第281話 リベンジマッチ(下)
実を言うと、これまでのサールナリンとの戦いに置いてセイヤは本気を出していなかった。もっと正確に言うのであれば自らに制限をかけて戦っていた。だがそれは別にサールナリンを舐めているからという訳でなく、成長を見せるためだ。
つまりセイヤは初めてサールナリンにあったダクリア四区での時点での自分の全力で戦っていたのだ。だから夜属性はおろか、闘気をさえも使っていなかった。そのためサールナリンの闘気に気づかなかったのである。
なぜそんなことをしたのかというと、成長を見せるためには成長前の限界を見せる必要があるから。ダクリア四区の時はセイヤはかなり制限された状態で戦っていて、その限界を見せることはなかった。
だから先に限界を見せることでどう成長したのかをサールナリン、そして今も二人の戦いを見守っているギラネルとダルダルに示そうとしたのだ。
「その紅い瞳、まさに大魔王様だね」
「いくぜ、サールナリン」
セイヤが夜属性を行使して周囲に展開されたワイヤーの結界を一瞬にして消失させる。闇属性を使わなかったのはサールナリンの闇属性によって防がれる危険があったから。しかし闇属性では夜属性を防ぐことはできない。
「夜属性とか久しぶりだよ」
「まだ余裕そうだな」
「当たり前だよ。この程度で音を上げていたら魔王なんて務まらないからね」
闘気を発動してセイヤの意識を誘導しようと試みるサールナリンだが、セイヤの闘気がそれを防ぐ。そして新しい基点を作ろうとしたサールナリンの企みは霧散する。
「やっぱ小細工は通用しないか」
「ああ」
ワイヤーの結界を防いだセイヤは両手の握っていたホリンズをサールナリンに向けて放つ。その攻撃に対してサールナリンは自身に疾風を纏わせることで回避しようと試みたが、その刹那、まっすぐ放たれたはずのホリンズが突然進行方向を変えてサールナリンの方に迫ってくる。
そのホリンズには夜属性の魔法が行使されていた。消失させられたのは《対象に投げた際に回避されるかもしれないという可能性》。つまりその可能性を消失されることで相手に到達するまでホリンズは何度でも方向を変えて迫ってくるということだ。
「それならこれでどうだ。『烈風破』」
「させない。『闇滅』」
サールナリンが風を使ってホリンズを撃ち落とそうと試みるが、闘気の乗った『闇波』でセイヤがその魔法を防ぐ。
「なるほど。消失させられたのは外れる可能性か」
セイヤの魔法を見たサールナリンはホリンズに付与された効果を理解すると、新たに魔法を行使するのをやめ、その身で素直にホリンズを受ける。しかしその身に怪我を負った場所はない。
「事前に風の防具をつけていたのか」
「その通り」
ホリンズが被弾しない限り止まらないと理解したサールナリンは自ら被弾しに行くことでその効果を無くしたのだ。事前に体中を風の防具で守っていたために怪我をしないとわかっていたから。
サールナリンは地面におちたホリンズを拾い上げると、セイヤに向かってかる放った。それが武器を返す相手からの恩情だと思っていないセイヤは躊躇なくホリンズに向かって闇属性を行使して消滅させる。
「空気の道を作っていたのか」
「正解。そしてセイヤくんの武器の質量は把握したから次から私も軌道変更できるよ」
それは事実上、ホリンズの使用を封じられたのと同義であった。セイヤがホリンズを使おうとすればサールナリンの『風道』が作用してどこかへ飛んで行ってしまう。かといって質量を変更すれば戦い慣れた武器との違いセイヤに隙が生まれかねない。
ならばと『風道』を消滅させようとしてもサールナリンがそれを防ごうとするので当然無意味だ。それに夜属性で『風道』を消失させたところで、サールナリンはすぐに再建するだろう。
それならばホリンズを使わない方が得策という訳だ。ならばセイヤは武器を使用しないのか。いな、彼にはもう一つ武器があった。それは主にもう一人の自分が使用していた武器であるが、その正体が自らの恐怖心が生み出した幻影。ならばセイヤがそれを使えない道理はない。
「来い。大剣デスエンド」
地面に黒い魔方陣が展開され、そこから黒く輝く鋼鉄の大剣が姿を現す。セイヤがその剣に手をかけた瞬間、セイヤの金色の髪が白色に変わり、赤い瞳がさらに強調される。
その姿はまだに大魔王。
「キース様そっくりだね」
「ここからは大魔王として戦う」
セイヤから放たれる圧倒的な威圧感を前にサールナリンは息を飲み、同時に闘気を発動させる。意識を逸らす対象は自分自身。そうして自らの存在をセイヤから観測されないように試みるが、その企てもすぐに防がれてしまった。セイヤの闘気がサールナリンの闘気を一気に引き飛ばしたからだ。
闘気は例え無意識であろうと、両者の実力差によって効果が変わる。そして今、サールナリンは魔王モードの姿をしたセイヤを見て大魔王を連想した。つまりセイヤのことを自分よりも高位な存在であると無意識に認めてしまったのだ。
そうなってしまえばサールナリンの闘気はもはや効果を発揮しない。逆にセイヤの闘気はより効果を発揮する。
「いくぞ」
「くっ……」
セイヤが大剣デスエンドに夜属性の魔力を流し込むと、大剣に印字された文字が白く輝き始める。そしてその大剣を横に一振り。
それで決着はついた。
横薙ぎの大剣デスエンドから放たれた黒い魔力の斬撃がサールナリンに向かって迫る。その攻撃に対してサールナリンは風属性を使ってどうにか回避か防御を試みるが、どれも上手く機能しなかった。そして無防備なまま魔力の斬撃を見に受けてしまう。
幸いにして斬撃に殺気は込められていなかったため、サールナリンに傷をつけることはなかったが、実力差を理解するには十分だった。魔王を圧倒的な力で上回るその存在こそまさに大魔王ルシファー。
その場にいた三人の魔王たちはその現実を改めて理解する。
「勝負あったみたいですね」
審判役のダルダルが戦いを止めた。勝敗は言わずともわかるため、敢えて言うことはしない。セイヤは大剣デスエンドをしまうと、その容姿もいつもの金髪碧眼へと戻る。
圧倒的な力を見せあられたサールナリンはどこか満足そうだ。
「いや~やっぱ大魔王様だね」
「これでわかったか、セイヤ様の実力が」
サールナリンの言葉に嬉しそうなのはなぜかギラネル。まるで自分のように誇っている彼の姿はまさに親バカそのもの。
「これまでの数々の無礼をお許しください。大魔王様」
突然サールナリンが片膝を立ててセイヤに向かって頭を下げる。その態度はついさっきまでのサールナリンとは似ても似つかない。
「やめてくれ。いつも通りに頼む」
「ですが……」
「命令だ」
「そうですか。ならセイヤくんのままにしますね」
最後が敬語のままなのは無意識だろうか。どうやらサールナリンもセイヤのことを大魔王として認めてくれたようなので、これで穏健派の魔王たちは固まったと言っていいだろう。こうして穏健派のもとに新たな大魔王ルシファーが生まれるのであった。
時を同じくしてダクリア帝国某所、そこにはミコラ=アスモデウスの姿があった。ちょうど彼の前には一人の人影がある。
「よくぞいらっしゃいました。次期マモン」
「ええ」
どうやら急進派の方も準備は万端らしい。そしていよいよ、穏健派と急進派の面々が一堂に会す魔王会議が幕を開けるのであった。
現在ストックが3話あり、そこに3話加えたら6章が終わる予定です。なので今年中に7章に入れるかと思います。(無駄な番外編を始めなかったりすれば)




