第284話 フォーノ=マモン
月光の間に入ってきたマモン候補を名乗る暗黒騎士フォーノという女性。フォーノの素顔は黒い鎧によって隠れてしまっているため確認することはできないが、その正体がレイリア王国十三使徒のひとり、シルフォーノ=セカンドだということは纏う闘気からわかる。
フォーノと名乗るシルフォーノの存在を見て驚愕の表情を浮かべるギラネルら穏健派の三人は彼女と面識があったから驚くのも当然だろう。なぜ急進派のデトデリオンたちがレイリアの魔法師であるシルフォーノをマモンの後任に据えようとしているのかがわからないが、仮にシルフォーノがマモンの名を継承したならば穏健派にとってこれほど好ましい状況はないだろう。
「その方が後任のマモンで?」
「そうだ。急進派は暗黒騎士フォーノの推薦する」
「初めまして、フォーノと申します」
質問をしたダルダルをはじめ、穏健派の魔王たちに向かってあたかも初対面かのように挨拶をするシルフォーノだが、闘気を隠していないあたり正体を隠す気はないのだろう。十人十色といわれる闘気が他人と似ることはあれど一致することはないので別人というわけでもない。
一体どういうつもりでマモンの後任になるというのかを疑問に思ったサールナリンがシルフォーノに尋ねる。
「あなたは一体どういう経歴で?」
「彼女は主に前マモンであるブロード=マモン様の部下として働いておりました。ブロード=マモン様の右腕ともいわれるザッドマンがレイリアへの潜入任務についている際には右腕代理として働いていたこともあるほどです」
サールナリンの質問に答えたのはシルフォーノ本人ではなく、先ほどから説明役に徹しているミコラだ。どうやらシルフォーノがブロードの右腕として働いていた時に急進派とかかわりを持ったのだろう。
「それに彼女の実力は私たちが保証します。彼女は魔王の地位についても見劣りするようなことはございません」
「随分と評価しているようだな」
「それについては俺が説明しよう」
説明を引き継いだのはデトデリオン。
「俺が以前ブロードと対立したときに小競り合いが起きてな。そこでブロードを守っていたのがここにいる暗黒騎士フォーノだ。俺がブロードに一発喰らわそうと思ったが、フォーノが俺の攻撃をことごとく封じやがった。認めたくはないが、こいつの実力は本物だ。
暗黒騎士フォーノの実力を熱心に説明するデトデリオンだが、彼女の実力は穏健派の面々もよく知っている。もしかすれば穏健派の魔王たちの方がシルフォーノのことを理解していると言っても過言ではないだろう。なので彼女の実力が魔王にふさわしいということはよくわかっている。
ただ問題なのがどうしてシルフォーノが彼らの陣営についているのかだ。彼女にはすでにレイリア王国で確固たる地位がある上に、穏健派の魔王たちが支持するあの方に仕える身だ。そんな彼女がいまさらダクリアでの地位を求める理由がはっきりしなかった。
そこでギラネルが尋ねる。
「どうしてお前は魔王になろうと?」
「そうですね。端的に言えば、このままマモンの席を空けておくのは好ましくはなかったから」
「というと?」
「現在の二区では脱魔王派の動きが活発になってきている。しかもその裏には想定外の人物がいて、このまま放置するのは後々の障害となるから」
どうやらシルフォーノは脱魔王派の裏にレイリアの特級魔法師の存在があることに気づいているようだ。確かに後々の状況を考えるときに脱魔王派の動きは不安要素の一つだ。それがダクリア内で収まっていれば問題はないのだが、レイリアが絡んでくるとなると対処する際に魔王たちでどうにかなるとは思えない。
当然レイリア側も何かしらの干渉を加えてくるだろう。そういう不安要素を取り除くためにシルフォーノは魔王になることを決心したと考えれば、その行動の意図も理解できる。
だが当然のこそんなとながら歴史上に十三使徒と魔王を兼任した魔法師は存在しないので穏健派の魔王たちが戸惑うのも無理はない。戸惑いの表情を見せる穏健派の魔王たちを見て、デトデリオンは的外れの援護を出す。
「俺は魔王不在の現状を早くどうにかすべきだと思う。事実マモン不在のダクリア二区では脱魔王制度を掲げる連中の動きが大きくなっている。それに先代アスモデウスが死んだ七区でも最近奴らの動きが活発になってきているという報告もある。この際、他に候補がいないのなら暗黒騎士フォーノをマモンに据えた方が後々良いと思うがな」
あたかもダクリアの未来を心配する口ぶりのデトデリオンだが、もちろんそれは出まかせである。なにしろダクリア七区での脱魔王派の活発化は彼の指示で引き起こされているのだから。しかし証拠がない状態で反論するのも意味がないうえに、シルフォーノが魔王マモンになったところで実害のない穏健派の魔王たちは特に反対意見を述べたりはしない。
むしろこの場合はシルフォーノの魔王就任に好意的な態度を示していた。魔王と十三使徒の兼任は不安要素であるが、シルフォーノがマモンの地位を手に入れるのは悪くはない。それに魔王が有能な部下を従えれば、四区のように魔王の部下が仕事を行うのも十分可能だ。
「確かにマモンの座を空けておくわけにはいかないな」
「そうですな。本来魔王は空位が許されない地位」
「そういう意味では臨時でも彼女に任せた方がいいかもね」
穏健派の魔王たちの反応を見て心の中でニヤリと笑みを浮かべたのはデトデリオンとミコラ。事前の想定では暗黒騎士フォーノをマモンに推薦した段階で反対意見が飛んでくると予想していたため、ことがうまく働いていることに喜びを隠せなかったのだ。
もしデトデリオンが反対の立場であったならば反対意見を出していただろう。ダクリア内でも有名とはいえない素性もわからぬ魔法師を魔王に据えるとなると好意的な態度を渋るはずだ。だからその時点でデトデリオンは穏健派の魔王たちの態度に不信感を抱くべきだった。
なぜ彼らが特に反対意見を述べないのか、彼らの表情から、仕草から、言葉遣いから、あらゆる点を吟味し、その真意を探るべきである。おそらく普段のデトデリオンならできたことだろう。しかし今のデトデリオンはこの次に待ち構えている最後の提案、つまりギラネルを大魔王の座から引きずり下ろす算段に意識を集中していたために気づけなかった。
それはミコラも同じである。普段の彼なら穏健派の魔王たちの不自然なほどの好意的な姿勢に疑問を抱いただろう。だが彼もまたデトデリオンと同じように冷静さを保てなかったのだ。なにしろ彼は初めて魔王会議に参加する初心者であり、ダクリア内でも名高い魔王たちを相手にしているのだから緊張してしまうのも無理はない。
こうして二人は穏健派の魔王たちの不自然な態度に気づけなかったのだ。
「では採決を取ろうか」
ギラネルの言葉にデトデリオンとミコラが息をのむ。
「暗黒騎士フォーノのマモン就任に賛成の者は挙手を」
手を上げたのはフォーノを除いた五人の魔王たち。つまりフォーノのマモン就任はミコラ同様、全会一致で可決されたのだ。
こうしてこの日、ダクリアに新たな魔王が生まれる。彼女の名はフォーノ=マモン。ダクリア二区を統べる新魔王であり、同時にレイリア王国で十三使徒序列二位に位置する聖教会の魔法師であった。
初期構想ではマモンの後任はミコカブレラだったりします。ですが話を進めていくうちに急進派をデトデリオン一派に統一したいと考え、夢王に退場頂きミコラをアスモデウスにしました。
しかしそこで大問題が。ミコラをアスモデウスにした場合、マモンの後任を誰にするかです。最有力候補はザッドマンだったのですが、彼はすでに退場済み。かといってミコカブレラの一番弟子のスメルだと急に弱く感じてしまいます。
どうしようかと3章を眺めていた時に見つけたのが彼女でした。そういえばシルフォーノ暇してね?と思ったところ、運良く彼女は聖教会からフレスタンに向かっていたので死の街経由で外に出れるじゃん! という結論に至りました。
こうして魔王フォーノ=マモンが生まれたのです。
 




