第311話 思わぬ再会
「この度は娘を助けていただき誠にありがとうございました」
セイヤたちに向かって深々と頭を下げる男性は、つい先ほどセイヤたちが助けた若い女性の父親である。あのあと女性を家まで送ったセイヤたちはぜひお礼をしたいという父親の熱意に負けて招待を受けることになったのだ。
そして驚いたことにその父親は先日セイヤとロナが訪れた個室のあるレストランのオーナーであり、ただの強姦魔と思われた男たちはこの店のライバル店に雇われた冒険者たちであったようだ。
ライバル店はこの店のオーナーの一人娘である若い女性に精神的な苦痛を与えることでオーナーの意識を家族に向けさせ、その間にこの店を出し抜こうとしていたようだ。
「まさか場外から仕掛けてくるとは思わず、本当に娘がお世話になりました」
「いや、俺らは当然のことをしたまでだ」
「そう……気にしないで……」
何度も頭を下げてくるオーナ―に対してさも当然のことをしたというセイヤとユア。だが男たちが冒険者だっとことを考えれば、誰もがあの場で果敢に男たちの手から女性を救うことはできない。
そう言う意味では若い女性は運がよかったともいえるかもしれない。彼女を男たちの魔の手から救い出してくれたのがこの国のトップである大魔王なのだから。
といっても、オーナーたちにとってみればセイヤはただの恩人であり、セイヤの正体が大魔王ルシファーだなんて見当もついていないだろう。
「ではこちらでお待ちください。私が特別なコースを用意いたします」
店の奥にある個室に通されたセイヤとユアが席に着くと、オーナーが着替えるために更衣室へと向かう。その後ろでは店のスタッフたちが「あのオーナーが直々に……」、「いったい彼らは何者なんだ……」といった風に言っていたが二人は気づかないふりをした。
どうやらオーナーが直々に腕を振るう相手は特別な客のみのようだ。
どんな料理が出てくるのかと楽しみにするユア。一度この店を訪れているセイヤはある程度の予想がついているものの、以前はオーナーによってふるまわれたわけではないので、そう言う意味ではセイヤにとっても楽しみであった。
「ここのレストランはダクリアでも有名らしいぞ」
「そうなの……?」
「あと個室があるのは著名人の密会に使われるためらしいぞ」
「セイヤは物知り……」
「まあ全部受け売りなんだけどな」
以前訪れた際にロナから教えてもらった知識をユアに伝えるセイヤ。そんなセイヤの説明にユアは目を輝かせていた。
二人が他愛ない話をしていると、一品目の皿が給仕されてくる。驚いたことに皿を運んできたのは先ほど二人が助けた若い女性だ。
女性は何事もなかったかのように料理の説明を進めていくが、二人は説明を聞くどころではなかった。料理の説明がようやく終わったところでユアが問いかける。
「もう大丈夫なの……?」
「え、まあ」
ユアに笑顔で返す女性。だがその手はわずかに震えており、笑顔もどこかぎこちない。まだ大丈夫というには程遠い状態だ。
「無理をしなくても……」
「いえ、大丈夫です。自分でやりたいって父に言ったので」
「そうなのか?」
どうやら女性が自らこの役を買って出たようだ。しかしなぜ無理をしてまで料理の説明役を買って出たのか二人には理解できなかった。
そんな時女性が自ら理由を話し始める。
「私はお二人に助けていただきました。ですが私がお二人にお礼をする方法がありません」
「別に俺たちはお礼が欲しくて助けたわけじゃない」
「そう……気にしないで……」
「いえ、それだと私の気が済まないのです」
「それならもう料理で十分だ」
「それは父からのお礼です。私からということにはなりません」
どうやら彼女は自分にできることでセイヤたちに感謝の意を伝えたいようだ。そしてその手段が料理の説明役ということだった。
女性の真意を理解した二人はもうそれ以上何も言うことができない。
二人は素直に女性の好意を受け取ることにした。
「それなら次からも頼めるか」
「お願い……」
「はい!」
女性は嬉しそうにほほ笑むと、次の皿を運ぶために部屋の外に出た。こうして二人はダクリアにあるとある高級レストランで昼食をとったのであった。
デザートの後に食後の紅茶が給仕されたところで再びオーナーが姿を現す。
「当店のコースはいかがでしたか?」
「とても美味しかったです」
「美味しかった……」
「それは良かったです」
二人の恩人の感想を聞き、笑顔でうなずくオーナー。そんな時、オーナーがふと気になる言葉を漏らした。
「なんか懐かしいです」
「懐かしい?」
懐かしいという単語に首をかしげるセイヤとユア。ユアはこの店を訪れるのが初めてであり、セイヤもつい先日初めて訪れたばかりだ。それに前回はオーナーが手を振るったわけではないので懐かしいということはありえない。
戸惑う二人を見たオーナーが慌てて訂正と謝罪をした。
「これは失礼。ちょっと昔のことを思い出しましてね」
「昔ですか?」
「はい、もう二十年以上も前ですかね。私がまだ妻と結婚する前、妻が今日みたいに暴漢に襲われそうになったのです」
それはまさに今日の出来事と同じ背景だった。当時のライバル店の策略によりオーナーの恋人が狙われたようだ。しかしその時もまたセイヤたちのような優しい人が助けてくれたらしい。
「ですがあなた方のように若い男女が妻を助けてくださって。お礼に私が腕によりをかけてふるまったのです」
「そんなことが……」
「それからです。その二人はよく私の店のこの個室を利用してくださったのです」
懐かしむように振り返るオーナー。そんなオーナーを見てセイヤはふと一つの可能性を思いつく。だが確信はないので遠回しにその二人の正体を訪ねる。
「その二人は今もこの店に?」
「いえ。二十年ほど前に失踪してしまって」
「それは心配ですね」
「いえ。実はつい先日、その二人の子供の姿を拝見することができたのです」
「子供ですか?」
セイヤの中で疑念が確信に変わった。
「はい。その姿はまさにあの男性と瓜二つ。あの方は紛れもなくあの男性の息子です」
「随分と自信が終わりなのですね?」
「ええ。その男性の息子といえる確固たる証拠を示してくださりましたから」
嬉しそうに語るオーナーを見てセイヤはつい笑みをこぼしてしまう。そんなセイヤを見て、ユアも微笑む。もう名前を聞かなくても、オーナーの妻を助けた人物は誰かわかる。
セイヤに流れる血は同じ運命をたどったようだ。そのことがおかしくてつい笑ってしまったのだ。
そんなこんなで二人は店を後にした。別れ際にお土産としてもらったパイを片手にセイヤはユアと手をつないで再び街に繰り出す。思わぬところでいい話を聞けたセイヤは束の間の休日もいいものだなと思った。
二人を見送ったオーナーがふとつぶやく。
「金髪碧眼の少年に白髪赤眼の少女……まさかな……」
「どうしたの、お父さん?」
「いや、何でもない」
父親の言葉に首をかしげる娘。
「金髪碧眼の女性と白髪赤眼の男性。まさかキース様の親戚だったのかもしれないな」
「え、なに、お父さん?」
「何でもない」
「変なお父さん」
若い女性が不思議そうに父親であるオーナーの顔を見る。その顔はなぜか先ほどよりも嬉しそうだった。




