第266話 ダルダル先生
「それではセイヤ様、本日の勉強を始めたいと思います」
ダルダルあいさつで始まったその日の講義。前日にロナの口から十年前にあったノアとの決戦について知らされたセイヤだったが、だからといって毎日の日課が変わることはない。セイヤの中でノアにあって両親がどうなったを聞くという決意とダクリアについての勉強は別問題だ。
「さて今日は冒険者についてです」
「冒険者?」
今日のテーマに首をかしげるセイヤ。確かに冒険者はダクリアにしかない文化であり、その制度や仕事について知っておく必要もあるかもしれないが、今までの勉強に比べると優先度は低いように思われるとセイヤは感じた。しかし実際は冒険者について学ぶことは重要だったのだ。
「セイヤは様はすでに冒険者でもおられるので、その制度や仕事についてはご存知かと思われます」
「ある程度のことは知っているつもりだ。冒険者はギルドに所属し、そのギルドから仕事を受けて完遂する。そしてその功績に応じてランクも変動する」
「その通りでございます」
すでにDランク冒険者としての登録が住んでいるセイヤにとってはその程度の説明は朝飯前だ。むしろこれまでのセイヤの功績を考えればDランク冒険者である方がおかしいのだが、さすがに魔王ブロード=マモンを手にかけた上に同じく魔王デトデリオン=ベルゼブブの侵攻を防いだことを明らかにはできない。それにセイヤは次期大魔王ルシファーなのであり、いまさら冒険者としての評価は関係ないのだ。
「では冒険者の派閥などもご存知ですか?」
「派閥?」
さすがのセイヤでも冒険者に派閥があることは知らなかった。セイヤのイメージでは冒険者は一種の浮浪者であり、近場のギルドで仕事を得て生きていくために派閥があるとは思ってもいなかった。
「魔王たちにも派閥があるように、冒険者たちにも派閥が存在するのです」
「それは急進派と穏健派みたいな感じか?」
「仰る通りです。冒険者の派閥は基本的に所属ギルドでわかります」
「なるほど、そういうことか」
ここでやっとダルダルの意図することを理解したセイヤ。改めて考えてみると、その構図は至って単純だった。
「ギルドが存在するのは各区に一つだから、そのギルドはその区を統治する魔王の息がかかっていると考えればいいのか」
「その通りです。特にギルド上層部は各魔王から仕事を受けることがあります故、癒着が強いといえましょう」
その口ぶりからするにダルダルも何かしらの仕事をギルドに依頼しているのだろう。しかし話がその程度ならダルダルもわざわざ今日の勉強のテーマにはしない。実はその先が存在したのだ。
「しかし中には魔王たちを良く思わない輩もいるのです」
「魔王たちを良く思わない輩? それは今の制度に不満があるということか?」
「ええ。しかもその連中がここ最近勢力を増しております」
急進派と穏健派、そこに新たな第三勢力が出現するのは必然といえば必然かもしれない。急進派と穏健派といってはいるものの、両派には前提として大魔王ルシファーをトップとする魔王統治制の存在がある。だが冒険者たちにしてみれば、そもそも魔王の存在が疑問視されてもおかしくはない。
加えて冒険者は実力で成り上がった者たちが大半のため、誰に支配されることを好まないものがいるのもまた事実。それならば魔王統治制に疑問を抱き、脱魔王統治制を掲げて立ち上がるのも必然といえよう。
「最近ということは、昔は違っていたのか?」
「はい。昔は、といっても二十年くらい前まではほとんどの冒険者が魔王統治制に疑問を抱くことはありませんでした。それはひとえに大魔王キース=ルシファーの存在が大きかったからです。キース様はその圧倒的な実力と人望でこの国を統治されていました」
二十年前といえば、まだキースが大魔王ルシファーの地位にいた時代であり、セイヤが生まれる前の話だ。
「しかしキース様が消えて国が一時的に不安定になったのです。ギラネルもよく頑張ってくれたのですが、民の中には自分たちを捨てて消えたキース様に反感を抱き、魔王統治制に疑問を持つようになる輩が出て来たのです」
その話を聞いた限りではキースの行いは責められても仕方ないと思われたが、子供ができたことや十年前のノアとの決戦を考慮すれば責めることはできない。
「それで脱魔王派が?」
「確かにその時代から脱魔王の風潮は強まってきました。ですが当時の冒険者の中で脱魔王を叫んだのは下級ランクの者たちだけなのです。上級ランクの冒険者たちは魔王からの仕事を主な生業としていたために脱魔王を訴えることはほとんどありませんでした」
なるほど、とセイヤは思った。冒険者たちの中でも上の層にいる者たちは言ってしまえば現行のシステムに不満はないのだろう。むしろ優遇されているその制度を捨てるとは思えない。逆に扱いが悪い下級の冒険者たちは自分たちの扱いが悪いのは現行のシステムに問題があると言って構造改革に乗り出すのが容易に理解できる。
「力がない者ほどその時代の制度に不満があるということか」
「その通りです」
その考えにセイヤは少なからず覚えがあった。落ちこぼれ時代のセイヤが魔法が全てという風潮に少なからず不満を覚えていたのは事実。剣術や武術の評価がもっと多くの割合を占めてもいいのではないかと本気で思っていた。
それはある意味で自らの無力を責任転嫁しているのだが、不遇な状況にあるときにはそのことに気づけないのもまた事実。だからセイヤには脱魔王派に同情こそしないものの、責める気にはなれなかった。
「ですが最近、上級の冒険者たちの中にも脱魔王を訴える輩が出て来たのです」
「それはなぜだ?」
そこまで理解できたセイヤにも、なぜ上級の冒険者たちが脱魔王を掲げるのかは理解できなかった。セイヤの疑問に対し、ダルダルは少しだけ困りながらも説明する。
「それは魔王ブロード=マモンの死です」
「ブロードの?」
「はい。セイヤ様がブロードを手にかけた後、ダクリア二区は実質的には無法地帯となってしまいました。それは魔王を始め、ブロードの幹部の死亡、または行方不明になってしまった影響でダクリア二区の魔王の館が機能不全に陥ったためです」
「あっ……」
セイヤはそれが遠回しに自分のせいだということを理解した。
「魔王から仕事が回って来なくなった冒険者たちは現在自らのコネクションを使って生計を立てています。ですがそれだけではありません。魔王アスモデウスの死も影響しています」
「アスモデウスも?」
夢王こと、魔王アスモデウスが無くなったのはつい先日。その犯人はかつての聖教会職員であるミコカブレラであり、セイヤの時とは違って今はミコカブレラが魔王の地位を引き継いでいるはずだ。
「それがどうやら新たなアスモデウスはギルドの存在を蔑ろにしているようで。特に夢王と繋がりの深かった連中は仕事さえ回してもらえないとか。噂には引継ぎが上手く言っておらずやはりこちらも機能不全に陥っているとか」
「それで脱魔王派に?」
「その通りです」
それはミコカブレラの政治力が弱いのか、はたまた意図的にやっているのかはわからないが、同時期に二か所のギルドでそうなってしまえば脱魔王派が強くなるのも無理はないだろう。
と、その時だった。先ほどまで一言も言葉を発していなかったが、セイヤの隣にいたロナがおもむろにダルダルに問う。
「ところで前任のアスモデウスの遺体はどこにあるのじゃ?」
「それはおそらく予備の魔王の別荘に」
「なるほどのう」
「どうかしたのか、ロナ?」
セイヤが尋ねるが、ロナははぐらかすように応える。
「いやなに、少しきな臭いと思ってのう」
ダルタ「あれ、ダルタとダルダル間違えてない??」




