第289話 名実ともに大魔王になりました。
大魔王就任式を終えたセイヤは自室へと戻ってきていた。脱魔王派のおかげと言ってはなんだが、セイヤが彼らのテロ行為をけが人なく鎮圧したため国民からの支持は確かなものとなった。これによってダクリア大帝国は当分安泰だろう。
これからのダクリアはセイヤを中心とした一つの組織として機能していく。そのために魔王たちはそれぞれが統治する区を安定させ、脱魔王派の動きを完全に抑え込む必要がある。そのために魔王たちは動き出していた。
部屋に一人残っていたセイヤはダクリア、そしてレイリアのどちらにも属する自分の存在について考えていた。
「俺はまだ知らないことがたくさんあるな」
これまでの戦いを振り返ってみても、セイヤは運よく生き延びたとしか思えない。確かにセイヤの実力は闇属性を手に入れたことで普通の魔法師たちの中では頭一つ抜け出していただろう。しかしセイヤが片足を踏み込んでいる世界は普通ではない、俗にいう怪物たちの世界だ。
その怪物たちの世界で生き抜くためにセイヤは夜属性、さらには闘気も習得をした。だがそれだけではまだ足りないのだ。真にセイヤが望む理想像はさらに力を手に入れ、そしてこの世界についてより知る必要がある。それにロナの言っていたノアという存在もセイヤは気になっていた。ノアだけでない、アーサーやギラネルの上に立つその存在についてもセイヤは知らない。
「そろそろなのかもな」
セイヤは自分が全てを知るときになったのではないかと考えている時だった。部屋に一人の来訪者が現れる。
「失礼します、大魔王」
「お前はマモンの」
部屋に入ってきたのは新たに魔王マモンに就任した暗黒騎士フォーノだった。彼女はいつも身に着けている黒い鎧ではなく、軽い素材でできたラフな格好をしている。
「申し遅れました。私は新たに魔王となったフォーノです。ですが実は……」
「ギラネルから聞いている。十三使徒なんだろ」
「話が早くて助かります。いえ、助かるわ。序列二位のシルフォーノ=セカンドよ」
どうやらシルフォーノはセイヤに対して魔王フォーノ=マモンとしてではなく、十三使徒序列二位のシルフォーノ=セカンドとして話があるようだ。
「まさか十三使徒序列二位の魔法師が魔王になっているとは思わなかったぜ」
「それを言ったら特級魔法師が大魔王の方が信じられないと思うけど」
お互いにあいさつ代わりの言葉を交わすが、すぐにシルフォーノが本題に入る。
「ところで帝王は今のレイリアの現状を知っているのかしら?」
「レイリアの現状?」
シルフォーノが自分のことを帝王と呼ぶことにセイヤは疑問を抱かない。ギラネルとの関係を考えれば彼女もまたアーサーたちの一派と想像するのは容易だから。むしろレイリアの現状の方に興味があった。
「その調子だと知らないみたいね。はっきり言うと、今のレイリアにあなたの居場所はない」
「そのことか。それならわかっている」
七賢人たちがアーサーを使ってセイヤを暗殺しようとした時点でレイリア国内におけるセイヤの立場はすこぶる悪いものになっている。仮に民衆がセイヤのことを認めていたとしても、七賢人たちが今度はどんな手を使ってくるかわからない。
そういう意味ではセイヤがレイリアで生きていくのは難しいことである。しかしセイヤが考えていた以上にレイリアの現状は深刻なものだった。
「なら今の現状はあなたが考える十倍深刻よ」
「どういう意味だ?」
「あなたは自分だけが深刻だと思っているみたいだけど、七賢人たちはあなた以外にもあなたを保護していた雷神を重要参考人として指名手配しているわ。そして当然その家族も」
シルフォーノのその言葉はあまりにも衝撃的だった。自分の存在がライガーだけでなく、ユアたちにも影響を及ぼしてしまったなどと聞けば冷静にはいられない。セイヤは焦りの表情を浮かべながらシルフォーノに問うた。
「ユアは、他のみんなは無事なのか?」
「それなら問題はないわ。すでに安全な場所に避難している。あなたのお仲間含めてね」
「そうか」
ユアたちの無事を聞いてひとまず安心するセイヤ。しかし聖教会が動いているというのにレイリア国内に安全な場所などあるのだろうか。
「ユアたちはどこにいるんだ?」
「アヴァロン島にいるわ」
「そんな場所は聞いたことがないぞ」
レイリア国内にアヴァロン島などという場所は存在しない。そもそも海に接しているのがレイリア南部の一部地域しかない中で島など数えるほどしかない。その中にアヴァロンと名の付く島をセイヤは聞いたことがなかった。
「それはそうでしょう。アヴァロンはレイリアにないのだから」
「ならどこにあるというんだ」
「アヴァロンは私たちの理想郷にして始まりの地よ」
「ふざけているのか?」
シルフォーノの答えは答えになっていない。事実セイヤは彼女の言葉の真意を全く読み取れなかったのだから。
「ふざけてはいない。ただ、帝王にもアヴァロンに来てほしいという意味よ」
「そこに行けばユアたちに会えるのか?」
「そうよ。それにあなたの旧友でもある序列五位の十三使徒にも会えるわ」
「悪いがそいつは願い下げだ」
十三使徒序列五位といえばセイヤがセナビア魔法学園時代に同級生だったレアル=クリストファーのことだが、特に仲が良かったわけでもないので会いたいとは微塵も思わない。むしろ聖教会に仕える十三使徒がそこにいていいのかと疑問に思うくらいだ。
「ちなみに彼と序列八位は謀反を起こしたことで、直に十三使徒から除名されるわ」
「謀反? あいつらが何かしたのか」
「帝王を助けに行くって反抗したのよ。まあ私の前に手も足も出なかったけどね」
「あいつらが俺を……」
世の中不思議なこともあるのだなと思ったセイヤ。バジルに関してはまだわかるが、まさかレアルまでもが自分のために聖教会にたてつくとは予想外である。
「今度会った時に礼でも言っておくか」
「そうした方がいいわね。でも、その前にあってもらいたい人がいるの」
「あんたらの親玉か」
「そう、あの方にね」
あの方と呼ばれるその人はセイヤにとっても気になる人物だ。レイリア最強の魔法師である聖騎士アーサーや特級魔法師であるライガーたちだけでなく、ダクリアの重鎮たちをも従えるその人物の正体はいったい何者なのか。
「そいつもアヴァロンってところにいるのか?」
「もちろん。あの方のお住まいがアヴァロンよ」
「一体何者なんだ、そいつは」
「あの方、モルガーナ様は偽りの世界から私たちを救い出してくださった偉大な方よ」
その名前を聞いた瞬間、自らの血が一瞬だけざわめくのをセイヤは感じるのであった。
これにて六章は終了です。次から七章へ入りたい……と言いたいところですが、次は一部キャラのまとめになります。七章からこれまでと違って多数の新キャラが登場するので、このタイミングで整理したいと思います。
ちなみにあらすじは
セイヤが大魔王になるのと時を同じくして動き出すアーサー。その動きに呼応するかのように次々と謀反を起こす十三使徒たちに七賢人たちは戸惑いを隠せない。そんな状況を鑑みた特級魔法師協会がついに動き出し、事態はさらなる混沌へと突き進む。
そしてついに明かされる「あの方」の正体。物語はいよいよ終幕に向けて動き出す。
という感じになっていますが、終幕といいつつも何も考えていません。なるようになるって感じです。




