第317話 聖騎士(中)
聖教会や七賢人たちが偽りの存在。それが何を意味しているのかハルトスには理解はできない。しかし重要なのはその真偽ではなく七賢人たちが否定されたこと。
国の統治に七賢人たち率いる聖教会が必要だと確信しているハルトスにはアーサーの話を聞くに値しなかった。
「戯言もほどほどにしろぉぉぉぉ!」
「戯言か。なら、どうしてお前の『ラスト・ワン』は起動しない」
「それとこれは別だ!」
息をつく間も与えずに斬りかかるハルトスだが、アーサーはその攻撃を全て受け流す。負の感情に応じて力を増大するはずのハルトスだが、いくら攻撃しようともアーサーにかすり傷一つ与えることもできない。
アーサーは余裕の表情でその残酷な真実をハルトスに告げる。
「別ではない。むしろそれが一番の原因だ。レイリア王国の民の思いをその身に宿す『ラスト・ワン』はまさにレイリアの最後の切り札。それを使用できるのは正当なレイリア王族から聖騎士の名を賜った魔法師のみであり唯一無二の存在。歴史上、聖騎士の名を持った魔法師が二人存在したことなど皆無だ」
ハルトスはアーサーの言葉に耳を傾けることなくひたすら剣を振り続ける。それは剣を振らなければアーサーの話に耳を傾けてしまうから。
「ならどうしてお前は『ラスト・ワン』を使おうとしたのか。答えは七賢人たちがお前に聖騎士の名を授けたから。しかし今もあたしは聖教会アーサー=ワンであり、お前は紛い物の聖騎士。つまり七賢人たちに聖騎士を指名する力はないんだ」
アーサーの話は矛盾していた。そもそも聖騎士とは女神の統べる聖教会に所属する魔法師であり、その力を聖教会のために使うことでレイリア王国のためになるとされている。
よって聖騎士は女神に対して絶対の忠誠を誓い、女神はそれにこたえるためにレイリアの最後の切り札である『ラスト・ワン』の使用権を聖騎士に授けることができた。
しかし現在のレイリアでは女神は存在せず、実質的に聖教会を操っているのは七賢人たち。それならば聖騎士と七賢人たちの間で同じような構図が成り立たなければならない。
そもそも『ラスト・ワン』の力の源は国民の思いであり、その思いは信仰の先にいる女神を経由して聖騎士に託される。そして現状、国民の信仰は七賢人たちをはじめとした聖教会に向かっており、彼らを経由することで彼らが指名した聖騎士に『ラスト・ワン』を使用可能にさせることは理論上は可能である。
ではなぜハルトスは聖騎士の力を使えなかったのか。なぜ七賢人たちから謀反の扱いを受けているアーサーは聖騎士の名乗れるのか。
答えは簡単だ。状況を巨視的に考えればすぐにたどり着く。しかしその巨視的な視点を持つことが許されていないレイリア王国民にはあまりにも難しく、受け入れがたいものであったから。
ハルトスも心の底では理解せざるを得なかった。アーサーの言っていることは辻褄が合う。けれどもそれを認めるわけにはいかないのだ。
先ほどから絶え間なく振り続けられていたハルトスの剣が止まる。
「黙れ……」
「なあ、ハルトス。お前は聖教会の下に何が埋まっているのか知っているか?」
アーサーは聖剣エクスカリバーをおろすとハルトスに問うた。
「聖教会の地下だと? そんなものが存在すると」
「存在する。現にあたしたちは見てきた」
「それを信じろと?」
聖教会の地下に何が埋まっているのかハルトスは知らない。十三使徒であるにも関わらず知らされていないとなれば、アーサーの戯言ということになる。しかし戯言にしてはアーサーは確信をもっていっているように思えた。
「答えは牢屋だ」
「牢屋?」
「そう。かつて聖教会の下には牢屋があった」
「それが何だというんだ。牢屋ぐらいあっても不思議ではない」
ハルトスの言う通り、牢屋があったところで驚きはしない。聖教会はその性質上、国の法治機関であるのだから罪を犯した者を拘束する場所があっても不思議ではない。
なぜ今は使われていないのかはわからないが、それがあったところで何だというのか。
「確かにな。なら誰を拘束していたと思う?」
「そんなの、咎人以外にあるというのか」
「お前はつくづく現実を見ない男だ」
「何が言いたい」
鋭いまなざしを向けるハルトス。この時彼は気づくべきだった。これ以上、アーサーの言葉に耳を傾けるべきではないと。そのまま傾けてしまえば彼の信仰心は消え失せてしまうのだから。
「質問を変えよう。かつてこの国を支配していたのは?」
「『創魔記』について知らないとでも? レイリア王族に決まっている」
「ならどうしてその王族は滅びた?」
「貴様は『創魔記』も知らないのか? 魔獣の出現によってレイリア王族は滅びた。これは常識だ」
確かにハルトスの言っている『創魔記』こそがこの国の常識であり、誰もが疑うことをしなかった逸話だ。しかしそれでは明らかにおかしい点がある。
アーサーがわずかに唇をかむと核心を突く質問をした。
「お前は魔獣が王族だけを食い散らかしたとでも?」
「なに?」
「考えてもみろ。王族は本来この国で最後まで生き残らせなければならない人種だ。ならその王族が魔獣によって滅ぼされたならこの国の人間は全てが魔獣に食い散らかされてなきゃおかしい」
その言葉にハルトスは息をのむ。
「王族は当然一人ではない。何十、いや何百といたはずの王族だけが滅びるとでも?」
アーサーの言う通り、王族が全て魔獣に滅ぼされたというのはおかしな話だ。例え王族の直系が殺されたとしても分家なり養子なりを祭り上げれば王族は復興できたに違いない。
しかし現在のレイリアでは王族なるものは存在しないどころか人々の意識の片隅にもない。
「話を戻そう。聖教会の地下にあった牢屋は一体だれを収容していたと思う?」
「まさか……そんなはずは……」
ハルトスは気づいてしまった。アーサーが何を言おうとしているのか。そしてそれが何を意味しているのか。
つい口が開いてしまうハルトス。
「まさか王族が牢屋に……?」
「そうだ。聖教会は王族たちを幽閉した牢屋の上に建てられた偽りの存在だ」
否定してくれというわずかな思いにすがったその言葉はアーサーによって肯定されてしまうのであった。




