第293話 七賢人たちも仕事はしている
アーサーたちが聖教会から姿を消したちょうどそのころ、七賢人たちの姿は聖教会の最上階に位置する会議室にあった。彼らの表情はみな冴えておはおらず、とてもいい話があったようには思えない。むしろ悪い知らせを聞いた顔だ。
「それは本当なのか? ケビン」
「はい、コンラード卿」
「これは予想外としか……」
「まさか信じられない」
「あの聖騎士が」
「任務失敗だと」
「じゃが、それが事実なのだ」
七賢人たちが口々に信じられないと言っているのは先ほど手元に届いた聖騎士アーサー=ワンからの書状。そこには彼らがアーサーに命じたセイヤ暗殺の任務の結果が報告されていた。
その報告とは暗殺失敗。ターゲットは既にダクリアへと逃亡。という最悪の結末であった。
「何かの手違いという訳ではないのか?」
「いえ。受付に確認したところ聖騎士本人が渡しに来たと」
「ではなぜこの場に来ない」
「受け付けは奥に通したと言っています」
「だが聖騎士は来ていないぞ」
「それは……おそらく口述されている通りかと」
怒りの表情を見せるコンラードにケビンは戸惑いつつも、アーサーが姿を消した理由を推察する。
「ケビンよ、そこにはなんと?」
「はいアルフレード卿。聖騎士アーサー=ワンは長期の休暇を申請し、異端魔法師の追跡に当たると」
「なるほど。長期の休暇か」
「こんなことは初めてでは?」
「そうだのう。聖騎士アーサー=ワンが休暇など記憶にない」
「そもそも聖騎士とは何者なのですか?」
七賢人たちの中には聖騎士アーサー=ワンと直接対面したことがない者もいる。それはアーサーがほとんどの時間をレイリアの外で過ごしているからであり、めったにレイリアに戻ってこないからだ。
「その口ぶりからするに聖騎士はアルフレード卿よりも年上なのですか?」
「まさか、あいつは小娘だ。アルフレード卿よりも年上のはずはない」
「では一体何者なのです? 私が七賢人になった時にはすでにいましたよ?」
アーサーの正体が何者なのかは七賢人たちの間でもたびたび話題に上がる問題だ。しかし本人がめったに姿を現さないにもかかわらず、命令に忠実で成功率は十割という七賢人たちからしてみればありがたい存在なので毎回追及されることはない。
そして今回もまたアルフレードが議題をアーサーのことから逸らす。
「聖騎士アーサー=ワンについては詮索しないことが正しい対処の仕方じゃ」
「ですかが今回ばかりはそうとも言ってられないでしょう?」
「コンラード卿、我々は常に聖騎士に助けられてきた。今回目を瞑っても罰は当たらんでしょう」
アルフレードに助け舟を出したのは意外にもエラディオだった。そしてエラディオに続くようにガルデルが発言をする。
「そうです。それよりも問題はセカンドの方ではないでしょうか?」
「まさかと思いましたが、セカンドまで謀反を起こすとは」
「まだ謀反と決まったわけではないでしょう?」
「だがこのタイミングで音信不通となれば謀反を疑うのも無理はない」
「確かに謀反を起こしたファイブとエイトをセカンドが逃すはずもない」
「つまりセカンドが彼らを見逃したと?」
「そう考えるのが妥当じゃろう」
ファイブとエイト、つまりレアルとバジルの起こした謀反とはもちろんセイヤ暗殺を止めるために暗黒領に出たというあの一件だ。暗黒領に向かう二人をシルフォーノが止めようとしたが、逃げられたという報告を七賢人たちは最早信じていなかった。
それは彼女の提案でアクエリスタンに送ったクラザスとサードまでもが音信不通となり、さらにはシルフォーノが追跡すると言ったライガーまでもが姿を消したから。
彼らは自分たちがシルフォーノの手の上で踊らされたのだと確信していたのだ。
「問題はそれだけではない。トゥエルブとサーティーンまでもが姿を消したそうじゃないか」
「それに関しては現在捜査中です」
「だが情報によるとそれぞれウィンディスタンとアクエリスタンに向かったとか」
「はい。十三使徒の権限が使われた記録を見る限りは」
「だが我らはそんなことを命令はしていない」
「職権濫用というわけでもあるまい」
「まさか彼らもセカンドにそそのかされたと?」
次々と明るみに出る十三使徒たちの逸脱行為に七賢人たちは頭を悩ます。すでに半分以上の十三使徒が七賢人たちの思惑から外れた行為を行っているが、そんなことは彼らも初めての経験だ。ましてや十三使徒の序列上位三人が同時に姿を消したとなると、それは謀反どころか革命さえ起きるだろう。
彼らにとってそれは一番に防がなければならないことだ。
「ところで、元凶ともいえるライガーはどうなった?」
「雷神はフレスタン地方で姿を確認されて以降、消息が不明です」
「では一緒にいたいたという炎竜は?」
「申し上げにくいのですが、こちらも消息が」
「一体どうなっているのですか? 十三使徒だけでなく特級魔法師たちまで?」
「こんなのは前代未聞ですぞ! 早急に対処しなければ」
比較的若いイバンとマルクが異常事態だと騒ぎ立てるが、そんなことはほかの者たちもよく理解している。しかし彼らにはこの事態を収める手段がなかった。
「対処するとは具体的にどうやるつもりだ。イバン?」
「すでに十三使徒の上位三名を含む半数以上が逸脱行為をしているのだ」
「まさか聖騎士アーサー=ワンを動かせると思っているのか?」
「それは……」
七賢人たちの中ではアーサーは謀反とは関係ないと思われている。一部の七賢人たちの中ではむしろアーサーは自分が討伐に初めて失敗した標的を追っていると感心されている。そんな彼女にこの事態を収束させたいのは山々だったが、アルフレードの擁護に誰も口出しができなかったのだ。
聖騎士アーサー=ワンの扱いに関しては最年長であるアルフレードが一番長けているから。
「この事態を一つだけ収束する方法がある」
「本当ですか、アルフレード卿?」
「それはいったい?」
「簡単じゃ。女神が現れればいい」
「女神……確かに女神がいれば国は治まる。ですが都合よく現れるでしょうか?」
「リーナ=マリアが消えて以降、女神が現れていないというのに」
「まさか偽物でも用意する気ですか?」
全員が女神の出現で国は治まると考えていた。それほど女神は偉大な存在なのである。しかし女神になれる逸材。つまり聖属性を操る魔法師なのそうそういないのも事実。だがアルフレードには一つだけあてがあった。
「一人、おるじゃろう。《聖なる声》を持つ者が」
「まさかあの異端魔法師を女神として祭り上げると!?」
「それは無謀すぎます!」
「毒は時に良薬となる」
「ですが……」
アルフレードの突拍子もない発言に一同は言葉を失う。自らが異端魔法師として暗殺しようとした魔法師を今度は国を治めるために利用しようなど虫の良い話だ。そんなことができるはずもなかった。しかし無力となった七賢人たちに残された方法の中で最善かもしれないのも事実。
そんな時だった。突然会議室の扉がノックもされずに開かれる。
「失礼する」
「何奴、ノックも知らぬのか」
「無礼だぞ、貴様ら」
突然の来訪に非難の声を上げる七賢人たちだが、その顔を見るなりに心底嫌悪に満ちた表情を浮かべる。来訪者の数は全部で三人。その三人を見てコンラードが軽蔑のまなざしで言い放つ。
「ここはお前らみたいなのが入っていい場所じゃないぞ。特級魔法師」
七賢人たちの前に現れたのはレイリアに十三人しかいない特級魔法師たちであった。




