第326話 セナビア魔法学園から(中)
特級魔法師協会。表向きは聖教会の暴走を止めるために組織された独立機関だが、その真の目的は七賢人たちが扱いに困った強力な魔法師たちを一か所にまとめるための理由に過ぎない。何か特別な権力を与えるわけでもなく、ただ面倒ごとを起こさないようにしてもらっていたための組織にしか過ぎない。
ただ名前だけの組織かと言われればそうでもなく、実際に十三使徒を従える聖教会に対しての抑制装置としての機能を有していたのも事実。当初は少人数だった特級魔法師協会も年月を経るごとにその構成員は増えていき、今では十三使徒と同じ十三人の特級魔法師が協会に属している。
世間はセイヤが新たな特級魔法師になった時にこう考えた。これで真の独立機関として機能し、今まで以上の繁栄がこの国に約束された、と。
だが実際は皮肉なものだ。聖教会の動きを抑止するための機関の構成員が聖教会内で起きているごたごたに加担しているのだから。
おかげで特級魔法師協会もまともに機能していないのがこの有様だ。
「本当に特級魔法師たちも?」
「ええ、間違いありません。《雷神》をはじめとした四名の特級魔法師はアーサーたちと同様に姿を消しました」
その言葉を聞いてまず最初にエドワードの頭に浮かんだのはかつてこの学園に所属し、自分の息子のようにかわいがった少年。今は立派な魔法師になったが、昔はこちらが心配になるくらいに自分について悩んでいた少年。数か月前の誘拐事件でその姿は蜃気楼のように消えてしまった少年。
今はアクエリアスタン地方のアルセニア魔法学園に所属し、レイリア魔法大会では成長した元気な姿を見せてくれた。聞くところによると、今はその謀反に加担したといわれる《雷神》ライガー=アルーニャの家に住んでいるとか。加えて《雷神》の娘を婚約者に持ち、先のレイリア魔法大会侵攻事件での活躍が考慮されて《雷神》と同じ特級魔法師になった存在。
最新の情報では七賢人たちの依頼を受けて暗黒領にいる聖騎士アーサー=ワンへのお使いを頼まれてこの国を発ったようだ。
そこまで知っていれば、もはや彼が謀反に加担していない否定する方が厳しかった。
「セイヤは……キリスナ=セイヤも謀反に?」
「残念ながら、その少年も謀反に加担したと思われます」
「ほ、本当なのか……?」
「本当です。それどころか、彼もまた謀反の中心的な人物かと」
エドワードよりも情報を持っているエルドリオにとってはセイヤを今回の一件から切り離して考えることは不可能だった。むしろ彼が主導なのではと思いたくなるほどだ。
エルドリオは恩師であるエドワードには口が軽い。それはエドワードが口の堅いことを信用しているからだ。だから彼は特級魔法師しか知らない情報も彼に公開してしまう。
「実は聖教会、特に七賢人は彼のことをよく思っていませんでした」
「セイヤを? どうして」
「それは彼が操るこの国では異様な力です」
「あの紫の魔法陣か」
エドワードはダクリアについては知らない。だから闇属性の魔法についても無知であったが、レイリア魔法大会で見たあの力が異様なものであることはわかっている。
「はい。そこで七賢人は彼の排除を考えました」
「正気か? 一人の魔法師に一国が勢力を上げて?」
「ええ。ですが今の先生のように国民はいい顔をしないでしょう。だから七賢人は暗殺という手段をとったのです」
「まさか……」
そこでエドワードは気づく。あの不自然な任務の真意を。
「セイヤが暗黒領に派遣されてのは……」
「はい。聖騎士アーサーに彼を殺させるためです」
「もしそんなことが明るみに出たら聖教会はおしまいだ」
「だから暗黒領で実行しようとしたのです。暗黒領でなら実力不足で通るから」
「そんな横暴な……」
言葉を失うエドワードだが、それが事実でありこの国の正体だ。
「しかしアーサーは命令無視。彼を逃がしました」
「そうか……」
その言葉を聞いてエドワードはつい安心してしまう。この国の象徴ともいえる聖騎士アーサー=ワンが七賢人たちの命令を無視することは由々しき事態だが、それよりもセイヤが生きていることの方がエドワードにとっては重要だった。
「ですがアーサーの命令無視など前代未聞。すぐに七賢人は次の策を講じるために動き出そうとしました」
「そこで聖騎士様が謀反を起こしたと」
「その通りです。そしてその動きに応じるように他の十三使徒や特級魔法師たちも次々と姿を消していき、聖教会は混乱に包まれました」
「だから特級魔法師協会に施政権が」
「はい」
エドワードの問いにうなずくエルドリオだがその表情は冴えない。
「先生も知っての通り、協会は協会で一枚岩ではありません。今まではいろいろな派閥が抑制し合うことで機能していた組織も《雷神》たちが抜けたことで《双牙》を中心としたグループが大部分を指揮しています。加えて《覇者》たちは独自に動ぎだし、《天使》はさっさと自分の仕事に取り掛かってしまいました」
実を言うとエルドリオはどこの派閥にも属していない。彼は協会内でいわば八方美人、つまり潤滑油のような役割を担っていた。しかし逆に言えばそれは自分の意見を押し殺して組織の協調を優先させるのと同義。今のような現状では彼一人で動いても組織は変わらない。
「だが協会の不祥事までを公開してしまえばいよいよこの国は崩壊の一致をたどると?」
「その通りです。だから協会はそのことを隠したまま、あたかも十分機能しているように見せています」
「では今は……」
「事実上、《双牙》たちの独裁政治です」
人々は独裁政治を嫌う。それは一人の恣意的で不公平な指示が簡単に押し通されて苦しむものと甘い蜜を吸えるものに分かれてしまうから。
けれども現状はその独裁政治に近い。ほぼ機能しなくなった聖教会に協会内でもめぼしい敵はいない。言いたいことは言えるし、やりたいことはやれる。
今回の学生魔法師の徴兵がいい例だ。このような命令がまかり通ってしまう統治機関がいかに正常ではないかよく分かる。
この現状を打破するには協会があるべき姿に戻るか、又は聖教会が再び力をつける必要がある。しかし現状どちらも可能性は限りなく低い。
そして《双牙》たちは自分たちの地位を確かなものにするために新たな一手を打っていたのだ。彼らの狙いに気づいてしまったエドワードは信じられないといった表情でエドワードに問う。
「まさか内戦を始める気か? この非常事態に」
「ええ。彼らの目的はアーサーたちを退けることではなく、自分たちの地位を確かなものにすることです」




