第282話 魔王会議開幕直前
魔王会議は大魔王の館で行われるのが慣例とされている。各個人がどのような主義を掲げているにせよ、制度上は大魔王に仕える魔王ということで大魔王のもとに魔王たちが出向くのだ。それが魔王会議の古くからの伝統であった。
そしていよいよ魔王会議が行われるこの日、セイヤたち穏健派はすでに会場入りしていた。といっても、会議が行われる予定の会議室ではなく、セイヤの部屋となっている大魔王の私室だが。そこには大魔王ルシファーに就任予定のセイヤ、夜を司る精霊ルナ、現大魔王ルシファー兼魔王サタンのギラネル、同じく魔王ダルダル=ベルフェゴール、そして白金等級冒険者でもある魔王サールナリン=レヴィアタンの五人の姿があった。
彼らは会議の開幕を前にもう一度確認をしていたのだ。
「先日も言った通り、名目上はまだ私が大魔王ルシファーです。なのでセイヤ様は会議開幕直後も別室で待機してもらう必要があります」
「おそらく議題はまずアスモデウスになりましょう」
「そうですね。セイヤくんはその次、いや次の次でしょう」
会議において急進派の動きを予想するのは難しくはない。彼らの目的が何にせよ、まずはアスモデウスに就任したミコラの紹介から始まるはずだ。
「その次はマモンか」
「そう思われます。三対二で穏健派が有利な現状で急進派がマモンの席を渡すとは考えにくいのでミコラ=アスモデウスの後にすぐ議題をそっちに移すでしょう」
「そして我々はマモンの就任を承諾します」
「そうすれば急進派は安心して気が緩みます」
「そしたら俺の出番か?」
自分の出番を確認するセイヤ。やはり大魔王になるというのは少し緊張するものだ。
「はい。まずは私が大魔王ルシファーを辞任します。その場合、当事者である私を除いた五名の魔王のうち、過半数の承諾が必要になりますが、私の存在を邪魔に思っている急進派たちが否決するとは思えません。これによって大魔王の椅子を空けてセイヤ様の登場です」
奇しくも穏健派と急進派の目的がギラネル大魔王辞任で一致したが、穏健派はあくまで目的の過程だ。
「仮に急進派が辞任を否決した場合はどうする?」
それは考えにくいことであったが、念には念を入れて確かめておくことは無駄ではないだろう。もしもの場合の説明をダルダルが行う。
「その場合は強制執行を使います」
「強制執行?」
「言葉通り強制的に私を大魔王の椅子から降ろすのです。セイヤ様の夜属性を使って」
聞きなれない単語に首を傾げたセイヤだが、端的に言ってしまえば大魔王は夜属性を使えるという条件を利用して、セイヤが夜属性を見せることで強制的にセイヤを大魔王に据えるやり方だ。しかし歴史的に見ても強制執行が行われたことは一回しかないのであまり好ましい手段ではない。
「なんにせよ、私たちの勝利は確定ってことですよ、セイヤくん」
「なるほどな」
過程はどうあれ、行き着く先はセイヤの大魔王就任だ。だから特別セイヤが心配する必要はない。
「それでは行くか」
「そうですな」
「そうだね」
ギラネルが立ち上がると、残りの二人も立ち上がって部屋を後にする。三人は魔王会議の会場となる会議室に向かうのであった。
一方そのころ、急進派の面々は魔王会議の会場となる大魔王の館に馬車で向かっていた。場所の中には魔王デトデリオン=ベルゼブブと新魔王であるミコラ=アスモデウスの姿があった。ちなみにマモン候補の魔王は後続の馬車に一人で乗っている。
「いよいよだが、首尾はどうだ?」
「それが……」
デトデリオンの質問に歯切れの悪いミコラ。その姿を見たデトデリオンは訝しげな表情を浮かべる。
「どうかしたのか?」
「実は先日、脱魔王派の連中が壊滅したと」
「壊滅?」
予想外の言葉にデトデリオンはつい声を大きくしてしまう。魔王の地位に立っているならば脱魔王派の壊滅は嬉しいことなのだが、場合によっては利用しようと考えていたデトデリオンにとって、それは手持ちのカードを一つ失ったことになる
「それは脱魔王派が全部ということか?」
「いえ、壊滅したのは帝国支部だけだそうです」
「そうか」
脱魔王派がまだ残っていることに安どの表情を浮かべたデトデリオンだが、事態はそれほど楽観できるものではない。帝国支部といえば脱魔王派の中でも重要な支部であり、そこが壊滅した事実が他の支部にどんな影響を与えるか計り知れない。
それに帝国支部を壊滅させた組織が他の支部に手を出さないとも考えられないのでデトデリオンには焦りの色が見えた。
「壊滅させたのはどこの冒険者だ?」
「いえ、それが……」
「冒険者じゃないのか?」
「はい。聞くところによると穏健派、それも大魔王だそうです」
ミコラは仕入れた情報をそのままデトデリオンに伝えたが、二人の表情はどこかさえない。しかしそれは当然のといえば当然のことであった。
「あのギラネルが動いたというのか? これまで放置していたというのに一体どういう風の吹き回しだ」
「そうなんです。なぜこの忙しい時期に兵を動かしたのか意図がよくわかりません」
「脱魔王派に魔王会議襲撃の計画はなかったのだろう?」
「はい。彼らはいま情報収集に重きを置いているので、それは考えにくいかと」
「ならばどうして……」
大魔王の地位に立つギラネルからしてみれば魔王会議を控えたこの時期はとても忙しいはずだ。ましてやサタンまで兼任しているのでその労力は単純計算で二倍。そんな時期にどうして脱魔王派などという優先順位の低い相手を壊滅させたのか意図がつかめない。
「まさかこちらの目論見が漏れていたか?」
「それはないでしょう。いくら彼らでもこちらが脱魔王派を利用しようと考えているとは見当もつかないはずです」
その行動の真意を測りかねている二人。そこでミコラはあることを思い出した。
「そういえば、脱魔王派の連中が一人の魔法師を拉致していました」
「魔法師?」
「あの少年です。キリスナ=セイヤ、レイリアの魔法師の」
「キリスナ=セイヤ」
その名前を聞いた瞬間、デトデリオンの表情が険しくなる。かつて自分のレイリア侵攻を阻んだ憎き少年の名であり、その恨みはまだ晴れていない。それにマモンを手にかけた張本人だというのだから警戒せざるを得ない。
「なぜあいつがダクリアに?」
「本人はレイリアの任務だと言っていましたが」
「それで奴の消息は?」
「残念ながら、いまだに掴めていません」
ここにきて新たな不安分子が出てきたが、ミコラは警戒する必要はないと考えていた。
「ですが問題はないかと。彼はその異端の力でレイリアから追放された身。脱魔王派の手から逃れられてもレイリア最強の魔法師からは逃れられません」
「レイリア最強の魔法師? あのダクリアをちょこまかとしているあいつか」
「そうです。どうやらその魔法師にキリスナ=セイヤ暗殺の命が下されているようで」
「そうか。この手で復讐できなかったのは残念だが野垂死んでいるなら構わん」
セイヤが死んでいるだろうという予想を聞き、笑みを浮かべたデトデリオン。まさかこの後に対面するとは思ってもいないようだ。
そうこう話しているうちに急進派一行を乗せた馬車は大魔王の館へと到着する。
「まあいい。まずは目の前の目的を遂行するぞ」
「はい」
「はい」
こうしてデトデリオン率いる急進派の魔王と魔王候補はセイヤたち穏健派の待つ大魔王の館へと乗り込むのであった。
あと5話で終わるのに7章何も考えてな......




