第283話 魔王会議開幕
魔王会議の会場となる一室にはすでに魔王たち姿があった。その数はすべてで五名。ルシファーの席とマモンの席が空席であるが、他の席にはそれぞれの区を統治する魔王たちの姿がある。
その部屋にあるのは簡素なつくりの大テーブルとイスのみ。そのほかのものは一切存在しない。というよりも、その部屋に不必要なものを持ち込むことは禁止されていたのだ。しかも部屋に入ることが許されているのは魔王の称号を持つ者たちだけであり、部屋には魔王たちの部下でさえはいることのできない完全な密室なのだ。
その部屋はまさに魔王会議ためだけに作られた部屋であり、魔王たちからは月光の間と呼ばれている。そして月光の間は魔王会議期間しか使われないため、他の時期は完全に締め切られているのだ。
だから初めて月光の間に足を踏み入れたミコラはその作りに少しばかり驚いていた。噂には聞いていたのだが、まさか本当に何もないとは思ってもいなかった。
そんなミコラに向かってサールナリンが話しかける。
「あなたが噂のミコラ=アスモデウスで?」
「報告にあったよりは若く見えるが」
「だがそれなりの実力はあるように見受けられる」
穏健派たちから視線を集められたミコラは息苦しい思いをする。彼らは別にミコラに対して敵意を持っているわけではないのだが、魔王になるような器の視線が三人分もあると無意識に息苦しくなってしまうものである。
そんなミコラを擁護するようにデトデリオンが口を挟んだ。
「こいつは正真正銘ミコラ=アスモデウスだ。俺が保証しよう」
「そう。別に疑っていたわけじゃないんだけど」
「口ぶりからするに疑っていたようにしか思えないが」
「それは必例。でも急進派を警戒するのは当然でしょ?」
会議が始まる前から火花を散らすデトデリオンをサールナリン。やはり急進派と穏健派は水と油であり、交わることはないのか。
そんな二人の間に入りるのはもちろんギラネル。対立する魔王たちをなだめるのも大魔王としての仕事だ。
「二人ともそれくらいにしてくれ。会議が始められない」
「それは悪かったな。だがギラネル、やはりお前はサタンの席に座るのか」
「当たり前だ。私はあくまで代理であり、真の大魔王はほかにいる」
「いまだにキースの幻想を追うか」
ギラネルが座っているのはサタンに用意された席である。彼が大魔王ルシファー代理になって以降、大魔王ルシファーの席に座ったことは一度もない。それは自らではその席に釣り合わないということを自覚しており、ふさわしいものが出てくるまでは空席にしようというギラネルの意志でもあった。
しかしギラネルの姿勢をデトデリオンは好ましく思わない。それは彼が力あるものはそれに見合う地位にいるべきだと考えているから。そういう意味ではデトデリオンはギラネルのことを認めているのだ。
開幕前のジョブの打ち合いが終わったことを確認すると、ギラネルが会議の開幕を宣告する。
「それでは会議を始めたいと思う。最初の議題だが……」
会議が始まると同時にデトデリオンが手を上げる。魔王会議において議題を提案する際には基本的に挙手制である。しかしその場にいる誰もが何について話し合うかを理解いているため、その行為は形式的なものでしかないだろう。
「デトデリオン、なにか?」
「議題の提案だ。まずはここにいる新たなアスモデウスの承認だ」
ミコラが夢王を手にかけた時点でアスモデウスの名前は制度上的にはミコラのものだ。しかしアスモデウスの名を手に入れることと、魔王会議での発言権を手に入れることは同義ではないため、魔王会議での承認が必要なのである。といっても、それは形骸化した手続きで実際にはほとんど意味をなさない。
それでも一応実行するのが魔王たちである。
「ではミコラ=アスモデウスを魔王として認める者は挙手を」
ギラネルの呼びかけに対してミコラを除いた四人の魔王が賛成する。これによってミコラは完全な魔王アスモデウスとなったのだ。けれどもここまでは急進派にとっても、穏健派にとっても想定の範囲内。問題は次の議題からだ。
そこで再びデトデリオンが挙手する。
「デトデリオン」
「今回俺が話し合いたいのは空席になっているマモンについてだ」
デトデリオンの切り出しにミコラはもちろん、穏健派の魔王たちも特に驚いた様子は見せない。むしろこの議題を話し合うために今回の会議が開かれたといっても過言ではない。
「でもマモンを倒したって主張する人が出てきてないんでしょ?」
「そうですな。後任が出てこないことには空席にするしか」
サールナリンとダルダルの反応はデトデリオンたち急進派の予想の範囲内だ。そしてその態度を見る限り、彼ら穏健派が後任のマモン候補を用意していないと確信したデトデリオンがにやりと笑みを浮かべる。
「それについてだが、ふさわしい人物を見つけた」
「それはマモンを手にかけたという意味か?」
「いや。だがマモンの遺志を継ぐものだ」
「具体的にどういうものかを教えていただきたいものだ」
そこから先は穏健派も把握ができていないことだ。唯一わかっているのは急進派の用意したマモン候補が女性であるということのみ。それ以外は何もわかっていない。
「それについては私が」
「ほう、アスモデウスがか」
「はい。私たちがマモンに推薦する彼女はもともと先代魔王マモンに仕えていた部下の一人です」
「なるほど。ブロード=マモンの部下からマモンを選ぼうというのか」
急進派の答えに少しばかり驚く穏健派たち。彼らはもともと同じ急進派だが、ブロードとデトデリオンの間にも方針による相違が存在したために両者はなかなか相まみえなかった。そのためデトデリオンがブロードの遺志を継ぐと言われる人物をマモンの後任に据えるとは考えられなかったからだ。
「それで実力の方はどうなの?」
「問題ないかと。他の魔王たちと比べてもそん色ないと思われます」
「へえ、それは驚きだ。そんな存在がどうして今まで表舞台に出てこなかったのかな」
もし魔王と同等の力を持つ存在がいれば何かしらの噂がたってもいはずだ。そしてその噂がサールナリンの耳にも届くはずである。しかし彼女はそんな存在を聞いたことはなかった。
「何分彼女は人見知りなもので。表舞台を好まないのですよ」
「そんな人が良くもまあ今回マモンになろうと言ったわね」
「どうやらかつての上司の遺志を継ぎたいようですよ」
嘘か本当かわからない説明だが証拠がないため否定することはできない。それにすぐそこに来ているというなら実際にあった方が早いだろう。
そう考えたデトデリオンが穏健派たちに向かって言う。
「そちらは後任を準備していないらしいが、俺らの推す候補者を見ずに否定することはできないだろう。まずはその存在を確かめてから判断してほしい。入ってくれ」
デトデリオンのその言葉を聞き、扉の外にいたその女性が扉を開けて部屋の中へと入ってくる。その姿を見たミコラとデトデリオンはわずかに笑みを浮かべる。それは自分たちの思惑がうまくいったという確信から。
一方、その正体を見たギラネル、ダルダル、サールナリンは例外なく驚愕の表情を浮かべた。なぜならその魔法師があまりにも予想外の人物だったから。
推薦者であるデトデリオンが女性の紹介をした。
「彼女は暗黒騎士フォーノ。魔王ブロード=マモンの部下だった優秀な存在だ」
月光の間に現れたその女性は全身を黒い鎧で包み込んだ異質な存在だが、確かにその実力は魔王たちに匹敵する力があると言えるものだった。
ということでマモンはあの人でした。




