第319話 親の心情
時は少しさかのぼり、ハルトスたちがまだアルセニア魔法学園の近くにいた頃。フェニックス家に三人の魔法師が訪れていた。
呼び鈴が鳴ったので手伝いの女性が出ると、そこにいたのはこの国で最も有名といっても過言ではない魔法師、聖騎士アーサー=ワン。彼女の傍らには栗色の髪をした少女と老人の姿があった。
しかしそんな有名な魔法師でも容姿はあまり知られていないので手伝いの女性は戸惑いを見せる。
「え、えっと……」
「あたしは聖教会所属の魔法師だ。こっちは連れのダルタとエムリス」
「は、はい。それで……」
目の前にいるのがあの聖騎士アーサー=ワンだとは思ってもいない手伝いの女性は聖教会の人間の来訪に驚いた様子を見せる。家主がレイリアでも有名な『フェニックスの焔』で知られているため教会関係の来訪は多々あるが、そういうのは事前にアポがあるもの。
しかし今日はそんな予定が入っていなかったので手伝いの女性はやや警戒した面持ちだ。
「本日は家主のモカ=フェニックスさんにお話があって」
「失礼ですが、ご用件は?」
ダルタの説明に聞き返した女性。聖教会の職員だから「はいそうですか」といって部屋の中に入れてもらえるほどフェニックス家の警備は甘くない。
数か月前にモカ=フェニックスの誘拐事件もあったことで警戒は以前よりも厳しくなっている。そのことを知っているアーサーたちも特に責める様子は見せずに手伝いの女性に従う。
「家主に確認するので少々お待ちください」
「あ、あとセイヤって伝えてください」
「聖夜、ですか?」
「はい。それで通じると思います」
「わかりました」
一度扉が閉まると、手伝いの女性はモカの下へ急いで向かった。本来ならアーサーが自分の正体を明かせばすぐにでも入れたかもしれないが、聖騎士アーサー=ワンが現時点でどれほどの効力を有しているかわからない以上、迂闊にその名を口にはできない。
下手に名乗って近くの教会にでも通報されてしまったらたまらない。今は我慢の時なのである。
しばらくすると、手伝いの女性が戻ってきてモカのいる客間に招かれた。手伝いの女性は紅茶の淹れると部屋から出ていき、部屋の中にはアーサーたち三人と正面にモカといった構図だ。
モカは紅茶を口に含むと静かに尋ねた。
「まずはあなた方の正体を教えていただいても?」
「正体というのはあたしのか?」
「そうです」
アーサーに対して物怖じしないモカの胆力にエムリスは心の中で感嘆した。
「あたしは聖教会十三使徒隊長、聖騎士アーサー=ワン」
「そうですか」
聖騎士アーサー=ワンという名を聞いても特に驚いた様子は見せないモカにアーサーも少しばかり驚いた様子。
「私はダルタ。聖教会から派遣されたセイヤの使用人です」
「儂はエムリス。平凡な老人だ」
「申し遅れました。私はモカ=フェニックス」
挨拶を終えるとさっそくモカが話を切り出した。おそらく彼女も自前の情報網を使って現状について少しは情報を有しているのであろう。
「ご用件というのはキリスナ=セイヤと彼を取り巻く環境ですね?」
「そうだ。あんたはどこまで知っている?」
「彼が特級魔法師になって暗黒領に派遣されたこと。しかしその裏に隠されていた本当の目的は聖騎士様による彼の暗殺。ですが聖騎士様にはその気はなくて彼とともに逃亡。これが今私が得ている情報です」
さすがはフェニックス家といったところか。少し前までならそれは最新の情報であり、彼女の情報網がどれほどのものか推察できるほどだ。
しかしあくまでもそれは過去の話であり、現状はもっと複雑だった。アーサーに指示されてダルタが説明を引き継ぐ。
「セイヤはその後、ダクリア帝国に向かって大魔王代理だったギラネルさんと会いました。そしてセイヤは大魔王になるために暗黒領にあるキレル山脈に向かって力を手に入れ、今はセイヤがダクリアのトップです」
「それは本当なのですか!?」
どうやらモカもダクリアの情報までは得られていないようだ。といってもレイリアの人間がそう簡単にダクリアの情報を得てしまったらそれはそれで問題なのだが。
「その後セイヤは私たちと別行動しています」
「そう、ですか。それではなぜここに?」
セイヤについてある程度の情報を得ていたモカは自分に下にセイヤを探しに来た聖教会の人間が来るのではないかと考えていた。だからそのような人物が来たら情報を開示する振りをして相手側から情報を奪い取ろうと考えていたのだ。
しかし彼女の持っていた情報はすでに古く、アーサーたちの方が何歩先も進んでいた。モカはなぜアーサーたちが自分の下を訪ねてきたのかわからなかったのだ。
「単刀直入に言います。私たちは現在のレイリアを打倒する組織であり、私たちこそが正統な王国なのです」
「なにをいって……」
あまりに突拍子なことにモカが言葉を失った。王国を打倒する、それも王国最強の聖騎士が。にわかには信じられない言葉にモカは苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「現在キリスナ=セイヤをはじめとしたアルセニア魔法学園の面々も賛同して拠点にいる」
「セレナちゃんも?」
「ああ。そこであたしたちはあんたらにも協力を頼みたいんだ」
「私に祖国を裏切れと?」
「その祖国が偽りだ。詳しい話は後だ。協力するのか、しないのか、今すぐ決めてほしい」
アーサーから提示された二つの選択肢。しかし彼女はセレナも拠点にいると言った。つまり言い換えればそれは人質であり、モカには拒否権がないのと同義ともいえる。
相手は王国を打倒しようと考える頭のねじが外れた組織だ。目をつけられた時点で安息の日々は奪われたのも同然に違いない。とモカは考えていた。
しかしもちろんアーサーたちにそのつもりはない。
「もし拒否をしたら?」
「特に何もない。ただ娘と対立は避けられないということだ」
「セレナちゃんは自分の意志であなたたちに?」
「帝王、キリスナ=セイヤのために戦うと言っている」
「つまりあなた方は子供を戦争に利用すると?」
「そうなる。だが奴らはもう子供ではなく立派な魔法師だ。それに聖教会との戦いで前線に立たせる気はない」
アーサーの言葉を聞き、モカは彼女を睨みつける。すでにモカはアーサーのことを聖騎士アーサー=ワンとして見てはいない。
「これだけは聞かせてください。あなた方は何のために王国を打倒するのですか?」
「この世界の危機を救うため」
「それだけですか? それ以外に目的は?」
「ない」
きっぱりと言い放ったアーサーの言葉に偽りはないように聞こえる。だからモカは素直に自分の心情を吐露する。
「私は母親でありながら娘を危険にさらしてしまいました。だから今度は母親として娘の願いをかなえてあげたい。あなた方に協力します」
「協力感謝する」
こうしてモカ=フェニックスはモルガーナ一派に加わったのだ。
(これで『フェニックスの焔』は手に入った。待っていろランスロット……)
アーサーの心のつぶやきは誰の耳も届かなかった。




