第301話 セイヤの出した答え
「アンノーンが女神の子供だと?」
「まじかよ……」
「にわかには信じがたい……」
「驚き」
「女神ってあの女神リーナ=マリア様よね?」
「知らなかった」
セイヤの母親がレイリア王国で最も有名な女神リーナ=マリアだということに驚きを隠せないセナビアの面々。以前は家族も持たずに何も知らないアンノーンと嘲笑していた相手が実はレイリアのトップだった女神の子供と言われれば驚くのも無理はない。
逆にアルセニアの面々の反応はそれぞれだった。
「セイヤ……やっぱりすごい……」
「セイヤ凄い!」
「大魔王と女神の子供って」
「まるで童話の世界ですね」
「でもそういわれてもなんか納得です」
セイヤと行動を共にしていて所為か、その生い立ちを聞いてもさほど驚いていない様子だ。
もし他のセナビア魔法学園の生徒がそのことを聞いたならば卒倒するか自らの過去を悔いただろう。何しろこれまで見下していた相手がレイリア王国の全国民が崇拝する女神の血をひいていたのだから。むしろこの場に他の者たちがいなくてよかったほどだ。
衝撃の事実を知らされた中でふとモーナが疑問を抱く。
「では女神様は今どこに?」
「確かに。セイヤの母親なら生きているはずよね?」
「では二十年前に一体何があったのでしょうか?」
アルセニア魔法学園生徒会の三人が思ったことはセナビア魔法学園の面々も抱いた疑問だ。女神リーナ=マリアは二十年前に忽然と姿を消し、その後は新たな女神は出てきていない。
もしその真相がセイヤの誕生に関わっているとするなら、女神リーナ=マリアの消息をモルガーナたちが知っていてもおかしくはないはずだ。
彼女たちの疑問に答えたのはライガーだった。
「お前らには二十年前の真相を話していいかもしれないな」
真実を語ろうとするライガーの表情は少しだけ曇っている。おそらくモルガーナに対する後ろめたさと同時にセイヤに対する罪悪感もあるのだろう。その真実を語るということは結果的にモルガーナの行いを非難することにつながるかもしれないから。
しかしライガーは意を決して真実を話し、モルガーナはただ黙っていた。
「女神リーナ=マリアと大魔王キース=ルシファーは元々モルガーナ様の考えに賛同する俺たちの仲間だった。しかし二十年前、ノアとの決戦を控えた時にリーナ=マリアの妊娠が発覚したのだ」
「それがセイヤ……?」
「そうだ。しかし当時の俺たちにとってリーナ=マリアとキース=ルシファーは戦力の中核だった。もしリーナ=マリアが離脱することになれば俺たちの勝利はまずありえない」
「まさか……」
察しのいい者たちはそこで何が起きたのかを理解する。当事者であるセイヤはただ黙ってモルガーナのことを見据えながら聞いているだけだ。
「モルガーナ様はリーナ=マリアに子供を降ろすように求めた」
まだ子供ともいえる彼らにはその真実は冷徹なものに思えただろう。しかしリーナ=マリアの実力を考えた時に、世界に迫る危機と一人の子供の命を天秤にかけることはできなかった。
それは一人の魔法師としての実力だけでなく、女神という立場の重要性も考えられていた。女神というのは七賢人たちのさらに上に君臨する存在であり、十三使徒をはじめとする聖教会の戦力、場合によっては特級魔法師たちも戦いに動員することができる。
つまり女神リーナ=マリアを失うということはレイリアの戦力をも失うというを意味していた。
「しかしリーナ=マリアはそれを拒み、夫であるキース=ルシファーとともにこのアヴァロン島を去った。それが二十年前、女神リーナ=マリアがレイリア王国の表舞台から姿を消した本当の理由だ」
ライガーから語られた真実に一同は言葉を発することができなかった。一人の人間としてはモルガーナのやり方に賛同はできないものの、魔法師という立場に立った時、モルガーナの決断は責めることができなかったから。
いかにして戦いに勝つか、それは魔法師になるとき一番最初に教えられることだ。そしてモルガーナの決断はその考えにのっとっていた。
この件に口出しをできるのは当事者であるセイヤだけだろう。だから他の面々はセイヤが口を開くのをひたすら待った。
セイヤはただ黙ってモルガーナのことを見据えるだけで何も言おうとはしない。モルガーナはそんなセイヤの視線を黙って受け止めるだけだ。
沈黙が王座の周りを包み込み、誰もが言葉を発することをためらう。そんな沈黙を破ったのはセイヤの後ろにいたロナだった。
「モルガーナ。妾はお主の所業を許してはおらぬ」
「あなたが私を恨むのは当然でしょう。ですが、責められる謂れはありません」
「ふん、不遜な奴じゃ。じゃが、妾はセイヤに任せると決めておる」
「なるほど。あなたらしいですね」
ロナの言葉を受けたモルガーナが再びセイヤのことを見据える。どうやらセイヤの答えを問いたいようだ。
「俺はまだあんたを恨んではいない」
「まだ、ですか?」
「まだ俺の両親が死んだという確証はないからな」
「それはつまり、キースとリーナの安否がわかった時に決めると?」
「そういうことだ」
セイヤの答えはモルガーナにとって意外なものだった。モルガーナはセイヤになら恨まれても仕方がないと思っていたから、その答えには少しばかり驚いている様子だ。
だがセイヤの答えを聞いたライガーは少しだけ笑みを浮かべ、ユアたちもどこか嬉しそうだ。おそらくその答えがセイヤらしいからだろう。
「ならどうやって二人の安否を?」
「十年前の真実を聞くまでだ」
「つまりノアに会いに行くということですか?」
十年前のことと言われて首をかしげるユアたち。彼女らは十年前にキースとリーナ、そしてロナの三人がの後戦ったことを知らない。だから十年前という単語に戸惑いを隠せなかった。
しかしモルガーナとセイヤの話は続く。
「俺はノアに会って俺の両親がどうなったかを聞く」
「奇しくも私たちと目的は同じということですね」
「だが俺はノアについて何も知らない。それにまだ力も足りない」
セイヤが意図することはモルガーナにもわかった。
「わかりました。私たちはあなたに協力しましょう」
「随分と物分かりがいいんだな」
「ええ。ここで下手に抑圧して私たちと別行動をされても困りますし」
「互いに利用し合おうってことか」
「そうともいえます。なにしろあなたは人類の最後の希望ですから」
是が非でもセイヤの協力を取り付けたいモルガーナたちと、ノアについて知りたいセイヤの利害は一致している。それに他の点でもセイヤにとってモルガーナは適任であった。
「ところで、他の方々はいかがですか?」
モルガーナの視線がユアたちに注がれる。
彼女の質問の意味は自分たちに協力するか否か。もし協力するならば普通の生活はおくれなくなるだろう。それどころかレイリアにおいて息苦しい生活を強いられるかもしれない。
しかしそんなことを気にするほど柔な人間はそこにはいなかった。
「私はセイヤとともにある……」
「リリィも!」
「わ、私だって!」
「セレナ先輩が参加するなら」
「では私も参加せざるを得ませんね」
アルセニア魔法学園の面々が躊躇うことなくモルガーナ陣営につくことを宣言する。そしてアルセニアに負けじとセナビアの面々も。
「十三使徒として王女様に使えるのは当然」
「レアルがやるなら俺もやるぜ」
「僕も」
「俺も」
「アンノーンには借りがあるからね」
「ラーニャちゃんがやるなら私も!」
こうしてモルガーナたちの仲間に新たな仲間が加わるのだった。そしていよいよ真のレイリア王国が動き出すのであった。




