第325話 セナビア魔法学園から(上)
レイリア王国ウィンディスタン地方には三つの魔法学園が存在する。その中でもセナビア魔法学園は特に名高い魔法学園であり、毎年優秀な魔法師たちを輩出する学校だ。
例えば現在十七歳という若さでありながら聖教会十三使徒序列五位のレアル=ファイブ。彼は十三使徒でありながらもセナビア魔法学園に籍を置く立派な学生の一人だ。その証拠として先のレイリア魔法大会ではセナビア魔法学園の一員として参加している。
また同じくレイリア魔法大会で大活躍を遂げた十三人目の特級魔法師キリスナ-=セイヤがこの学園に在籍していたことはすでに噂で広まっている。どのような事情でセイヤがアルセニア魔法学園に移籍したかは知られていないが、人々にとって重要なのはセイヤがセナビア魔法学園の生徒だったということ。
同時期に現役の十三使徒と新たな特級魔法師が在籍していたということでレイリア王国内で注目の的となっているのがこのセナビア魔法学園だ。
魔法学園への進学を考えている親たちはこぞって進路をセナビア魔法学園に変えていた。レイリア王国内で十ある魔法学園の中でも上位に数えられていたセナビア魔法学園。しかしレイリア魔法大会以降は長年トップに君臨していた中央王国のセントルシフェール魔法学園を抜いて志望者第一位である。
彼らがこのように有名な魔法師になれたのは潜在的な能力が秀でていたというのが大きな要因だが、志望する者たちからすればセナビア魔法学園のカリキュラムが偉大な魔法師を生むと考えている。
特に特級魔法師キリスナ=セイヤの成長は凄まじいものだという噂も広まっている。おかけで今日も新たな志望者が多数学校見学に訪れていた。
だが何も彼らだけがセナビア魔法学園を代表する魔法師ではない。他にもこの国二十三人しかいない特級魔法師の一人として活躍するエルドリオはこのセナビア魔法学園の卒業生であり、たまに恩師である現学園長のエドワードの下を訪ねている。
学園内で目撃されることは少ないエルドリオだが、セナビア魔法学園周辺での目撃情報はかなり聞く。そしてそういう場合、大体が学園長エドワードが同伴しているのである。
そんなエドワードの姿はセナビア魔法学園の学園長室にあった。
エドワードは窓から外をのぞくと学校見学に来たのであろう子供連れの魔法師を見つけて小さくため息をつく。学園としては志望者が増えることはうれしい限りだが、今の彼にとってはそれよりも重要なことがあった。
「今年はかなりの人気みたいですね、先生」
「まあな」
エドワードに言葉を投げかけたのは学園長室に置かれている来客用のソファーに腰を下ろすエルドリオ。彼は差し出されたコーヒーに口をつけると神妙な面持ちで口を開く。
「大変ですね」
「それはこっちのセリフだ。わざわざ来てもらってすまない」
「いえ、先生からの誘いを無下にはできません」
この場にエルドリオを呼びつけたのは紛れもないエドワードである。しかし今日はいつもと違って学園外のパン屋ではなく、人目の付かない学園室での密会だ。
その部屋には他の人影はない。なぜならこれから話すことはまだ部外秘として扱われているから。
「レイリア王国内の全魔法学園学園長に秘密裏に要請送られたのが一週間前。そこから先生が私を呼びつけることは予想できていましたから、最初に予定を開けておきましたよ」
軽い口調で告げるエルドリオだが、表情はどこか厳しい。一方のエドワードはかなり厳しい表情をしている様子。
しかし彼の立場を考えれば、そのような表情になってしまうのは致し方ないだろう。
「学生魔法師を徴兵なんて、特級魔法師協会はいったい何を考えているのだ?」
「そうですね。まずは今のレイリアの現状についてから始めましょうか。先生はどこまでお耳に?」
「ということは、あの知らせは本当だったのか。協会の誤報という訳ではなく」
エドワードのいう知らせとはもちろん聖騎士アーサー=ワンをはじめとした十三使徒たちによる謀反について。特級魔法師協会はそのことをすでに国民に公開しており、同時に秘密裏に各学園の学園長に学生魔法師を戦いに動員する可能性を示唆していた。
しかし学生魔法師をそのような事件に動員するなど前代未聞の事態。ただでさえ例外的にレアルを十三使徒として聖教会に預けているセナビア魔法学園からすれば文句の一つも言いたくなるものだ。ましてやそのレアルさえも聖騎士アーサーの謀反に加担しているのだから。
それだけではない。レアルがセナビア魔法学園で過ごしていた時に仲の良かった学生たちは現在行方不明ということになっている。表向きはレイリア魔法大会において受けた肉体的、精神的ダメージによる体調不良での休養となっているが、その動向は学園長のエドワードも知らない。
明らかに自分の把握している以上のことがこの国で起きているとエドワードは考えていた。
「協会から発せられた知らせについては間違いありません」
「そうか。あの聖騎士様が……」
聖騎士アーサー=ワンはいわば国民にとって理想とする魔法師の象徴だ。だから魔法師で、それも教職者の立場にあるエドワードからしてみればショックは他の人よりも大きい。
「残念ながらレアル=ファイブも聖教会の指揮下から外れたようです」
「わかっている。彼と仲の良かった生徒が現在行方をくらませている」
「やはりそうでしたか」
このアーサーの謀反によって同じように学生魔法師たち数名が行方をくらませたという知らせは特級魔法師協会にも届いている。レイリア魔法大会を見たものであれば、それが誰かは見当がつくというものだ。
「だがどうして学生魔法師の徴兵に繋がる? 彼らはまだ学生だ」
「はい」
「こういう時のための特級魔法師協会ではないのか?」
「それは……」
エドワードの指摘にエルドリオは黙り込んでしまう。確かにエドワードの言う通り、特級魔法師協会は表向きこういう時のために作られた独立機関だ。
しかし現状として特級魔法師協会も存分に機能はできていない。
その理由は至って明快。ただ言えば特級魔法師協会の信用にかかわる問題だ。だからエドワードは先ほどよりも声を低くして応える。
「内密にお願いしたいのですが、一部の特級魔法師もまた聖騎士アーサーの謀反に加担しているのです」
「なん……だと……」
予想外の真実にエドワードは言葉を失った。




