第297話 修羅場は大変
それは唐突に感じたものだった。直観と言えばいいのか、それとも虫の知らせとでも言えばいいのか、はたまた愛の力と言えばいいのか。
ユアは突然頭の中に生じたその何かに突き動かされてその部屋へと向かう。そこはユアたちがこのアヴァロン島へ訪れる際に使った部屋であり、外部と繋がっている部屋でもある。そしてその部屋に足を踏み入れた瞬間、その人物を視界に入れた。
「セイヤ……」
そこにいたのはユアの最愛の人物であり、ここ最近は会うことすらできなかった人物。最後に会った時よりもたくましさが増し、どこか成長した様子を見せる彼は紛れもないキリスナ=セイヤだ。
その姿を見つけた瞬間、ユアは無意識にセイヤの下へ駆け寄り、抱き着いた。セイヤは自分に迫ってきたユアをしっかり受け止めると、優しく抱きしめる。
途端に生じたその甘い空間に同じ部屋にいたロナとシルフォーノは戸惑いの表情を見せたが、二人はお構いなしだ。
「久しぶりだな、ユア」
「うん……セイヤは大丈夫……?」
「大丈夫とは?」
「いろいろあったでしょ……」
セイヤに何があったか、ユアはある程度のことまでは知っている。さすがに夜属性のことや大魔王ルシファーのことまでは知らないが、アーサーに会ったことなどはわかっている。
だからセイヤがアーサーに何もされなかったのかと聞いたのだ。
「俺はこの通り、大丈夫だ」
「よかった……」
セイヤの言葉を聞き、安心したユアは再びセイヤの胸に顔をうずめる。しばらく会うことのできなかった最愛の人物を少しでも感じようとしている様子だ。
二人がそうしていると、部屋に入ってくる新しい人影。その数は全部で四人分。どうやら部屋を突然飛び出したユアを追いかけてきたリリィ、セレナ、アイシィ、モーナのようだ。
「セイヤ!」
リリィはセイヤの姿を見つけると弾丸のような軌道でセイヤにとびかかった。水の妖精ウンディーネであるリリィは契約の副産物でセイヤの居場所などを知ることができるが、ここ最近はセイヤからそれらをブロックしていたので本当に久しぶりのセイヤである。
だからセイヤも罪悪感を覚えつつ、飛んできたリリィのことを勢いをうまく殺しながら受け止める。
二人の美少女に抱き着かれているセイヤの様子は他の男が見れば殺意を覚えるような光景だが、そんな光景がセレナたちには懐かしい光景であった。
「久しぶりね、セイヤ」
「お久しぶりです、先輩」
「また随分たくましくなられたようで」
久しぶりの体面にどこかソワソワするセレナ、いつも通りのアイシィ、なぜか少し鼻息の荒いモーナだが、セイヤにしてみれば懐かしい仲間との再会だ。
ここ最近は自分が魔法学園の生徒であることを忘れるのではないかと思うくらい忙しかったセイヤにとって、彼女たちは実家のような安心感があった。
ちなみにセレナもユアやリリィたちと同じようにセイヤに抱き着きたいのは山々だったが、さすがにもう抱き着くスペースがないので何とか我慢している。もし二人っきりだったならば『アトゥートス』のごときスピードで抱き着いていただろう。
「再会を喜んでいるところ申し訳ないけど、場所を移しましょうか」
セイヤに抱き着く美少女二人とそれを見ている三人組の少女に提案をしたのはシルフォーノ。彼女がユアたちに会うのはダクリア二区以来だが、今は暗黒騎士としての装備を纏っていないためにユアたちは気づかない。だがその女性が相当の実力者だと直感的に理解した彼女たちは素直にその提案に従う。
もちろん移動の際もユアとリリィはセイヤから離れなかったが。
セイヤたち一同は転送してきた場所からほど近い談話室に移動した。そこには人数分の椅子が用意されており、セイヤの両サイドにユアとリリィ、セイヤの正面にテーブルを挟んでアルセニア魔法学園生徒会の三人組、テーブルの左右にはそれぞれロナとシルフォーノという配置だ。
テーブルにはセレナがいれた紅茶が置かれ、いよいよ報告という名の修羅場(?)が始まろうとしていた。
セイヤがユアたちに暗黒領に発って以降の話を簡易的に伝えると、彼女たちの反応はそれぞれだった。セイヤがダクリアのトップになったことに驚くセレナ、レイリア魔法大会を襲撃したあのデトデリオン=ベルゼブブが部下になったことに驚くアイシィ、セイヤが闇属性のさらに上を行く夜属性を習得したことに感心するモーナ。
彼女たちは想像以上の出来事に総じて驚いた様子だ。しかしユアとリリィはそんな出来事に驚く様子を見せることはなかった。それはセイヤならそれくらい当然と思っていたから、という訳ではなく、単純に話をあまり聞いていなかったからだ。
ユアたちはセイヤの話の最初に出てきたロナに先ほどから敵意のこもった視線を向けていた。
「セイヤの義姉……」
「この人は精霊……」
どうやらユアは昔からセイヤを知るロナに嫉妬し、同じ精霊の類であるリリィはセイヤと契約したというロナに敵対心を持っているようだ。
二人の視線に困った表情を浮かべるロナ。
「別にそこまで敵意を向けなくてもよかろう。お互いセイヤのことを大切に思う者同士、仲よくしようではないか」
しかしロナの言葉はますます二人を警戒させてしまう。
「これが姉の余裕……」
「ユアお姉ちゃん気を付けて! 強敵だよ!」
自らのアイデンティティを全て兼ね備えたかのようなロナの存在に二人はロナを警戒せざるを得ない。
最初にセイヤの心を射止めたという自信を持っていたユアにとってみれば、それよりもはるか昔からセイヤに心に住んでいた幼馴染ともいえる存在。
精霊としてセイヤと確固たるつながりを持っていると自負していたリリィにとってみれば、自分と同じ精霊という存在であり、夜属性を司るという上位精霊。
警戒しない理由がなかった。
そんな二人の様子を見かねたセイヤがユアとリリィの頭を撫でながらやさしい声音で言った。
「なあ、ロナは俺にとって大切な存在だ」
「むっ……」
「むぅ!」
「でもそれはユアとリリィもだ。だから俺は二人にもロナと仲良くしてほしい」
それはセイヤの偽りのない本音である。ロナがセイヤにとってかけがえのない存在であるのと同じように、ユアやリリィもセイヤにとって同じく大切な存在だ。
だからセイヤは三人には仲良くしてもらいたかった。
大好きなセイヤにそう言われてしまっては文句を言えない二人は渋々だがロナのことを認めるしかない。ロナは軟化した二人の態度を見て微笑みを浮かべる。
「これからよろしくなのじゃ」
こうして三人はセイヤのおかげでわだかまりを完全ではないが、無くすことに成功した。ただ一人、セイヤの正面でソワソワしているセレナを除いては。
(わ、私もセイヤにとって大切なのかな……)
その答えがとても気になるセレナ。
「ね、ねぇ……」
「無事だったか、アンノーン!」
「心配したぞ」
セレナが意を決してセイヤに聞こうと思ったその瞬間、部屋になだれ込んできた複数の人影。
「お前らは」
「久しぶりだね」
「元気そうで何よりだ」
「ま、アンノーンなら当然でしょ」
「だねよ。だって特級魔法師なんだもん」
部屋の中に入ってきたのはレアルをはじめとしたセナビア魔法学園の面々であった。




