセイヤは違和感を覚える。これまでのアーサーは言いたいことははっきり言い、求めることはすぐに求めてきた。
そのようなアーサーを見てきたセイヤにとって今のアーサーは違和感を覚える以外できない。だがその内容を聞くとアーサーの不審な態度にも納得がいった。
「帝王に依頼したいのは潜入だ」
「潜入? 俺がか?」
セイヤがそう聞き返してしまったのは自分自身が潜入に向いていないことを良く分かっているから。レイリアでは十三人目の特級魔法師として注目を集め、ダクリアでは新たな大魔王ルシファーとして注目を集めている。
そんなセイヤが潜入するというのはあまりにも無謀な話だろう。
「帝王が疑問に思うのも当然だ。だが今回の一件はそう簡単にいくほど単純じゃないんだ」
「どういう意味だ」
「先に言っておくが、今回の一件に帝王を選んだのはあたしの一存だ。だからあたしが責任をもって説明する」
そういうとアーサーは一枚の書状をセイヤに手渡す。そこに書かれていたのはレイリアにいるアーサーたちの一派の魔法師から送られてきた報告書。
そこにはレイリアから一人の魔法師がダクリアに派遣されたという旨が書かれている。
「特級魔法師《天使》ミカエラがダクリアに来ると言うのか?」
「そうだ。それもダクリアの一派と接触を試みるそうだ」
「そんなことがあるはず……」
あるはずがないと断言できなかったセイヤは言葉に詰まる。ついこの前までの自分ならあるはずあないと断言できたのだろうが、今のセイヤたちはレイリアもダクリアも関係なく同じ野望の下に身を寄せる新たな勢力だ。
その勢力に対抗しようとレイリアがダクリアに接近したって不思議ではない。
「でもなんで俺が?」
「今回の一件に絡んでくるのは特級魔法師だ。こちらが下手に戦力を抑えれば失敗に終わることが目に見えている。だからといってこちらも同等の魔法師を出そうにも他の魔法師たちは手が開いていないの実情だ」
特級魔法師といえばライガーやレアル、十三使徒ではアーサー、たち、他にも魔王たちがいるが彼らには目先の処理しなければならない問題が山積みである。
そこでアーサーは修業をいち早く終えたセイヤに白羽の矢を立てたという訳だ。
「俺が選ばれた理由はわかった。それでどこに潜入すればいい?」
「帝王は脱魔王派の存在は知っているな?」
「ああ。魔王会議の時にギラネルから聞いた」
「今回の標的はそこだ」
淡々と告げるアーサーだが、セイヤは腑に落ちない様子。
「今回の《天使》の目的はあたしたちに対抗する戦力の補強だ。だが向こう側もさすがに最初から魔王に接触するとは思えない。ならば最初にどこに接触するかといえば魔王とは違う勢力だ」
「それならば脱魔王派だけじゃなくてもいいんじゃないか?」
「確かにな。だが現状のダクリアでは脱魔王派が一番弱い」
ダクリアにおける勢力は主に三つ。冒険者ギルドが中心の魔王派、冒険者組合が中心の反魔王派、そしてその他が集まった脱魔王派だ。そしてこの中で一番戦力が弱いのが脱魔王派である。
魔王派は言わずもがなこの国を統治する魔王たちがおり、反魔王派にも独自の機関として暗部などを有している。それに対して脱魔王派はその思想を持つ人間が少ないために人材が乏しい。となれば即戦力が好まれるというのが実際のところだ楼。
「だから《天使》は反魔王派ではなく脱魔王派に接触すると?」
「そうだ」
「でも俺が遭遇したら駄目じゃないか?」
レイリアでもセイヤは立派な有名人だ。当然《天使》ミカエラもセイヤの顔は知っているし、もし会ったならば穏便には済まないだろう。
しかしそれこそがアーサーの目的であった。
「もし帝王が脱魔王派と接触している姿を目撃したならば《天使》たちは混乱するに違いない。自分たちが想定していた勢力図が実際とは異なっていたのだからな」
「まさか今回の潜入は情報の撹乱を目的としたものなのか?」
「そういうことだ。それと新しい王に国民の姿を見てもらおうというどこかの魔王の思惑だ」
「なるほどな」
すべてに納得がいったわけではないが、セイヤはアーサーの申し出を受けることにした。ダクリアの王として自分に反旗を翻す人々がどういう存在なのか興味が少なからず存在したから。
まだ読んでくれる人がいてくれてちょっと嬉しかったです。




