第316話 聖騎士(上)
ポーリーノたちがエムリスの虚無の空間に閉じ込められた時を同じくして、モカとハルトスもまた虚無の空間にいた。しかし辺りにはポーリーノたちの姿はない。
ハルトスは周囲の環境が変わったことなど気にするそぶりを見せずに目の前の相手を睨みつける。そこにいたのはモカ、ではなくてモカに変装していた人物。
「聖騎士アーサー=ワン……」
「こうして会うのは久しぶりだな、ハルトス」
「なぜ貴様がここに」
「さあ、なぜかな。光属性の中級程度も見破れないやつに応える義理はない」
アーサーがハルトスを見下すように微笑む。結論から言えばアーサーは光属性中級魔法の変装魔法を行使してモカに化けていたのだ。変装といっても自らの姿を別人のように見せるだけであり、例えば身長や声、他にも匂いなども誤魔化すことはできない。
モカを知る者ならすぐに見破ることができたであろうが、初めての相手にはかなり有効な手だ。といっても、姿かたちが変わらず相手の視界だけで姿が変わっているので影を見れば自分が視認している姿かたちと違うので初見で見破ることも可能だ。
ハルトスがアーサーの変装を見破ることができなかったのはひとえにハルトスの過失に過ぎない。だが今のハルトスはそれどころではなかった。
目の前に現れた裏切り者に対する怒りで冷静さなど消え失せていた。
「本物のモカ=フェニックスはどうした?」
「彼女をはじめ、この家の者たちは全員保護した。家に入った時点で他の人影がなかったことを疑うべきだったな、ハルトス」
上司として注意をするアーサーだが、当然その声がハルトスに届くことはない。
「なぜ聖教会を裏切った。なぜレイリア王国に牙をむいたぁぁぁぁぁぁ」
剣を抜いたハルトスが叫びながらアーサーに向かって斬りかかる。アーサーは聖剣エクスカリバーでその攻撃を受け止めながら笑みを浮かべる。
「何か言ったらどうだぁぁぁぁぁぁぁ!」
余裕ぶるアーサーの態度がさらにハルトスの怒りを煽る。
目の前にいるアーサーはレイリア王国最強の称号である聖騎士の名を持ちながらレイリア王国を裏切った。それによって国民に重大な被害を被らせることは十三使徒としてあってはならないことだ。
そもそも十三使徒は国民のため、国のためにその命の最後の一手期までを尽くす存在であり、たとえどんな滋養があろうとも身勝手な行動でレイリア王国に被害を出してはいけない存在だ。
怒りに身を任せて剣を振るハルトスだが、さすがは十三使徒序列四位。考えなしに剣を振っているのではなく、着実にアーサーの首に狙いを定めて意味のある一手ばかりを繰り広げる。
けれどもただ剣を振るだけではアーサーの首を取るどころか呼吸一つ見出せない。
「なぜだ! なぜ裏切った! 答えろぉぉぉぉぉぉ!」
繰り返されるハルトスの怒りを前にしてもアーサーは口を開かない。彼女はただ迫りくる剣をはじいて身を守る
だけ。それがただの剣術のぶつかり合いである間はアーサーにとって口を開くに値しない攻防だから。
彼女たちは十三使徒であり魔法師だ。魔法を使わない勝負で何かを語る意味はない。と、その時だった。
「何か言え! 火の精霊に告げる。この身に宿れ、その心。命をもって我は応える。『サラス』」
ハルトスの右目に紅い魔方陣が宿った刹那、膨大な炎が彼の右手に握られる剣に宿る。それはハルトスが部分契約をしている精霊サラスの力であり、サラスは火の精霊と知られるサラマンダーに仕える低位精霊とされている。そしてその炎の宿った剣を人々は断罪の炎と呼んでいる。
精霊との部分契約は割に合わないというのが定説だが、ハルトスにとっては例外だ。元々は彼の一族が代々契約していた精霊。それが年月を経るごとに彼らの一族がその精霊に適応していき、今では初代のころと比べものにならないほど力を有しているとされている。
そしてその炎の最大の特徴は術者の感情に呼応する。断罪の炎とはもともと復讐心によって生まれた負の感情を宿した炎。その炎は当然怒りでも強くなる。
アーサーに対する怒りがハルトスの炎をさらに輝かせた。そしてその炎を宿した剣が問答無用でアーサーに向かって振り下ろされる。
「ふん、まだ甘い」
アーサーは光を宿した聖剣エクスカリバーでハルトスの炎を受け止めた。魔力量は互角といってもよかったが、剣のスペックが違っていた。片や聖剣と呼ばれる剣に対し、ハルトスの使う剣は上物だが普通の剣にすぎない。
ハルトスの攻撃はいとも容易く弾かれてしまう。
「火の精霊サラスに告げる。この命を焦がし更なる力を求める。『サラスブレア』」
その魔法は火属性の魔力を全身に流すことですべての能力を活性化させる自己強化魔法。だがデメリットとして痛覚等も活性化させてしまう諸刃の剣だが、そのぶん攻撃力もかなりあがる。
活性化された肉体から振り下ろされる剣は炎の斬撃を生み、アーサーに向かって襲い掛かる。だがアーサーはその攻撃を同じように光の魔力の斬撃で打ち消す。
一見単純な攻防だが、すべての威力が並の魔法師にとって必殺に値する。やはり十三使徒同士の戦いであり、周りに何もないのが幸いだ。もしここが街中なら二人の攻撃がぶつかった衝撃で数人から数十人は怪我をするか最悪死に至るだろう。
虚無の空間だからこそアーサーはハルトスの攻撃をしのぐことに集中できた。
「ふざけるな! 貴様のような裏切り者に負けていいはずがない! 裏切り者には制裁を!」
「威勢だけはいいが、攻撃が単調すぎる」
「我は告げる、女神に告げる。女神、七賢人にこの身をささげる者の宿命は我が身を焦がす」
「まさか……」
普通の詠唱とは異なった詠唱が始まったことにアーサーは焦りを覚える。彼女の記憶が正しければ、それはハルトスが使っていいような魔法ではないから。
「わが名はハルトス。十三使徒の頂点に君臨する者にして聖騎士の名を奉る騎士団長なり」
「奴らめ……」
「『ラスト・ワン』」
詠唱を終えたハルトスだったが、彼に変わった様子は特にない。なぜならその詠唱は不発に終わったから。驚いているのはアーサーではなく使用したハルトス。
「なぜだ……なぜ起動しない……」
「まさかお前に『ラスト・ワン』の使用権が譲渡されるとはな」
アーサーは苦笑いを浮かべる。
「レイリア最強の魔法師である聖騎士にだけ使うことが許された王国一体型の超級魔法『ラスト・ワン』。国にとって脅威となる存在に対してのみ使用することができ、国を代表して殲滅するための魔法。使用条件はいくつかあるが発動すればどんな敵でも一撃で片が付く魔法」
それはこの国でもほとんど知るものはいない。
「だが甘かったな。お前はこの魔法を使うことができなかった」
「なぜだ……なぜ貴様に対して使えない……」
「なぜか。この魔法は前提条件として国民の意志に拠るものであり、国民の存在しない虚無空間では行使どころか発動もできない」
「そんな……」
しかし発動しなかった根本的な理由は他にあった。
「だが問題はそれ以前だ」
「なに……」
「いくらお前が七賢人から聖騎士の名を貰おうとも、それは正当な聖騎士ではない」
「なんだと……」
「なぜなら七賢人、聖教会。これらは全て偽りの存在だからさ」
アーサーの言葉にハルトスは言葉を失った。
最近ふと思います。この物語はいつ終わるのか......終わりが見えねぇ......




