第296話 いざアヴァロン島へ
「モルガーナ、そいつがアーサーたちの親玉か」
シルフォーノから告げられた名前にセイヤは聞き覚えがあった。いや、その名前を聞いた瞬間、思い出したと言った方が適切だろう。なぜならその名前はセイヤの両親がよく話していた名前だったから。
幼少期のセイヤはその名前が両親の会話に出るたびに誰かと尋ねた。そして決まって返ってくる答えは偉い人というもの。まだ幼かったセイヤにしてみれば漠然と偉い人というイメージだが、今はどれだけ偉いのかよくわかる。
レイリア最強と言われる聖騎士アーサー=ワンを筆頭にシルフォーノら十三使徒、ライガーら特級魔法師、さらにはダクリアの魔王たちをも従える存在。その存在は聖教会でも大魔王でもない、世界で最も高位に立つ者ではないだろうか。
モルガーナと言われる存在がいったいどれほどの器を持った人間なのか、セイヤは気になったのも事実。だからセイヤはモルガーナのもとを訪ねるのに躊躇いはなかった。
「本当に会いに行くのか?」
「そのつもりだ」
決意を決めたセイヤにロナは不安な表情を浮かべる。セイヤが生まれる前に起きた出来事を考えれば、ロナがセイヤをモルガーナに会わせたくないと思うのは仕方のないことだ。捉えようによっては両親を失ったきっかけともいえるから。
だがセイヤに迷いはない。むしろどこか心待ちにしているようにも思える。そんなセイヤがロナにあるお願いをする。
「なあロナ」
「なんじゃ?」
「俺に夜属性を教えてくれないか?」
セイヤの言葉をそのまま解釈するならば違和感を覚えるだろう。今のセイヤはすでに夜属性を使えるのだから。現にサールナリンとの一戦や、大魔王就任式での脱魔王派を鎮圧した一件でも夜属性はしっかりと機能していた。
当然そんなことは知っているロナはもちろんセイヤの言葉を文字通りに受け取ったりはしない。その言葉の真の意味を理解したうえで答える。
「やはり限界を感じたか?」
「ああ。こればかりは自分ではどうにもならない」
「じゃろうな。基本属性のように教科書があるわけでもないのじゃから」
「でも、この先を生き抜くうえでさらに磨きをかける必要がある。だから頼む」
セイヤの言葉の真意は夜属性の稽古をつけてもらいたいということだ。夜属性は火属性や光属性といった基本属性とは違って多くの人が使えるわけではない。そのため指南書や教科書といった個人で力をつけるツールがほとんどと言っていいほど存在しない。
もし夜属性が一族に伝わる伝統的な属性ならその家に伝わる巻物でも引っ張り出せば個人で上達できるかもしれない。しかし夜属性にそんなものは存在しないのだ。
落ちこぼれ時代のセイヤは光属性についてエドワードから手ほどきを受け、その後は自力で書物をあさって力を高めてきた。闇属性に関しては父親であるキースから学んだ記憶が覚醒の時に一緒に思い出したので何とかなった。
だが今回ばかりはセイヤ一人ではどうにもならないのだ。いくら自力で成長してきたセイヤでも、まったく知らないものを説明なしに使えるほど魔法のセンスがいいかと言われれば、答えは否だ。むしろ自力で夜属性という強力な力を発展させようとする方が危険である。
万物、それが概念や法則でさえ消失することのできる夜属性が誤爆でもしたら、それこそ一大事だ。だからセイヤはロナ、つまり夜属性のスペシャリストに修行をお願いしたのだ。
「いつかはそう来るだろうと理解していた」
「なら」
「ああ、よかろう。毎日稽古をつけてやる」
「ありがとな」
「気にする出ない。妾とお主の仲じゃ」
こうしてセイヤはロナとともに夜属性の修業を始めるのだった。
そしてその後、セイヤがモルガーナのもとを訪ねると聞いたギラネルが大急ぎでセイヤの下に戻ってくる。
「セイヤ様! あの方、モルガーナ様のもとを訪れるのは本当ですか?」
部屋に入ってくるなり、いきなり大声で真偽を確かめるギラネル。その姿は本当に大魔王キースの右腕を務めた魔王サタンなのかと疑いたくなるほど大慌てだ。
大慌てのギラネルに対し、セイヤは苦笑いを浮かべながら答える。
「本当だ」
「だ、大丈夫なのですか?」
ギラネルがセイヤの表情をうかがいながら訪ねる。どうやらギラネルはセイヤの両親とモルガーナの間に起きた一件を懸念しているようだ。しかしセイヤはその一件を全く気にしていない。
「問題ない。それらを込みで会いに行く」
「そうですか。それなら」
セイヤの答えを聞いたギラネルは安堵の表情を浮かべると同時に、セイヤに一つの忠言を贈る。
「セイヤ様、これだけは覚えておいてください。もし役目が嫌でしたら、正直に申し上げてください。その時はわたくし魔王ギラネル=サタンが全力で味方をさせていただきます」
役目というのがセイヤにはよく分からなかったが、ギラネルのアドバイスは聞いていて損がないと経験上知っているセイヤは素直にそのアドバイスを覚えておくことにした。
ギラネルのアドバイスはロナとの一戦でセイヤを救ってくれたこともあるので確かなものだ。だからセイヤはそのアドバイスに答えるように、ギラネルに一つの言葉を贈る。
「ギラネル、ダクリアを頼んだ。これは大魔王としての命令だ」
「はっ。大魔王セイヤ様の留守はこのギラネル=サタンがしっかりとお守りいたします」
セイヤに向かって跪いたギラネルはどこか嬉しそうだ。やはり彼にとって真の大魔王という存在はかけがえのないものなのだろう。
そんな二人をちょうど部屋に入ってきたシルフォーノが見て苦笑いを浮かべた。だがそのことには何も言わず、セイヤに向かって言う。
「帝王様、そろそろ行きましょうか」
「わかった」
「お気をつけて」
セイヤが答えると、シルフォーノが一つの魔晶石を取り出して思いっきり地面に投げつける。すると魔晶石は地面にぶつかった衝撃で四方八方に砕け散った。そして同時にセイヤたちの足元に大きな魔法陣が展開される。
「これは……」
「転送魔法じゃよ」
「今ではほとんど使われていない古代の遺物。現在で使うとしたらレイリア魔法大会くらいですね」
その単語を聞いた瞬間、レイリア魔法大会の開催地であるラピス島に移動する際にも同じような魔法が行使されたことを思い出したセイヤは、同時に目的地であるアヴァロン島がどこにあるのかを理解した。
「なるほど。あれがアヴァロン島だったのか」
「そういうことです」
「アヴァロン島もラピス島も創ったのはモルガーナじゃ」
どうやらモルガーナというのは相当な魔法師のようだ。
こうしてセイヤ、ロナ、シルフォーノはギラネルに見送られてダクリア帝国からモルガーナがいるとされているアヴァロン島へと移動するのだった。
転送魔法によって移動を完了したセイヤが静かに目を開く。すると視界に入ってきたのはどこかの建物の内装。床に敷かれたえんじ色のカーペットや白を基調とした重厚な創りの壁や柱、そして窓から差し込む日光。その内装からその建物がかなり大きな、まるで城のようなものだということがわかる。
「セイヤ……」
名前を呼ばれ、声のした方へと振り向くセイヤ。その視界に入ってきた声の主は
「ユア」
セイヤが最も愛する少女であった。
久しぶりにメインヒロイン……(何年ぶりだろう)




