番外編Ⅰ 第5話 作戦開始
「じゃあ作戦開始だ。合図は空に打ち上げるから」
「おう!」
「じゃあリュカ頼むよ」
「うん。光りの女神よ、今こそ我に消える力を『偏光』」
リュカが魔法を行使した直後、リュカ、ラーニャ、クリスの三人の姿が周りの景色に紛れて消えていく。
リュカの使った魔法は、光属性中級魔法『偏光』といい、魔法を行使した対象に当たる光をうまい具合に反射させて視認不可能にする魔法だ。
あくまでも視認不可能になるだけで、音や気配は消えず、その場にいるため、カイルドのような気配感知に優れた魔法師には見えなくとも、三人の位置がわかる。
「カイルド中の気配はどうなっている?」
「中には五十人近くいるな。そのうち三十ぐらいは被害者っぽい。犯人は十八人だな。おそらく魔法師じゃない。配置は工場の奥に人質がいて、かなり厚い壁を挟んで残りの犯人たちがくつろいでいる」
気配感知を最大限に活性化させたカイルドが、工場内の人数とその配置をクリスたちに教える。
「了解。じゃあ二人ともいくよ。裏から入るからラーニャ頼んだ」
「オーケー」
「うん」
三人はカイルドたちと分かれ、大回りしながら工場の裏手へと回る。工場の裏に回り込んだ三人は壁を前にすると立ち止まり、ラーニャが一歩踏み出して魔法を行使した。
「我が風の魂、今こそ我が手に。『風刃丸』」
ラーニャの声と共に緑色の魔法陣が彼女の右手に展開され、彼女の手に一本の日本刀が握られる。
刃こぼれのないきれいな刀身をしたラーニャの愛刀は、一目で業物とわかるほど洗練されていた。
ラーニャは愛刀の『風刃丸』を工場の壁に向けて構えると、魔力を流し込み魔法を行使する。
「我、風の加護を受けるもの。今、我が魂に宿れ。『風刹』」
ラーニャが魔法を行使すると、彼女の手に握られている『風刃丸』の刀身に風が纏われ、その切れ味を上げていく。
ラーニャの使った風属性初級魔法『風刹』」は刀や剣などに対してよく使われる魔法であり、対象の切れ味を上昇させる魔法だ。
そしてこの魔法は剣士たちがよく使う魔法でもあった。
ラーニャは風を纏った『風刃丸』を構えながら、彼女の家に伝わるアルン流魔装剣術を使用する。
「アルン流初段壱の型『燕返し』」
あまりの速さにラーニャが振り下ろした『風刃丸』は視認することはできなかったが、工場の壁の一部が音を立てずに切り離される。
壁にぽっかりと開いた穴から少なくとも三回は斬られていることがわかるが、ラーニャが『風刃丸』を振り下ろしたのは一回だけ。
残りの二回はどうなったのか。答えは簡単だ。残りの二カ所を斬ったのはラーニャの『風刃丸』ではなく、『風刃丸』の纏った風。
高速で振り下ろされる刀の速さについていけなかった風が、『風刃丸』から離れ、刀の軌道とは全く違う方向にかまいたちを発生させたのだ。
壁に穴が開くとクリスはすぐに工場内に入っていき、リュカたちもクリスに続く。
工場内に入って少し歩くと大きな広場のような場所に出た三人。
そこはまさに、攫われた人が集められていた場所だった。そして幸いなことに見回りや監視などはおらず、被害者だけだ。
攫われた人たちを見つけると、リュカはすぐに三人に行使していた『偏光』を解き、被害者たちに駆け寄る。
攫われた人々は何もないところから突如として現れた三人に驚くが、クリスがセナビア魔法学園の生徒であり、助けに来たと説明すると安心した表情を浮かべた。
そしてその後、クリスの先導により、攫われた人々は犯人たちに気づかれることなく工場から抜け出すことに成功する。
クリスは攫われた人々の安全を確認すると、待機しているジンとカイルドに知らせるために魔法を行使する。
「我、光の加護受けるもの。今、光の加護を。『光弾』」
空に向かって行使された光の弾は、音を立てずに上昇していき、そのまま静かに消えてしまう。短い時間の魔法だったが、それでもジンとカイルドへの合図には十分だ。
ジンとカイルドチームはクリスの合図を無事確認する。
「どうやら成功したしたみたいだな」
「じゃあ攻撃を始める」
「どうやって攻撃する?」
「カイルドは『火弾』を一発撃てばいい」
「一発じゃ足りないだろ」
「大丈夫任せて」
ジンはそういうと工場に向けて右手を構えて魔法を行使した。
「風の巫女、この地に舞い降り吹き荒れろ。『風牙』」
ジンの右手から行使された『風牙』が、そのまま工場の大きな扉を轟音と共に破壊する。
工場内に残っていた犯人たちは何事かと思い騒ぎ始めるが、すぐに武器をもって戦闘態勢に入り、敵を探しはじめた。
どうやら魔法こそ使えないものの戦闘経験は豊富のようだ。
ジンは『風牙』を行使し終えると、工場内に残っている犯人たちに対して新たな魔法を行使する。
「風神の罰、罪人への制裁、風の加護、高速の舞。『不可視弾』」
大量に撃たれた『不可視弾』が次々と工場内に撃ち込まれていくが、犯人たちは素早い判断で物陰に隠れたため誰にも当たらない。しかしジンの狙いは弾を当てることではなかった。
ジンは自分の横で魔法陣を展開しながら待機しているカイルドに、出番だと伝える。
「カイルドよろしく」
「おうよ! 任せとけ。特大のを行くぜ」
「カイルド駄目。普通よりも威力を抑えたのでお願い」
「そんなのでいいのか?」
「大丈夫」
一発でいいと言われていたカイルドは大きさ、質ともに最高クラスの『火弾』を作って、待っていたのだが、ジンによって止められてしまう。
仕方がないので、カイルドはいつもよりも少し弱めた程度の『火弾』を作り出し、工場に向けて放った。
「行くぞ! 『火弾』」
カイルドが放った『火弾』は、まるでヒョロヒョロという交換音がしそうなほど弱々しいまま、工場内に撃ち込まれていく。
本当に大丈夫なのか? とカイルドが思ったその瞬間、二人の目の前にある工場が轟音とともに大爆発に巻き込まれた。
その光景を見たジンとカイルドの顔が真っ青になる。
「カイルド、やりすぎ……」
「ジン、俺は威力を抑えたぞ」
「もっと抑えるべきだと僕は思う……」
「おせーよ」
なぜカイルドの弱々しい『火弾』が一瞬にして大爆発したかというと、理由はジンが直前に撃った『不可視弾』にある。
普段は窒素で作るようにしているジンの『不可視弾』だが、今回は窒素ではなく酸素で作られていた。
酸素で作られた『不可視弾』が工場内の様々のところにぶつかり、形が崩れ、ただの酸素になり、工場内は酸素で充満された。
そこにカイルドの『火弾』が撃ち込まれたのだ。
酸素には助燃性という燃える働きを助ける性質がある。そんな酸素が充満した室内に、弱々しいとはいえ、火が放たれたらどうなるか。答えは先ほどの大爆発だ。
目の前で今も激しく燃え続ける工場を見ながら唖然とする二人。しかし直後、たくさんの水属性の魔法陣が展開されて、消火活動が始まった。
「ジン、カイルドやりすぎだよ」
「クリス、あれは?」
「あれは学園の先生たちだよ。みんなを解放したから、近くにいた先生を呼んだんだ。そしたら大爆発が起きて、先生たちはあわてて消火し始めたんだよ」
「クリス、マジ感謝だわ。ありがとな」
「ありがとう」
クリスのおかげで何とか大事にならずに済みそうなため、素直に感謝するジンとカイルド。クリスはそんな二人に厳しい現実を一言。
「僕はいいけど、二人は怒られると思うよ」
「「うっ……」」
犯罪集団とはいえ、非魔法師に魔法の過剰攻撃を加えたのだ。当然と言ったら当然だろう。
「そういえば四人はいた?」
「残念ながらいなかったよ。いたのは少女ばかりだから、おそらく他のところだろうね」
「そうか。見つかるいいな」
「とりあえずみんなのところに戻ろう」
その後、ラーニャとリュカのところに戻った三人は、担任であるラミアに見つかり仲良く五人で怒られることになるのであった。




