第299話 モーガン・ル・フェイ・レイリア
「あやつはモーガン・ル・フェイ・レイリア。初代レイリア王国女王陛下じゃ」
ロナの言葉を聞いた瞬間、セイヤは驚きを隠せなかった。セイヤだけではない、ユアたちも驚きを隠せなかった。
今ロナは何と言った? 初代レイリア王国女王陛下? それならば一体彼女は何歳なのだろうか? いいや、それ以前に女王陛下とはどういうことなのか?
様々な疑問がセイヤたちの中を駆け巡る。
一方のモルガーナは優しげな笑みを浮かべなら跪くライガーたちに言葉をかけた。
「もう顔を上げてよろしいですよ」
その刹那、まるでさきほどまで体を無意識に動かしていた何かが消えるのをユアたちは体感する。それが何なのかはわからないが、モルガーナの言葉に何かしらの力があることは確かだ。
体験したばかりの不思議な出来事に驚きを隠せないユアたちだが、すでにその仕組みを知っているライガーは話を進めた。
「この方は正真正銘の女王陛下だ」
「ま、待ってください。女王というのはどういう意味ですか?」
ライガーに質問をぶつけたのはレアル。彼はレイリア王国を統べるのは七賢人たちだとよく理解しているので一番驚きが大きかったようだ。
「そのままの意味だ。お前らも『創魔記』は知っているだろ。そこには神が死んだあと、二つの国ができ、レイリア王国はその一つだと」
『創魔記』 それはまさにこの国の、この世界の出で立ちを記した記録であり、魔法学園に所属する誰もが習う歴史である。ましてや代表選手を務める優秀なら彼らがそのことを知らないはずはない。
勘のいいモーナがライガーに問う。
「まさか王国というのは魔獣の出現によって滅ぼされたという?」
「その通りだ。魔獣が出現する以前、この国を治めていたのは七賢人ではなく王族だ」
「ではモルガーナ様はその王族の方だと?」
「そういうことになりますね」
モーナの問いかけにモルガーナがうなずく。その挙動の一つ一つからあふれ出る気品の良さに一同は先ほどから緊張しっぱなしだ。
しかしそこで一つの疑問が生まれた。その疑問をぶつけたのはクリスだ。
「な、ならあなたは三百歳を超えているというのですか?」
「ちょっとクリス、女性に年齢を聞くのは」
「そうだよ。ましてや女王陛下なんかに」
クリスの言葉に抗議を寄せるのはラーニャとリュカ。確かに女性に年齢を聞くのはマナーとしていかがなものかと思っているクリスだが、それ以上に疑問の方が大きかった。そしてラーニャたちはモルガーナがレイリア王国の女王だということを無意識のうちに認めてしまっていた。
「別に構わいませんわ。その疑問を抱くのも当然でしょうし」
「す、すいません」
「結論から言えば、私は年を取りません。いえ、取れないと言った方がいいかしら」
「年が取れない……ですか?」
「もっと正確に言えば、年齢という概念を消されてしまったのです」
モルガーナの言葉に一同は困惑した様子だ。年齢という概念を消されたというのが何を意味しているのか、彼らには当然理解できるはずがない。一人を除いては。
年齢を、概念を消すことのできる魔法。その可能性を知っていたセイヤだけがそれを問うことができた。
「夜属性か」
「ご明察。私はある魔法師によって魔法を、いえ呪いをかけられてしまったのです」
セイヤの言っていることが理解できない面々は先ほどから頭に「?」を浮かべたままだが、セイヤは構わずに話を進める。
「あなたはすでにわかっているのではないですか? その魔法師の正体を」
「ノア、か?」
「ええ。私はノアによって呪いをかけられてしまったのです」
ノアという名をすでにロナから聞かされていたセイヤは特に驚いた様子を見せない。十年前のことを聞いたときにモルガーナがノアを恨んでいると聞いていれば、夜属性の呪いと連想することも容易だ。
しかしノアが何か知らない者たちからすればセイヤたちの会話は一ミリも理解できない話だ。
そこでセレナがセイヤに聞いた。
「ね、ねえ。そのノアって何なの?」
「強力な魔法師らしい」
「らしいって……」
「ノアは『創魔記』でいう神だ」
「神……」
セイヤの答えに補足を加えたライガー。そしてノアが『創魔記』に登場する神だと言われてセレナは言葉を失った。だがそれはほかのメンバーたちも同じだ。次から次へと語られる真実に頭が追い付かない様子。
しかし話はまだまだ続く。
「ですがその『創魔記』事体も嘘です」
「嘘というのは……」
「そのままの意味です。そもそも神は死んでなんかいないのですよ」
「神が死んでいなかった……」
「モルガーナ様の言うとおりだ。そもそもノアにも年齢という概念はない」
『創魔記』そのものを否定された彼らは驚くことはない。もう驚きすぎて、これ以上驚けないという感じだ。だがその一因として既にダクリアの存在で『創魔記』が正しくないとわかっていたからかもしれない。
何はともあれ『創魔記』に関して、彼らが驚くことはない。だがまだセイヤには疑問があった。
「ならノアはなぜ死んだことになっている。それがなければ分裂することはなかっただろ」
セイヤの疑問はもっともだ。ノアの真の生死はともかく、ノアが死んだことによってレイリアとダクリアに分かれることになる戦争が始まったのは紛れもない事実。もしノアが神として君臨していたならば今のようにレイリアとダクリアに分かれることはなかっただろう。
しかしモルガーナの答えは意外なものだった。
「それはノアが飽きたからです」
「飽きた? なにに」
「平和です。彼は平和な時代に飽き、自ら姿を消すことで二人の息子に戦わせたのです」
「それは本当なのか?」
「ええ、紛れもない事実です。この目で見てきましたから」
今度の話は全員を驚かせるのに十分すぎた。まさか今の世界の現状を作り出したのが神の気まぐれだと誰が考えつくだろうか。そんな気まぐれでレイリアとダクリアは二つの分かれたなど、到底信じることができない。しかしそれこそが紛れもない事実なのだ。
「ノアは分裂した二つの国が争うように誘導しました。そして姿を変えて度々両国に干渉することで戦争を長引かせたのです。私の呪いもその一つ。戦争はそれこそノアが飽きるまで続けられたのです」
その言葉を聞いた瞬間、セイヤは自分の中で怒りが沸き起こるのを感じた。それは今だからこそわかる感情。
レイリアとダクリアそれぞれの人とふれあってきたセイヤは彼らが根本的には同じ通じ合える存在だとわかっている。それがこうして分裂してのが神の、それも気まぐれによって引き起こされたなど認めることができなかった。
そんなのは茶番でしかない。
ユアがつぶやく。
「それじゃあ玩具みたい……」
「そうですね。ノアにとってこの世界は大きな玩具でしかないのかもしれません」
モルガーナの淡々とした言葉にセイヤたちは何も言い返せなかった。それは彼女の瞳が誰よりも暗く、そして感情というものを感じられなかったから。
「ですが今こそノアの遊びを終わらせる時なのです」
「どうやって……?」
「私たちは長年待ちわびていたのです。ノアに対抗しうる力を持つ存在を」
「それが……セイヤ……?」
「ええ、その通りです」
そこでモルガーナがセイヤの瞳を見据えた。
「ノアは聖属性と夜属性という強力な力を持つ歴史においても稀有な存在です。その力に対抗しうるには片方だけではなく、両方の力を持つ存在が必要でした。しかしノアは国を二つに分断することでその可能性を無くしたのです」
レイリアでは聖属性、ダクリアでは夜属性を持つ者が国の頂点に立つ。その逆は存在しない。それは歴史が証明してきた。
「ですが今、私の目の前にはその存在がいる。女神リーナ=マリアと大魔王キース=ルシファーの血を受け継いだノアに対抗しうる存在」
そこにいた誰もがセイヤの方を見た。
「聖夜の帝王キリスナ。キースとリーナの名を持つあなたがこの仕組まれた世界を壊すのです」




