第292話 円卓の騎士たち
聖教会に所属する十三使徒は序列によってその順位を決められているが、元々は聖騎士アーサー=ワンの下に十二人の使徒がいて、そのさらに下に各隊が存在するという形式をとっている。つまり聖騎士アーサー=ワンこそが十二使徒の隊長であり、彼らを率いることが許された唯一の存在なのである。
そして今ダルタの目の前に広がる氷漬けにされた十二人の人間は初代十二使徒たち。つまりレイリア王国誕生とともに発足した最初の軍隊である。
「最初の十三使徒……」
突然の出来事に唖然としてしまうダルタだが、そのような反応になってしまうのはむしろ普通だろう。なぜならアーサーは最初の十二使徒が自分の部下だと言ったのだから。もしその言葉が真実だというなら、アーサーは有史以来のレイリアで生きてきたことになる。
そのあまりにも常識を外れた真実にダルタは固まってしまい何も言葉を発せなくなる。一方のアーサーはかつての部下に近づいていくと、その中心に座るその人物に話しかけた。
「久しぶりだな」
アーサーが話しかけたのは十二人の氷漬けにされたその塊の中心に座る、唯一氷漬けにされていない十三人目の人間だ。その口元には白いひげを蓄えており、見た目だけで判断するならまさにサンタクロース。そんな老人が木製の椅子に腰かけていた。
その老人はアーサーのことを視界にとらえると、少しだけ驚いた様子を見せるが、すぐにいつもの口調へと戻って受け答えをする。
「久しぶりと言われても儂はお前さんのことは知らんよう」
「ふん、回りくどい確認はいらん。エムリス。それともマルジン、いやマーリンの方がいいか?」
「どうやら本物のようだ。久しいな、アーサー」
その男性はアーサーが本物だということを認めると、ぼけたふりはやめた。
「それにしてもお前さんは変わらんな」
「まあな。むしろお前は老けたな、エムリス」
「当たり前だ。儂はお前さんと違って年を取るのだから」
「えっと、聖騎士様……そちらの方は……?」
やっと言葉を発せられるようになったダルタがアーサーに尋ねる。こんな場所に一人でいたエムリスという名の老人の正体が気になるのは当然だろう。
「こいつはエムリス。見ての通り陰気なじじぃだ」
「ほほ、かつての師に向かってなんという言いよう。だがじじぃということは認めようか」
「聖騎士様のお師匠様だったということは、あなたも長寿で……?」
「儂か? 儂は八十歳位くらいじゃ。まあ魔法で老化を遅らせているから今は……」
「三百五十一歳くらいだろうな」
「三百!?」
そのスケールの大きさにダルタはつい大きな声で驚いてしまう。三百五十一という年齢にも驚きだが、それ以上に魔法で老化を遅らせているという言葉にも驚きは隠せない。
魔法で老化を遅らせているなどということは聞いたことがない。そしてそれはアーサーにも当てはまる。
「じゃあ聖騎士様は一体いくつで……」
「こ奴は呪いで十三歳から年を取らなくなってな」
「まあ容姿の年齢十三歳、自称二十七歳、実年齢で言ったら三百二十くらいか?」
「え、えええええええ!?」
目の前の若くてぴちぴちなアーサーが三百歳を超えているなどと言われても理解が追い付かないダルタ。彼女は再び固まってしまうが、エムリスとアーサーは話を続ける。
「つまり外の世界では三百年近く経っているのか」
「ああ、そして三百年たってやっと出てきた。あたしらが待ちわびた聖夜の帝王が」
「そうか。いよいよ円卓の騎士たちの封印を解く時……」
エムリスは周りで氷漬けにされている円卓の騎士たちを見ながら少しだけはかなげな表情を浮かべた。それはアーサーも同じであり、その表情は少しだけ悲しそうだ。
「封印を解く手段は見つけたのか?」
「それなら当てがある」
「そうか。果たして何人が戻ってこれるか」
「こればかりは運としか言いようがないから何とも言えないな」
氷漬けにされた円卓の騎士たちをもとの姿に戻すための方法はアーサーが知る限り一番安全で可能性の高いものだ。しかしその方法をもってしても成功するのは半々といったところだろう。
「その開封の手段がそこの少女か?」
「ん、ダルタか? こいつは違うぞ」
「ふむ、ならその少女が……」
「聖夜の帝王でもない」
「ならどうして連れてきた?」
「成り行きだ」
アーサーの答えに困惑するエムリスだが、彼女のそういった態度は三百年前から変わらないのでエムリスも慣れたものである。
「それで奴はここに来たか?」
「ノア様か? 一度も訪れてはいない」
「そうか。どうやら奴らはランスロットたちに興味はないようだな」
「あの方が考えることは誰にも理解できないさ」
「さすがは元臣下。よくわかっているな」
アーサーの皮肉めいた言葉にエムリスは特に反応しない。彼はアーサーがノアを恨む理由をよく知っているし、彼女たちがしようとしていることの意義も理解しているから。
「モルガーナ様も変わらずか?」
「みたいだ。今はアヴァロン島にいるよ」
「アヴァロン島、懐かしいな」
自らの記憶を回顧しながら懐かしむエムリス。彼にとっては三百年ぶりの話し相手なのでついつい話したくなっても仕方がないだろう。だがアーサーもゆっくりとはしていられないので、すぐに話を次に移した。
「積もる話もあるが、エムリス。まずはランスロットたちをアヴァロン島に移したい」
「だがこの数を一度にとなると……」
「わかっている。だから転送魔法を頼む」
「マーキングは既にすんでいるのか?」
「大丈夫だ。この紙に座標は書いてある」
「そうか」
エムリスはその紙を受け取ると、赤い魔力出してその紙を灰にしてしまう。だが次の瞬間、地面に大きな魔法陣が展開されると、次々に氷漬けにされた円卓の騎士たちがその姿を消していく。ひゅん、という交換音が十二回鳴ると、先ほどまでそこにあった円卓の騎士たちはアヴァロン島へと転送された。
こうして円卓の騎士たちの保護を終えたアーサーたち三人は地下室から聖教会の外へと出た。そして目の前に広がってきた見慣れない光景にエムリスは感嘆の声を上げる。
「ほほう、まさか三百年でここまで発展するとは」
「驚くのはまだ早い。ダクリアのほうが数十倍は発展してる」
「なんと、これよりもさらに上にいくというのか。じゃが、いつの時代も太陽は美しい」
空高く上る太陽を崇めるかのように声を上げるエムリス。その様子を見た周りの人々は苦笑いを浮かべるが、三百年ぶりに太陽を見たのなら彼の反応もうなずける。
「とりあえず行くぞ。いつまでも長居するわけにはいかないからな」
「そうだった、そうだった。儂らは先に進まなければならないのだ」
「あ、あの……」
そこで遠慮気味にダルタが尋ねる。二人が再開して以降、その独特なテンポの会話に入れなかったダルタがやっと口を挟めるようになった。
「どうしたダルタ? トイレか?」
「トイレならその辺の草むらに……草むらはないな……こりゃすごい」
「そうじゃなくて。私たちはこれからどうするのですか?」
先ほどから自分の常識を覆されるだけでなく、とんとん拍子で次の目的が決まっていたが、話を全く理解できていないダルタからしてみればすべてが謎だった。
しかしダルタの反応こそが普通なのでアーサーは簡潔に次の目的を伝えた。
「あたしたちはこれからアクエリスタンに向かう。そこである人を迎えに行くんだ」
「は、はぁ……ですが七賢人様への報告がまだ……」
「それなら書状を受付に出しておいたから問題ない。むしろ早く逃げるぞ」
「え?」
「書状に有給休暇を申請したから今頃奴らはかんかんだ。見つかる前に早く抜け出すぞ」
「え、えええええええええ?」
「ほほほ、そりゃ楽しそうだわい。鬼ごっこはいつになっても好きだ」
こうしてアーサー達一同は今度はアクエリスタンに向かうのであった。
アーサーは歳を取らなかった!
実はアーサー初登場時と番外編でダルタとアーサーが初めて会った10年前、彼女はどちらとも同じ年齢を答えていたのです。
的な伏線があったりなかったり




