第269話 ミコカブレラの提案
「まさか君とここで再開するとは思いませんでしたよ。キリスナ=セイヤ」
「それはこっちのセリフだ。ミコカブレラ=ディスキアン」
セイヤの前に姿を現したのは、つい先日魔王アスモデウスの名を継いだ話題の人物、ミコカブレラ=ディスキアンであった。二人が出会うのはレイリア魔法大会以来だが互いの名前はすぐに出て来た。
まさかこんな街中でミコカブレラ似合うとは思ってもみなかったセイヤは驚きの色を隠せない。しかしどうやらミコカブレラも同じようで、セイヤがダクリアにいることに愕いている様子だ。
「なぜ君がダクリアにいるのか……というのは愚問ですね」
「まるで理由を知っているかの口ぶりだな」
まるでセイヤの事情を知っているかのような口ぶりのミコカブレラ。まさか自分がダクリアの新たな統治者である次期大魔王ルシファーということをミコカブレラが知っているのでは、と思ったセイヤだったが、その不安は杞憂に終わる。
「ええ、君が十三人目の特級魔法師になったことはもちろん把握しております」
「お前……」
セイヤが慌てて周囲を見渡す。もし今の会話を周囲の人間に聞かれてしまったら、セイヤの正体が明るみに出てしまう。セイヤは一応Dランク冒険者としてダクリアに滞在しているのであり、その首からは冒険者の証である鉄でできたタグが掛けられていた。
「ああ、周りは気にしなくて結構。防音壁を張りましたから」
「みたいだな」
周囲の人々がセイヤたちに見向きもしないの見て、ミコカブレラの言っていることが本当だと確信するセイヤ。しかし依然としてその表情は厳しい。
「よく俺が特級魔法師になったことを知っているな」
「これでも元レイリアの人間ですから」
「なるほど、まだレイリアにパイプがあるのか」
セイヤが特級魔法師になったことはレイリア内では有名な話だ。しかも一時期話題を独占したこともあるほどで。それをダクリアの人間とはいえ、レイリアに潜入していたミコカブレラが知っていても不思議ではない。
「まあ、まずはおめでとうございますと言っておきましょう」
「それはどうも」
パチパチと手をたたきながらセイヤに祝福の言葉を述べるミコカブレラだが、その態度は完全にセイヤを見下している。どうやら彼は自分だけが情報を得ていると思っているようだ。だからセイヤは反撃とばかりに祝福の言葉を投げ返す。
「だがそれはお互い様だろ?」
「というと?」
「お前が魔王アスモデウスになったことを知らないとでも?」
お返しとばかりに夢王の一件を知っているというセイヤ。こちらもまた世間で噂になっているホットな話題なのでセイヤが知っていても不思議ではない。しかしセイヤが夢王の一件を知っていることにミコカブレラは驚いた様子だ。
「まさか君がそんなことを知っているとは思いませんでした」
「何を言う。今ダクリアで一番話題の人物だろ?」
「そう言われると嬉しいものですね」
まだ余裕のある態度で応対するミコカブレラ。しかし真に優位に立っているのはセイヤの方である。なぜならミコカブレラは目の前に次期大魔王がいるなどとは微塵も思っていなかったから。
一方のセイヤはミコカブレラの所属する急進派が何を考えているのか、探りを入れる。
「そんな魔王様が護衛もつけずに街中にいていいのか?」
いくらダクリア帝国とはいえ、魔王が護衛もつけずに街中をブラブラするのは危険だ。ましてや二人がいる場所は魔王制度を否定し、廃止しようと試みる集団の目の前。もし彼らがミコカブレラの正体に気づけば、どんな手段を使うか想像もつかない。
けれどもセイヤの心配をよそに、ミコカブレラわずかに頬を緩めて答える。
「敵を心配してくれるのですか?」
「まあな。お前が殺されてダクリアが荒れるといろいろ面倒なんでな」
次期大魔王であるセイヤしてみれば、何かのきっかけで脱魔王派が暴れだすよりは急進派が穏健派と睨み合っている現状の方がまだよかった。だがセイヤの思惑を知らないミコカブレラはつい勘違いしてしまう。
「なるほど。君は現在ダクリア調査の任務についているのですか」
レイリアの魔法師、それも特級魔法師がダクリアにいる理由など考えればすぐにわかる。しかもセイヤの口調からするにその任務は隠密性を重視しているようにも思われた。
「でも、人の心配をしている場合ですか?」
「どういう意味だ」
「そのままの意味ですよ」
次の瞬間、先ほどまでセイヤを見下すような態度だったミコカブレラの表情が真剣なものになる。
「言っている意味がわからんな」
「まさか君はその任務の真の意味を理解していないと?」
その口調からするに、どうやらミコカブレラはセイヤの任務の裏にある思惑に気づいているらしい。七賢人たちがセイヤをダクリアに派遣した真の理由。
「七賢人たちは君をダクリアに追い出して暗殺しようとしているんですよ」
「随分と奴らのことを理解しているようだな」
「ええ、元聖教会の職員ですから。それにあの老人たちが考えることなど容易にわかります」
どうやらミコカブレラは本当に七賢人たちのことが分かっているようだ。だが元々聖教会に所属し、なおかつ十三使徒の教育係を務めた男なら彼らの思惑が分かるのも当然かもしれない。
「君は光属性と闇属性を使う異端魔法師。しかもいきなり出て来た突然変異。あの老人たちが君の有用性に気づいて利用する前に、その力がもたらす混乱に恐怖して君の存在を消そうとした、ってことでしょう」
ミコカブレラの説明は大まかにはあっている。唯一違う点があるとすればセイヤの持つ特別な声が七賢人たちを縛る効果があり、彼らはその力に畏怖したのだが、ミコカブレラがそのことを知らないのは無理もない。
「それで、相手は?」
「十三使徒序列一位、聖騎士アーサー=ワン」
セイヤの任務に興味を持つミコカブレラは、セイヤが相手するであろう魔法師の名前を尋ねた。敵であるミコカブレラに対して律義に答える義理のないセイヤだったが、そこでは素直に答えた。
「それはまた厳しい相手で。私もあったことはないですが噂はよく耳にします」
「噂?」
「絶対に失敗しない任務遂行率百パーセントの化け物。ほとんどレイリアに滞在しない上に、いつから聖騎士の座についているのかわからない謎大き人物。聖教会にいればそれなりの噂を聞きますよ」
確かにそれだけ聞けば、アーサーが一体どんな人物なのか気になるだろうが、その正体を知っているセイヤにとってみれば目新しさはない。それよりも気になるのはミコカブレラの態度だった。敵と自称しながらも、セイヤにアーサーの情報を教える辺り、何を考えているのかわからない。
「随分と俺のことを気にかけてくれるんだな」
「それはもちろん。君に興味がありますから」
「だが俺はレイリアの人間だ」
「それは生まれがでしょう? 君の生い立ちは知りませんが、君の中の半分は確実にダクリアの血です。なら敵であると当時に、同胞でもあります。そんな同胞が窮地に立っているなら助けるのが道理というものでしょう」
ミコカブレラの言葉にセイヤは感心する。
「もし君が望むのならば、私たちが君のことを保護しましょう」
「保護だと?」
「ええ、保護です。今の君は言ってしまえばレイリアから追い出された魔法師です。それなら私たちと一緒に七賢人たちを、レイリアを壊すしませんか?」
予想外の提案にセイヤは面喰ってしまう。
「それはつまりお前らの仲間になれと?」
「はい。ぜひ君の力を私たちに貸してください」
ミコカブレラの瞳は真剣だった。
今日こそストックします、、、꜀ (゜∀。) ꜆




