第273話 救出作戦
捕らえられていたセイヤは意識を失って地面に倒れこむ六人を尻目に部屋から出た。すると運悪く、他の脱魔王派の冒険者と鉢合わせしてしまった。しかもその冒険者は閉まる扉の隙間から部屋の中の様子を見てしまったらしく、セイヤに向かって武器を構える。
その冒険者の行動を見て、通路にいたほかの冒険者たちもセイヤに向かって武器を構えた。
「貴様、どうして部屋の外にいる!」
「支部長たちに何をした!」
セイヤに向かって武器を構える冒険者は合わせて八人。彼らの首からは冒険者であることを示す冒険者タグが掛けられており、そこにいる全員がCランク冒険者であることが分かる。
「しくったか」
武器を構える冒険者たちを見てセイヤが己の軽率さを責めたくなった。だが元より脱魔王派の行動に怒りを覚えていたセイヤには躊躇いはなかった。次の瞬間、セイヤに向かって武器を構えていた冒険者たちが一斉に気を失う。それはセイヤから発せられた闘気によって意識を刈られたのだ。
しかしセイヤはここで一つのミスを犯してしまう。それは気絶させた冒険者の中に一人だけ服装がみすぼらしい魔法師がいたのだ。その身なりは他の冒険者たちとランクは一緒にもかかわらず、かなり差があるといってもいい。しかも心なしかその冒険者の肉体は他の冒険者たちと比べても貧相。その肉体はまるで十分な食事をとっていない身体だった。
「まさか……」
セイヤは慌ててその男に近付くと、すぐに確信する。その男からは微量だが光属性の魔力を感じられたのだ。それも無理やり植え付けられたような異質な魔力が。
「洗脳された冒険者までもが紛れているとはな」
その事実にセイヤは更なる怒りを覚えるとともに、洗脳されて奴隷のような扱いを受けている冒険者たちを救いたいと思った。その冒険者に対して夜属性を使って洗脳の痕跡を一瞬で消失させたセイヤは続けて光属性の魔力を使って彼の肉体の回復を行った。
それにより先ほどまで血色の悪かった冒険者の肉体は良好なものとなり、洗脳の痕跡をすべて消える。
「民を救うのは上に立つ者の仕事だな」
洗脳を解いた冒険者を通路の端に寝かせると、セイヤはそのまま脱魔王派の拠点の詮索を始める。セイヤの目的はこの施設にいる脱魔王派たちの殲滅と、洗脳によって無理やり仕事をさせられている被害者の救出だ。
セイヤが歩みを進めると、当然ながら他の冒険者たちが異変に気づいてセイヤに襲い掛かってくるが、それらの攻撃をセイヤはすべて素手で返り討ちにする。
一人の冒険者が剣を振り下ろしてきたならば、その手首をつかむと同時に背後に回りってその肩を外して意識を刈り取る。また一人の冒険者が槍を使って突進してくるなら、その槍を横に回避すると同時にその顔面に一発強烈な拳をお見舞いする。またまた他の冒険者が魔法でセイヤに攻撃を試みるものなら、その魔法を『闇波』で封じるとともに使用者の懐まで入り込んで鳩尾を一発。
こうしてセイヤは一人ずつ確実に意識を刈り取っていた。闘気を使えばもっと楽に退けることもできたが、セイヤはできれば被害者を傷つけたくなったので一人一人丁寧に処理していたのだ。ちなみに洗脳の被害者が襲ってきた場合には夜属性で洗脳を解き、光属性でその肉体を回復させて寝かせた。
セイヤのやり方は被害者を最大限に思いやったやり方だったが、一人一人に費やす時間が必然的に多くなってしまう。当然のことながら脱魔王派たちが異変に気づかないわけもなく、地下施設一体に警報が鳴り響く。
「いたぞ!」
「あいつが侵入者だ!」
「取り押さえろ!」
セイヤを見つけるやいなや襲い掛かってくる脱魔王派の冒険者たちだが、両者の間にある圧倒的な実力差の前では為す術もなく気絶させられてしまう。そうして数百人程度を処理した後だっただろうか、セイヤは開けた部屋へと出た。
「これは帝国支部総出のお出迎えか?」
開けた空間に出たセイヤの目に入ってきたのは完全武装した冒険者たちの姿。しかもその数は目視で数えるのが嫌になるほどの数だ。彼らの中にはこれまでの冒険者たちとは違い、銀のタグをつけたBランク冒険者たちの姿もちらほら見受けられる。
「貴様が侵入者か?」
冒険者たちの先頭に立っていた銀タグの男がセイヤに尋ねる。
「まあそんなところだ」
「そうか。なら諦めてくれたかな?」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味さ。ここにいる三千人を一人で相手にできるとも?」
たとえ相手が千人いようが、一万人いようが、その実力が取るに足らないものならセイヤの負担にはならないだろう。闘気を使えば三千という数も一瞬で殲滅できるだろう。しかし先ほどのように一人一人を確認しながら相手をするとなると気が遠くなる数でもあった。
「あ、こいつ!」
その時だった。三千を超す冒険者たちの中で一人の男がセイヤを指さして騒ぐ。その男の反応を見て他に三人の冒険者が気付いたようにセイヤを指さした。
「てめぇは!」
「あの時の!」
「Dランク冒険者!」
自分のことを指さす冒険者たちにセイヤは見覚えがあった。それはつ先日セイヤたちに絡んできたBランク冒険者のスカルズだったのだから。
「お前ら知っているのか?」
「こいつですよリーダー! 俺たちがコケにされたっていうDランク冒険者!」
「俺たちに衆人観衆の前で恥をかかされたんだ」
「このくそ野郎!」
「許さねぇぞ!」
どうやら先頭に立っていた男はスカルズのリーダーらしい。確かにセイヤが絡まれた時、周りの市民が五人組の冒険者と言っていたような気もする。彼らは相当セイヤに恨みがあるらしく、先ほどからセイヤのことを睨みつけている。
「なるほど、お前がスカルズの名に泥を塗ってくれた冒険者か」
「別に泥を塗ったつもりはない。そいつらが勝手に自爆しただけだ」
「「「「なんだと!!!!!!」」」」」
挑発するつもりで言ったつもりはなかったセイヤだが、結果的に彼らの怒りを煽ってしまったらしい。リーダーの男にもわずかだが怒りの色が見える。
「どうやら調子に乗っているDランクに教育が必要らしいな」
「それはこっちのセリフだ。あんな支部長をよくトップに据えているな」
「支部長? ああ、あのボンクラか。支部長と呼べば気分良くして俺達のために働くから利用しているだけだ」
「ひどい話だな」
心の中で支部長のことを憐れむセイヤ。そして目の前の男がこの脱魔王派帝国支部を仕切っているのだろうと理解する。
「あのボンクラは死んだのか?」
「いや、今頃は寝てるぞ」
「そうか」
セイヤは結局支部長のことを殺さなかった。それは彼が特級魔法師との交渉材料になりえるかもしれないからだ。別に慈悲を与えたつもりはない。
「まあいい。貴様を始末した後で奴も殺す」
「随分な部下だな」
「あんなボンクラを心配する前に自分の心配をしたらどうだ? 聞くところによると、Dランクにしては実力があるみたいだが、この数を相手にして生きていられるかな」
圧倒的な数の差を前に男の表情は余裕で満ちている。それまでとは違い、数が増えた上にBランク冒険者たちも含まれてくるとなると苦戦を強いられるだろう、とセイヤが考えていた時だった。
ボンッ! という大きな音と共に冒険者たちの後方からいくつもの苦悶の声が上がる。
「何事だ?」
男が音のした方を見るが、その圧倒的な冒険者の数が仇となり後方の様子がうかがえない。しかし確実に言えるのは、それがセイヤによるものではないということだ。そしてすぐにその正体はわかった。
全員の意識が音のした方向に向いている隙に、一人の女性がセイヤの横に降り立つ。その女性はセイヤの方を見ると、まるで街中であったかのように軽い挨拶をした。
「やあセイヤくん、助けに来たよ」
「久しぶりだな、サーりん」
セイヤの横に姿を現したのはダクリア四区の冒険者ギルド職員のサーりんこと、サールナリンであった。
ヒロインってなんだろう......




