番外編Ⅰ 第1話 セナビア魔法学園から(上)
話は遡り、セイヤがまだセナビア魔法学園にいた頃。
セイヤをリタイヤさせてから三十分が経とうとする頃、ジンは木の裏で息をひそめながら、一つの戦闘の進み具合をうかがっていた。
「我、光の加護を受けるもの、今その光を輝かせ。『光壁』」
「守っているだけじゃ勝てないぜ。来いよ、クリス」
「そう言われたら仕方ないね。光明の力、発生せよ。『閃光』」
クリスによって行使された光属性初級魔法『閃光』が、反応の遅れたカイルドの視界を真っ白に包み、視界を奪う。
そしてその隙を逃さんとばかりに、クリスは胸ポケットに忍ばせていたハンドナイフを取り出し、カイルドに突っ込み首を斬ろうとする。
視界を『閃光』によって奪われたカイルドは、クリスのハンドナイフにより首を斬られ、リタイヤとなる、はずだった。
しかし、カイルドはまるで目が見えているかのように、クリスのハンドナイフをするりと避ける。しかも避けると同時に、クリスのほうに向かって『火弾』を行使した。
「我、火の加護を受ける者、今、我に加護を。『火弾』」
カイルドの発動した『火弾』は、ちょうどハンドナイフでカイルドに攻撃しようとしたクリスに向かって飛んでいく。
カイルドがハンドナイフを避けることなど予想していなかったクリスは、自分のほうへと向かってくる火の弾に見事に被弾してしまった。
『火弾』に被弾したクリスは、そのままの勢いで地面にたたきつけられ、精神に襲い掛かる苦痛に顔をしかめる。
「カイルド、今なんでナイフを避けられたの?」
クリスは立ち上がりながら、目の前にいるカイルドに聞いた。するとカイルドの答えは驚きのものだった。
「そんなの簡単だ、目がやられて視界が使えないのなら、耳を使って音で判断すればいい。と言ってもクリスの場合、気配が馬鹿正直だからすぐわかっちゃうけどな」
「カイルド、そんなの普通できないよ……」
「そうか? 案外簡単だぞ」
クリスは人間離れしたカイルドの答えに唖然とするが、カイルドにとってみれば常日頃からやっているため、何に驚かれているのかわかっていない。
そんな時クリスはカイルドの秘密をふと思い出す。
「それは君の火属性適性による体の自動活性化があってこそだから」
「あぁ~、そうかもな」
カイルド=デーナスは普通の人より知覚に関する感覚が人並み以上に敏感だった。カイルドというよりも彼の一族であるデーナス家全員が知覚に関する感覚が敏感なのだ。
デーナス家は火属性に適性のある一族であり、一族全員が火属性魔法を使う。そして火属性の特殊効果『活性化』により、一部の知覚するための器官が活性化させることによって、人並み以上に敏感な感覚を常時発動できる一族なのだ。
具体的に言うと、デーナス家が普段から活性化しているのは視覚と聴覚、そして気配感知の三つである。
中でもデーナス家の気配感知は特に優れており、その特性を生かして重要人物のボディカードや偵察の任務などを務めることが多い。
デーナス家以外の火属性魔法を使う一族にも、同じようなことは可能だが、デーナス家みたいに常時活性化させておくことができる一族はほとんど存在せず、活性化による感知能力はデーナス家の特徴となっていた。
「じゃ、無駄話もやめて終わりにするか。火の意思を継ぐ者、力を授けよ。『火斬』」
カイルドが手にするハンマーに再び炎が纏われて、そのハンマーをクリスに向けて大きく振る。
するとカイルドの握るハンマーから火の塊が撃ちだされ、クリスに被弾すると、クリス体は真っ二つに斬られてしまった。
さらにクリスの傷口からは火が出て、彼の肉体に追撃する。体を真っ二つに斬られ、傷口から火を出しているクリスがリタイヤする間際に、カイルドに向かって困ったように言う。
「ひどいな、カイルド。もっとほかの手はないわけ?」
「よく言うぜ。中途半端にやると強烈な反撃をしてくるくせに」
カイルドの言う通り、もしクリスに中途半端な攻撃をした場合、クリスは強烈なカウンターをしてきたであろう。
クリスはすでにカウンター技を行使する準備をしていたのだが、カイルドの攻撃が予想以上に強力だったため、対応できなかった。
「ハハ、ばれていたか」
「当たり前だ」
クリスはそう言い残して光の塵となってリタイヤした。
カイルドの行使した魔法、『火斬』は火属性中級魔法に分類され、名前の通り対象を火で斬るのだ。
さらに斬られた対象は傷口から火を発して追撃を受け、レベルの高い魔法師がこの魔法を使った場合、傷口の発火と同時に体内から活性化させて、弾けさせる事もできる。
ちなみにカイルドにはまだできないテクニックだった。
光の塵になって消えたクリスを見送ると、カイルドはすぐに向かいに生えている木に向かって、もう一度『火斬』を行使する。
「火の意思を継ぐ者、力を授けよ。『火斬』」
「風の巫女、この地に舞い降り吹き荒れろ。『風牙』」
カイルドは『火斬』が叩きつけられて防がれることを、活性化させた聴力で感知した。カイルドが攻撃を防がれたのを感知すると同時に、木陰から銀髪の少年ジンが姿を現してカイルドに言う。
「さすが、カイルド。よく気付いたね」
「よく言うぜ、難なく『火斬』防ぎやがって」
「そうでもない」
「それはうれしいな」
カイルドの顔は笑っていたが、その目はジンを細かく観察しながら気配感知を全開にしている。
なぜなら、そうしなければカイルドはジンの操る風によって気づかぬうちに瞬殺されてしまうから。気配感知を全開にしているカイルドに対してジンは新たな魔法を行使する。
「風神の罰、罪人への制裁、風の加護、高速の舞。『不可視弾』」
「くそっ、ふつういきなりそれを使うか!?」
「サバイバルだから」
そういったジンから透明の不可視な弾がカイルドに向かって何発も放たれる。
カイルドは目を閉じ、気配感知と聴覚を全開にして『不可視弾』を避けようとしたが、すべてを避けきることはできず、被弾してしまった。
カイルドが避けることのできた弾数は放たれた弾数の半分程度、被弾したカイルドは肩や脚を撃ちぬかれており、膝立ちになりながらジンのことを睨む。
ジンの使った魔法は風属性上級魔法に分類される『|不可視弾インビジブル・バレット》』といい、その名の通り肉眼では見ることができない不可視な弾である。
不可視な弾の正体は風属性の特殊効果により『硬化』された少量の窒素だ。
窒素の弾には当然色がないために不可視であり、さらに空気中の七割が窒素のため、窒素の弾は空気中に同化しやすく、気配感知で見つかりにくい。
そのためカイルドの気配感知は機能せず、弾の音で判断するしかなく、半分しか避けられなかったのだ。といっても半分を避けた時点で十分凄いのだが。
ちなみに昔のジンは『不可視弾』を二酸化炭素で作っていた。
しかしある時、カイルドにすべて避けられたことがあり、その時に聞いた理由が二酸化炭素は空気中に少ないので二酸化炭素の塊は感知しやすいというものだった。
そんな超人発言を聞いたジンはそれ以降、不可視の弾を窒素で作るようになっていたのだ。
「確かにサバイバルだな……それならジン、俺のとっておきを見せてやるよ。我、炎神の加護を受けるもの、炎神の使徒、重力の加護、剛力の技、炎の儀式……」
なにやら強力な魔法を行使するために詠唱を始めるカイルド。そんなカイルドに対し、ジンはしずかに右手をカイルドに向けながら魔法を行使する。
「風の巫女、この地に舞い降り吹き荒れろ。『風牙』」
「ぐっ……」
ジンはカイルドの詠唱途中に『風牙』を使い、カイルドの首を斬り落とした。生首になったカイルドは、どこかありえないだろというような顔をしてジンを見て、リタイヤする寸前に言う。
「おいジン! 最後まで言わせろよ!」
「無理だよ。だって最上級魔法使おうとしたでしょ」
「そこは空気を読めよ!」
そう言い残して生首のカイルドは光の塵となってリタイヤした。
ウォォォォーーーーーーン
ジンがカイルドをリタイヤさせた瞬間、サイレンが鳴り、訓練終了を知らせる。
そして次の瞬間、結界内の幻覚がすべて消えて元のドームの中の荒れ地へと戻る。ただの荒れ地になったドーム内に立つジンの周りにはジンと同じく実践訓練に勝ち残った生徒たちの姿があった。




