第294話 動き出す特級魔法師たち
特級魔法師とはレイリアに十三人しかいない特別な魔法師であり、その実力は聖教会十三人に匹敵すると言われている。一般的には特級魔法師たちの所属する特級魔法師協会はレイリアの統治機関である聖教会が暴走した際にその暴走を止めるための独立機関とされている。
しかしその内情は一般的に信じられているものとはかけ離れていた。その理由を探るためには、そもそもなぜ特級魔法師たちが生まれたのかを知る必要がある。特級魔法師協会は聖教会から独立した機関だというのに特級魔法師という階級は聖教会から与えられる。現にセイヤも七賢人たちから特級魔法師に任命されて特級魔法師協会に所属した。
つまり特級魔法師という存在を作ったのは聖教会を統べる七賢人たちなのだ。ではどうして彼らが特級魔法師などという存在を作り出したからというと、もちろん自らの暴走を止めてもらうためではない。むしろ暴走を止められるのは七賢人たちからしてみれば邪魔でしかない。
特級魔法師という地位が生まれた真の理由は彼らの思想が七賢人たちの意にそぐわないものだからである。より具体的に言えば彼らが十三使徒にふさわしい人格ではないからである。確かに彼らの実力は相当のものであり、特級魔法師と十三使徒たちから上位十三人を選べば強力な部隊ができるだろう。しかしそれでは七賢人たちの統率から外れてしまうのだ。
そこで七賢人たちが作り出したのが特級魔法師という地位。十三使徒にふさわしくない人材だが、特別な地位を与えないと民衆からも不審に思われてしまう。まさに面倒な人材をまとめたものこそが特級魔法師協会なのである。
なので端的に言って七賢人たちは特級魔法師のことを好かないのだ。
「一体何の用だ。《双牙》、《剣帝》、《魔女》。いくらお前らでも無礼でないか?」
「せめてノックでもしたらどうなのか」
「これだから非常識な人間は」
部屋に入ってきたのは《双牙》の異名を持つ黒髪痩躯の若い男オニルス、《剣帝》の異名を持つ口元を覆っている男イスカル、《魔女》の異名を持つ胸元が開いた服に身を包んだ薄い紫色の髪の女性クレオノーラ。三人ともレイリアに十三人しかいない特級魔法師たちである。
いきなり入ってきた特級魔法師たちに向けられた言葉から七賢人たちが彼らを好んでいないことがよくわかる。しかし彼らはそんなことを気にした様子も見せずに話を進める。
「よくもそんな大口を叩けるな、七賢人。自分の立場をわきまえたらどうだ」
「なんだと? 《双牙》、貴様はもう少し礼儀のなっている男だと思っていたが」
「礼儀か。今のあんたらに礼儀など必要がない、コンラード卿」
「どういう意味だ?」
《双牙》の異名を持つオニルスに対し、特に十三使徒を好まないコンラードが応戦する。残りの特級魔法師たちは後ろでその様子を微笑みながら静観している。そんな態度がさらにコンラードを不機嫌にした。
「そのままの意味だ。今のお前らは飾りにもならない屑と言っている」
「貴様! コンラード卿に向かって無礼だぞ!」
「そうだ! そんなことをして十三使徒が黙っていると思うのか!」
「ふん、十三使徒か。半数が消えた今、残った十三使徒で何ができる?」
「まさか貴様……知っているのか……」
オニルスの言葉にコンラードが険しい表情を浮かべた。シルフォーノを筆頭とした十三使徒の謀反はまだ世間に公表されていない。それどころか聖教会でも一部の人間しか知らない情報だ。
機密情報でもある十三使徒たちの動向がこうも特級魔法師たちに知られている事態は七賢人とって好ましくはない。だがそれ以上に好ましくないのは七賢人たちが十三使徒の半数の指揮権を失っているという事態を知られることであった。
一方オニルスはコンラードの反応を見てニヤリと笑みを浮かべた。
「当然知っているさ。シルフォーノ=セカンドを筆頭にガゼル=サード、レアル=ファイブ、バジル=エイト、ワイズ=トゥエルブ、ナナ=サーティーンの六名に加え、聖騎士アーサー=ワンまでもが聖教会に反旗を翻したことなど」
オニルスの言葉に七賢人たちは言葉を失った。彼の言ったことのほとんどが真実であり、否定しようがない。唯一違っている点があるとすればアーサーが謀反を起こしてはいないということだろう。
だからコンラードは誇らしげにオニルスに告げる。
「ふん、聖騎士アーサー=ワンが反旗を翻すはずがない」
「コンラード卿の言うとおりだ」
「調子に乗ったな、双牙」
「やはりあんたら愚かだ。聖騎士アーサー=ワンもすでに反旗を翻している」
「戯言を」
コンラードが否定するが、オニルスの言葉は自信ありげの様子。その態度を見た七賢人たちはまさかと思ったが、直後オニルスの口から衝撃の真実が伝えられた。
「そうそう、聖騎士アーサー=ワンを先ほど下で見かけたよ。確か新しく特級魔法師になった闇属性を使う魔法師の使用人と一緒にいた。これを謀反と言わずになんという、コンラード卿?」
七賢人たちをあざ笑うかのように見下すオニルスの態度に七賢人たちは唇をかむことしかできなかった。もし仮に彼の言っていることが真実なら、聖騎士アーサー=ワンもシルフォーノ=セカンドらと同様に反旗を翻したと認めざるを得ない。
そうでなければセイヤの使用人であるダルタと一緒に行動する必要がないから。
ちなみに彼らがアーサーを見たのは至近距離からではない。遠目からアーサーたちを魔法を通してみていたのだ。周囲に気を配っていたアーサーだが、さすがに遠くから監視されていたとは考えておらず警戒を甘くしてしまったのだ。
彼ら三人は《魔女》クレオノーラの魔法でアーサーたちの会話を盗み聞きしていたのである。といっても同行していたエムリスがすぐに監視に気づいて干渉を防いだために最後まで聞くことはできなかった。結局、把握できたのはアーサーに同行している二人の名前だけだが、それでも彼らにとっては有益な情報である。
ダルタについては聖教会から協会に通達が届いていたので名前を聞くだけですぐにセイヤの使用人だと理解することができた。そしてそこからアーサーまでもが反旗を翻したと確定するには十分である。なぜなら彼らは七賢人たちがアーサーに対してセイヤ暗殺を命じていたことも把握していたから。
一方の七賢人たちは何も言うことができない。特級魔法師である彼らが優位にあるこの状況もそうだが、それ以上にアーサーの反旗が彼らにとってはショックだった。レイリア最強の名を持つアーサーは彼らにとっての最大戦力であり、最後の切り札だ。そんな切り札を失っては彼らが黙り込むのも無理はない。
「それと聖騎士アーサー=ワンは他にもう一人連れていたな。名前は確か……」
「エムリス」
「そうそう、そうだ。エムリス」
後ろにいた《魔女》クレオノーラからエムリスの名を聞いて思い出したかのように言うオニルス。さすがに彼らもエムリスのことは知らなかったようだ。
「エムリスという名の老人の素性は知れぬが、相当な使い手だな」
「私の魔法を見抜く彼はいったい何者なのでしょうね」
「いざとなれば俺が斬る」
呆然とする七賢人たちを横目に自信満々な特級魔法師たち。そんな中でエムリスという名に反応した人間が一人だけいた。
「エムリス……そんなまさか……」
「ほう、アルフレード卿。あなたはエムリスをご存じで?」
「知っているも何も、かつて神に仕えた七神官の一人じゃ」
「七神官だと?」
アルフレードの言葉にオニルスは眉を顰めるのであった。




