第286話 大魔王ルシファー
扉が開かれ、月光の間を初めて目にしたセイヤ。その視界には自分に向かって敬意を示す四人の魔王たちの姿が映る。そして残りの二人は棒立ちになりながらセイヤの姿を見て固まっている。
「久しぶりだな。デトデリオン、ミコラ」
まるで旧友に会ったかのように二人に挨拶をしたセイヤだが、当然二人は挨拶を返すことなんてできない。逆になぜセイヤがここにいるのかを問いただす。
「なぜおまえがここにいる?」
「ここは魔王しか入れない部屋のはずです」
「お前たち、口を慎め。ここにいるセイヤ様こそが次なる大魔王様だ」
セイヤに対して無礼な態度をとったデトデリオンとミコラを咎めるギラネル。その口ぶりから本当に目の前にいる少年が次期ルシファーになるとしているのだと理解する二人。しかし体ではわかっていても、脳が理解に追いつかなかった。
「どういう意味か説明を求めます。彼はレイリアの魔法師のはず」
セイヤをよく知るミコラが説明を求めた。彼の知る限りセイヤはレイリアの魔法師で、しかも国に十三人しかいない特級魔法師の一人だ。そんな魔法師がどうしてダクリアの、それも頂点に君臨しようとしているのか理解できなかった。
そしてデトデリオンはセイヤのことを強い憎悪の瞳で睨みつける。彼にしてみればセイヤは自らの計画を頓挫させた張本人であり、恨みを抱いていてもおかしくはない。
そんな二人に対してギラネルが立ち上がり、セイヤの隣に立って説明する。ちなみに残りの三人もセイヤの後方に控えており、デトデリオンはフォーノまでもがそこにいたのに驚いたが、それ以上にセイヤの方が気になった。
「ここにおられるセイヤ様は先代大魔王様のご子息だ」
「先代大魔王の息子ですか?」
「まさか二十年前に消えたキースの息子だというのか?」
「その通りだ」
ギラネルの口から告げられた真実に言葉を失う二人。それは驚きが半分、疑いの念が半分といったところだろう。
「つまりお前ら穏健派はそこにいる魔法師を大魔王に据えようというのか?」
「普通の魔法師ではない。大魔王キース様の血を継ぐ正当な大魔王だ」
「なぜそこまで自信を持っていえる? 証拠はあるのか?」
「語るまでもない」
セイヤが大魔王キース=ルシファーの息子である証拠を求めるデトデリオだが、ギラネルたち穏健派にしてみればその態度は滑稽そのものだった。自らの王を前にして証拠を求めるなど愚行以外の何物でもない。それにセイヤが大魔王になる資格はこれでもかというほど存在する。
「現にここにいらっしゃるセイヤ様は夜属性の習得しております」
「それに私は戦って手も足も出なかったし」
「そういうことだ。我らはセイヤ様を正当な大魔王と見なしている」
穏健派の態度に何も言うことができないデトデリオンとミコラ。そんな時、扉の奥から一人の女性が姿を現した。
「いい加減認めたらどうじゃ、ベルゼブブ」
「お、お前はまさか夜の精霊ルナ……」
「ルナ!? それは大魔王とのみ契約すると言われる伝説の精霊だというのですか?」
扉の奥から現れたのはシルクのようなきめ細かい色白の肌に闇にさえ思える紫色の髪、そしてアメジストのように綺麗な瞳を持つ夜の精霊ルナだ。ルナと面識のあるデトデリオンはその登場に戸惑いの表情を見せ、ルナという名を聞いたミコラも驚愕した様子だ。
しかしロナの登場は彼らにセイヤが真に大魔王の後を継ぐ存在だと理解させるには効果的な存在であった。ロナから放たれる圧倒的なオーラはまさに精霊そのもの。その存在を否定することはできない。
「これでわかったか。セイヤ様こそが真の大魔王だ」
「だ、だが仮にそいつが大魔王の血を継ぐとしてもレイリアの魔法師だ。しかも光属性を使えるのにどうして大魔王だと言える?」
デトデリオンの質問はもっともだろう。彼らの中ではあくまでもセイヤはレイリアの魔法師としての印象が強く、大魔王だと認めるには抵抗があった。しかし事の真相を知っているギラネルたちはそんなことを気にする余地もない。
「愚かな言葉だ」
「なに?」
「貴様もわかっているだろう。夜属性を使える時点でセイヤ様は大魔王ルシファーにふさわしい御方。他のことなどどうでもいいことだ」
ギラネルの言葉には無理があるように思えるが、ダクリアにおいて夜属性の存在は絶対だ。それこそレイリアで聖属性を使えたら問答無用で聖教会の女神になるのと同じく、ダクリアで夜属性を使えたならば問答無用で大魔王ルシファーだ。
その理論は正しいのだが、デトデリオンとミコラはどうしても認めることができない。それはおそらく彼らが以前からセイヤとの戦闘を通してその力を知っているから。セイヤの力は彼らにとって確かに脅威になる存在ではあるが、だからといって絶対的なものだという印象は抱かなかった。
つまり単純に彼らはセイヤが自分の上に立つ存在であると認められなかったのである。しかしダクリアの魔王制度の規則では夜属性を使える時点で大魔王ルシファーに就任できるのも事実。いくら彼らが否定しようとしたところで、セイヤが大魔王ルシファーに就任するのは避けることのできないことなのだ。ある一つの抜け道を除いては。
その抜け道とはもちろんセイヤの命を奪うことである。ミコラが夢王から力ずくでアスモデウスの名を奪ったように、彼らがセイヤの命を奪えばセイヤは大魔王ルシファーにはなれない。そして同時にセイヤの命を奪った時点でデトデリオンが大魔王ルシファーになれる可能性だってある。
この状況はまさにデトデリオンにとってこれとないほどの好機でもあった。
「ミコラ」
「はい」
もう二人の間に言葉はいらない。ミコラは自分が何をすればいいのかを言葉にされなくてもわかっている。セイヤとデトデリオンは一度戦ってお互いの手の内を見せているが、ミコラはまだ見せていない。そこに隙があると思った二人は静かに魔力の錬成を行う。
だが当然そんな二人の思惑に気づかない魔王たちではない。デトデリオンたちが何をしようとしているのかはわかっているが、かといって手を出そうとする気配もない。なぜなら手を出すまでもなく勝敗は決していたから。
「なっ……」
「これは……」
次の瞬間、魔力の錬成を行っていたデトデリオンとミコラは奇妙な感覚に襲われる。それはまるで体から魔力に関するすべての感覚がなくなった感じだ。もちろんそんな経験は生まれて初めてのデトデリオンとミコラは戸惑いを見せる。
そしてセイヤのことを見た二人は言葉を失った。
「その姿は……」
いつもの金髪碧眼から白髪赤眼の姿になったセイヤを見てデトデリオンは確信する。セイヤが本当にあの大魔王キース=ルシファーの息子なのだと。一方ミコラは実物を見たことはないが、その姿が大魔王の姿だということは直感的に分かった。
そして大魔王ルシファーの象徴ともいえる夜属性の力を身をもって知った二人は魔王モードの姿になったセイヤを見た瞬間から無意識にセイヤを大魔王だと認めてしまう。それは自身の血が大魔王だと認めていると言えばいいのだろうか、途端に自分とセイヤの間に越えられない壁が存在しているように思えたのだ。
そして一度その壁ができてしまったら最後、セイヤの闘気が二人の魔王を飲み込むことは容易である。全身に浴びせられた鉛のように重い闘気に二人は跪いてしまう。
「なんという力だ……」
「まさかこれほどとは……」
もう二人の中にセイヤのことを討とうなどという大それた考えは浮かばなかった。それどころか歯向かおうとする意志さえもそがれてしまう。
「デトデリオン、ミコラ。俺のために力を貸してくれるか」
「大魔王……様……この身はあなた様の意志に従います……」
「私は……あなた様についていきます……」
無意識に口から出た言葉だが、セイヤが実力で敵対心を持っていた魔王たちを従えた瞬間でもあった。こうしてこの日、名実ともにセイヤは真の大魔王ルシファーとなるのであった。
まずは誤字報告をしてくださった方、ありがとうございます。致命的な誤字過ぎて焦りました。今後は細心の注意を払いたいと思います。
残り三話で終わります。




