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落ちこぼれ魔法師と異端の力  作者: 高巻 柚宇
7章 レイリア王国編
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第337話 とりあえず終わり

 人は自分の持つ力量では対抗しきれない存在に出会った時、どのような選択をするのだろうか。


 己の無力さを痛感するとともに、相手に慈悲を求めながら命乞いをするのだろうか。それとも自分のできることを精一杯試し、相手の隙を突いて逃げるのだろうか。または早々に諦めて苦しまないように自ら人生に幕を引くのだろうか。


 おそらく選択はまちまちだろう。この広い世界で窮地に立ったことがある人間は少なくない。自分はまだ体験したことがないと思うかもしれないが、なにも戦闘だけに限った話ではない。


 例えば試験で自分の勉強したことのない難問に遭遇したことだって一種の窮地だ。それが今後の人生を左右する分岐点となるなら尚更人間は葛藤するだろう。


 例えば人類が初めて遭遇する未知の病気が蔓延した時だって窮地だ。治療法が確立されていないその病気に対して人間は出来る限りのことをして抗うのか、それとも未知の病を受け入れて終幕への一途をたどるのか。


 これは実に難しい問題である。自分が対処できること以上の問題が降りかかった時、人間はどうすれば正解なのか。残念ながらこの問いの答えは誰も知らないし、そもそも正解が何なのかというのも難しい問題である。


 しかし一つだけ確かなことがあるとすれば、窮地に立った時にどう対処するかは人それぞれということだ。


 そして今、自分の対処できる範囲を超越した窮地に立っているセイヤは決してあきらめようとはしなかった。モルガーナが作り出した固有世界は彼女が定めたルールに縛られており、セイヤは満足に魔法を使うことができない。


 だがそんな状況でもセイヤは自分のできることだけに集中して命をつないでいる。だがその状況は決して楽観視できるものではない。


 周囲に燃え盛る炎から身を守るために魔力を球体状にして自身の肉体を守るセイヤだが、周囲の炎が容赦なく球体内部の温度を上げていき、熱せられたサウナのような環境がセイヤの体力を蝕む。さらにその熱はセイヤの思考力をも徐々に奪っていく。


 逃げ場のない暑さにセイヤの意識は朦朧としていき、気づけばセイヤは涼しさを求めていた。けれどもセイヤの周りに広がるのは涼しさとは対極にある炎。


 魔法の使用が禁じられているセイヤだが、夜属性の消失を使えばモルガーナが聖属性で定めた固有世界のルールは打ち消すことができる。そうすればセイヤはすぐに周囲の炎を消化して外に出ることができる。


 だがそれをやってしまえば修行の目的から逸れてしまう。この修行はセイヤの聖属性を鍛えるためのものであり、その一環としてモルガーナの聖属性にセイヤの聖属性で上書きをするというものだ。


 今にも夜属性で世界のルールを消失させようとするセイヤだが、その寸前のところでセイヤの理性が待ったをかける。身体は避暑を求めて夜属性の行使をしようとするが、行使直前でセイヤの心が肉体を抑えつける。


 修行の意図をわかっているセイヤは夜属性を使うことが何を意味しているのか分かっている。しかしそれでも今の状況はセイヤにとってあまりにも過酷だった。


 ここで夜属性を行使してしまえば修行の意味がない。一方で今の実力ではモルガーナの聖属性を上回ることができない。自分の力ではどうしようもできない窮地と、目的のためにブレーキをかける理性。朦朧とする意識の中でその二つがぶつかりあう。


 本来ならば不可能な状況だ。人間は誰しも教えられていないことをいきなりやれと言われたところで容易にできるはずはない。ましてやそれが聖属性という稀少な能力ならば猶更一人で能力を向上させることは難しい。


 そもそも現状世界で聖属性の使用を確認されているのはセイヤとユアにモルガーナ、そして創造主のノアだけなのだから。その中でノアと対峙するためにセイヤは聖属性の習得を目指し、その練習相手としてモルガーナが立ちふさがっている。普通ならモルガーナが手取り足取り教えなければいけないところを、いきなりこのような状況になっているのだ。


 普通に考えればこのような修行方法は間違っているし、すぐに中止すべきだろう。だがモルガーナは決して止めようとはしない。なぜならこの方法が一番セイヤにあっていると知っているから。


「うっ……」


 薄れる意識の中で必死に最善策を考えるセイヤだが、この窮地を打破するような名案は全く浮かばない。そしていよいよ肉体に限界が訪れ、その意識がなくなろうとした時だった。


(セイヤ……)


 セイヤの頭の中に女性の声が響く。その声に聞き覚えのないセイヤだったが、不思議とその声音はセイヤのことを安心させる。知らないはずだというのに、とても懐かしさを感じさせる声は次第にセイヤの意識を包み込んでいく。


「これは……」


 固有世界の外でセイヤの修業を見守っていたモルガーナは世界内の変化を感じ取るとともに、喜びの笑みを浮かべる。まるでその時を待ち望んでいたかのような表情を浮かべるモルガーナ。いや、モルガーナはこの瞬間を待っていたのだ。


 モルガーナがセイヤに聖属性の使い方を教えなかったのは教える必要がなかったからである。なぜ教える必要がないのかというと、セイヤは既に聖属性の使い方を知っているからだ。


 そもそも最初にセイヤが聖属性の使用したのは例の事件の時の覚醒直後だ。その時のセイヤはモルガーナにもノアにも会っていないというのに不完全だが聖属性を使っていた。誰からも使い方を習っていないというのにどうしてセイヤは聖属性を使えたのか。


 それだけではない。セイヤは覚醒直後にそれまで存在さえ知らなかった闇属性を使うことができた。闇属性に関して言えば使うだけでなく、使いこなしていたと言った方が適切だろう。


 ではどうしてセイヤは誰からも使い方を習っていないはずの闇属性や聖属性を使えたのか。答えはセイヤが忘れているだけで、既にその使い方を習っていたからだ。


 つまりセイヤは既に聖属性の本当の使い方を知っているのだ。ただ今はその使い方を忘れているだけで、セイヤの心はそのことを明瞭に覚えている。


 セイヤ覚醒の顛末を知っているモルガーナはセイヤが危機に瀕したときに己の真の力を思い出すと考えていた。だからこうしてセイヤを窮地に追いやることで聖属性の覚醒を促したのである。


 モルガーナがそんなことを考えていると、彼女の目の前に存在する固有世界の外面に亀裂が走る。その亀裂はみるみると広がっていき、気づけば固有世界の外面全体に届いていた。


 外面にできた亀裂は白い光を発すると、次の瞬間、一斉に外面が破片となって飛び散る。そして中から眩い光とともに姿を現したのは額を汗で湿らすセイヤの姿。


「はぁはぁ……」

「どうやら思い出したみたいですね」

「ああ。やっと思い出せた」


 微笑みを浮かべるモルガーナの前に立っているのは窮地を諦めずに自分の力で切り開いたセイヤの姿であった。

今更ながら、まだ読んでくださる読者はいるのだろうか......

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