第276話 探偵ある所に事件あり
魔王の別荘と呼ばれる施設はダクリア帝国内に合わせて十か所存在する。その用途は自分の統治する区から魔王がダクリア帝国に出てくる際の宿泊施設兼防衛施設だ。下手に民間の宿泊施設を利用するより混乱も少ないため魔王たちはこぞって魔王の別荘を使う。
ではなぜ魔王の人数に対して施設の方が多いのか。表向きには普段利用される魔王の別荘が何らかの問題で使用不可になった時の予備とされている。それも理由の一つではあるが、同時にもう一つの理由があった。
それはダクリア帝国内で命を落とした際の遺体安置所としての役割である。命を落とした時点でその者は魔王の称号をはく奪され、加害者に魔王の名が譲渡される。そこには当然、魔王の別荘の利用権も含まれる。
しかし、いきなり魔王の別荘が使えないから出て行けと言うのも気持ちのいいものではないので予備を貸し出すのだ。それは今回の魔王アスモデウスの一件も同じだ。
新たな色欲の魔王であるミコラ=アスモデウスの手によって命を落とした元魔王アスモデウスの遺体は予備の魔王の別荘へと移されていた。そして彼の遺体と共に数人の部下もついてきている。
制度上、魔王の名が譲渡された時点で部下の所属も新たな魔王の下に入るのが一般的である。けれども当然のことながら今まで仕えていた上司を手にかけた相手にすぐに仕えろと言われれば反発する者も出てくる。そういった者たちは魔王の所属から外れて一介の冒険者になることで全魔王に仕えようとするのだ。
ちなみに今回の魔王アスモデウスの一件で継続して魔王の配下に残った者は百人中二十名強。それ以外の者たちは魔王ミコラ=アスモデウスの配下から外れ、一介の冒険者、ないしは流浪の民となった。
だがそれだと数が合わない。現時点で夢王の遺体と伴にいるものの人数は五名ほど。他の七十人たちはどこに行ったのか。答えは簡単だ。普通の人に戻ったのである。
前魔王である夢王に仕えていた部下のうち、一般人に戻ったほとんどは家族を人質に取られれて渋々仕えていた若い女性たちである。それが夢王の死によって解放され、普通の生活に戻ったのだ。そのため夢王に引き続き仕えているのは五名ほどしかいなかった。
魔王の別荘と言われるだけあって、施設の大きさもかなりなものだ。当然五人程度で管理が務まるはずがないので、お手伝いとして人を雇ってもいいものだが、その施設にお手伝いの人影は見当たらなかった。それどころか継続して仕えているはずの部下たちの姿もなかったのだ。
その現状を見て、つい先ほど魔王の別荘を尋ねたロナは違和感を覚える。
「これは一体どういうことじゃ」
入り口を開けたロナは室内に人の気配が全くないことに気づくと、一度外に出て施設全体を視界にいれた。もしかしたら自分が間違えて違う別荘に来てしまったのでは、と疑うったが、そこは紛れもなく事前に教えて貰った施設である。
確かに施設の大きさに対して人数はあっていないが、だからといってここまで静かなものだろうか。夢王の遺体が安置されているというのに部下総出で外出というのも考えにくい。ロナは不審に思いながらももう一度別荘の中に足を踏み入れると、そのまま施設内の詮索を開始した。
「ほう」
まず最初に目に入ってきたのは玄関に飾られた大きな肖像画。そこには生前の夢王の姿が描かれており、その見た目から察するに二十年位前のものだろう。二十年前と言えば大魔王キース失踪事件の辺りだが、ロナはそんなことを気にせず歩みを進めた。
コツコツとロナの足跡だけが室内に響く。それ以外の音は一切感じられない。それはまるで誰もいない廃墟を歩いているような感覚だった。ロナは大広間の扉の前に立つと、そのドアノブに手をかけてゆっくりと回す。ギギギという音を立てながら扉がゆっくりと開き、室内の様子がロナの視界に映り込む。
「ふむ、特に問題はないのう」
部屋を一通り見渡したロナは異常がないことを確認すると、そのまま併設されている小さなキッチンに足を踏み入れた。そこは魔王が信頼する料理人にのみ使うことを許すことで有名なキッチンだ。料理人はそのキッチンを使わせてもらうことで魔王からの信頼を得られたと確信するのがダクリアの風習である。
大抵の場合、信頼を得られた料理人というものは上司の死後も仕えると言われているためロナはキッチンに向かったのだ。いくら人影がないといえど、ここに滞在するならさすがに何かしらの調理の痕跡があってもいいはずだ。
案の定、キッチンには調理の痕跡があった。しかしロナの目に入ってきたのは調理の痕跡ではなく、調理場で倒れこむ一人の男性の姿だ。
ロナはその男性のもとに近付くと、ゆっくりと意識の有無を確認した。
「こやつ、すでに死んでおる」
倒れていた男性の呼吸を確認したロナはその男がすでに息をしていないことを確信した。しかもすでに死後硬直も始まっており、ついさっき息を引き取ったとも思えない。
「死んだのは昨日以前か」
その遺体を見て、ロナは一気にきな臭さを感じる。遺体の状態を見る限り、外傷らしい外傷は見当たらない。ならば突然の病死かと言われれば、それも不自然だろう。仮に病死だとすれば他の部下たちが遺体を放っておくはずがない。
「まさか……」
ロナは慌てて他の部屋に向かった。大浴場から部下たちの使う食堂や寝室、他にも施設の部屋という部屋のすべてを見回った。そして見つけたのは先ほどの遺体と同じように外傷無くして地面に倒れこむ部下たち。それら全員が例外なく死んでいた。
それは明らかに人為的に殺されたと考えるのが自然だろう。全員が突然の病死とという線はまず考えられない。ならば殺された以外に選択肢はない。
ならいったい誰がどうしてそんなことをしたのだろうか。それに仮にも魔王の部下であった者たちが一方的に殺されることがあるのだろうか。仮にあったとしても、一切の外傷無くして息を引き取ったというのなら相手はどうやって手にかけたのか。
施設内に戦闘の痕跡は皆無だ。しかし遺体から感じられたわずかな魔力から何かしらの魔法が行使されたのは事実。ロナはそこから一人の魔法師の存在を導き出す。
「まさか本当に現れるとはのう」
ロナはもしかしたらという可能性だけでこの施設を訪れた。それは心の中に残る一抹の不安を拭い去るために訪れたといっても過言ではない。しかし現実は彼女が予想していた通りに転がってしまったそうだ。
部屋を出たロナはある場所へと向かう。そこは唯一まだ確認していない場所。先代魔王アスモデウスである夢王の遺体が安置されている場所だ。
施設の奥にあるその場所は教会のような造りをした部屋であり、その奥の石造の下に棺が置かれている。棺の中にいるのは当然ながら夢王の遺体。
そしてその棺の前に一人の人影があった。その人影はまだ小さく、年齢にしてみれば十歳ほどの子供だろうか。ロナはその人影を見ると息を飲み、覚悟を決める。
コツコツというロナの足音に気づいたのか、子供が振り向いた。その顔はロナにとって忘れたくても忘れられない顔だ。子供は少しだけ驚いた表情を見せた後に微笑みながら言う。
「やあ、やっぱり生きていたんだね」
「それはこっちのセリフじゃ。ノア」
その子供はかつてロナが敗れたというノアであった。
昨日誤字報告をしてくださった方、ありがとうございます。初めて誤字報告機能を利用した為、勝手がわからず誰からの報告なのか分かりませんでした。なのでこの場を使ってお礼を言いたいと思います。




