第265話 十年前の真実
「俺の両親はどうなったんだ?」
セイヤのその言葉を聞いたとき、ロナの顔はすでに覚悟を決めていた。それはいずれ話さなければならないことであり、セイヤに真実を告げる相手にロナほど最適な人物はいないから。
「セイヤ。お主はどこまで覚えているのじゃ?」
ロナは一度大きく深呼吸をすると、逆にセイヤに問うた。
「十年前に何かがあったことはわかっている。だがそれが何かはわからない」
十年前。それはセイヤが両親たちと離れ離れになってしまった日であり、同時に記憶の大部分を失った日でもある。そして落ちこぼれ魔法師キリスナ=セイヤの幕開けの日でもあった。
十年前のその日からセイヤは記憶を鮮明に覚えている。覚えていないのはそれ以前のことであり、十年前のその日に何があったのかということだ。
「そうか。ならまずは十年前の出来事を話さなければならないのう」
ロナは話が長くなるから注文したものが届いてから話し始めようと提案する。そしてその提案を飲んだセイヤは素直に注文したものが届くのを待った。
そして現在、セイヤとロナの前には注文したものがすべてそろった。ロナは紅茶を一口含むと、重い口を開き始めた。
「十年前、妾たちはある敵と戦っていたのじゃ」
「敵?」
「うむ。そやつの名はあまたあるのじゃが、妾たちはノアと呼んでおった」
「ノア……」
その名前にセイヤは聞き覚えがなかったが、なぜか知っているような気がしてならない。
「ノアは強力な魔法師で、世界を滅ぼそうとしたのじゃ」
「世界を? そんな話聞いたことが……」
初めて聞く話にセイヤは驚きを隠せなかった。もし仮に世界を滅ぼそうと企てた魔法師が存在したならば、その結果に関わらず何かしらの記録が残っているはずだ。しかしセイヤが生きてきた中でそのような話を聞いたことがあるどころか、関連するような出来事さえ知らない。
「それはそうじゃろう。ノアの存在はレイリアの聖教会は把握しておらぬからのう」
「七賢人たちも知らないということなのか?」
レイリアのトップに立つ七賢人たちでさえも知らないというならば、セイヤがこれまで聞かなかったのも当然だろう。
「それにダクリアでも一部の人間しか知らぬ。それはレイリアも同じじゃ」
「ダクリアの一部? それが俺の父親なのか?」
「そうじゃ。キースは先頭に立ってノアを迎え撃った」
その先は聞かずともわかった気がした。セイヤは一瞬そこで話を聞くのをやめようかと躊躇ったが、すぐにその考えを打ち消す。他終えどんな結果があろとも、その結果を聞かなければセイヤは後悔すると思ったから。
「結果はどうだったんだ?」
「妾の負けじゃ。じゃがノアの動きを封じることには成功した」
「動きを封じる? じゃあ今もそのノアっていうのは生きているのか?」
「おそらくのう」
実を言うとノアの安否はロナも知らなかった。
「じゃあ俺の両親はノアに?」
「いや、それはわからぬ」
「どういうことだ?」
「妾たちはノアとの決戦に乗り込んだものの、分断させられたのじゃ」
「分断させられた?」
「うむ。じゃから二人がどうなったのか、妾にもわからぬ」
困惑するセイヤに「すまぬ」と付け足して頭を下げるロナ。その表情は後悔の色に満ちていた。
「本来なら決戦後に妾がセイヤを迎えに行くことになっていたのじゃが、その戦いで深手を負った妾はずっとあの世界で意識を失っていたのじゃ」
「意識を失っていた?」
「うむ。ノアとの戦いから辛うじて生き延びた妾は奴の追ってから逃げるために自らの世界に籠ったのじゃ。そして意識を失い、先日のセイヤたちの訪問でやっと目を覚ました。じゃからキースたちがどうなったのか、妾にもわからないのじゃ」
ロナの言葉に嘘偽りがないと感じたセイヤはもう一つの疑問をぶつけた。
「それじゃあ俺の記憶が欠落している理由はどうしてだ?」
「それはお主を守るためにキースが掛けた魔法じゃ」
「俺を守るため?」
どうして自分を守ることが記憶の欠落に繋がるのか理解できないセイヤは戸惑いを隠せない。
「お主は聖と夜の力を持つ特別な存在じゃ。ノアがお主の脅威に気づけば、お主が成長して障害となる前に消し去ろうとするじゃろう。本来なら妾たちが守らなければならないのじゃが、決戦を前に必ず勝てるという確信がなかったゆえの苦渋の決断だったのじゃ。お主には本当に苦労を掛けてしまったと思っている」
それがセイヤの記憶の欠如の本当の理由だった。聞くまでは一体どうしてなのかと様々な疑念が飛び交っていたが、聞いてしまえば呆気がないものだ。
「そして妾たちは負けた。妾は深手を負い、キースらは行方不明。残されたお主は記憶を失った魔法師として放浪という最悪の結末を迎えてしまったのじゃ」
ロナやキースといった強者たちが束になっても勝てなかったノアという存在が一体何者なのか、セイヤにはわからなかった。
「その戦いにアーサーやギラネルも?」
「いや、その戦いに臨んだのは妾とキース、それにお主の母親じゃ。他の者たちは参加しておらぬ」
「どうしてだ?」
なぜ他の強者たちは参加しなかったのかセイヤには理解できなかった。アーサーたちのセイヤに対する接し方を見る限り、ノアとの戦いに参戦していてもいいものだ。
「実を言うと、妾たちは逃げていたのじゃ」
「逃げていた? 何から?」
「聖騎士やギラネルたちが崇める主から」
「主? やはりアーサーたちを束ねる存在がいたのか」
実を言うとセイヤは以前からアーサーたちの上に立つ者の存在を疑っていたのだ。
「知っていたのか?」
「なんとなくだが」
「そうか。なら話は早い。その主の目的こそがノアの殲滅じゃ。そして妾やキースたちもその主の下で戦う存在であったのじゃが、ある事件をきっかけに妾たちはそこから逃げ出した」
「ある事件?」
「お主じゃよ、セイヤ。キースとお主の母の間に子供ができてのう、キースらはその子を産むことを望んだ。しかしその主は決戦も近いことがあって子供を諦めるようにと迫ったのじゃ。キースもお主の母親も貴重な戦力じゃから当然といえば当然だったのじゃが……」
その先は聞かずとも察しはつく。つまりその主に子供を諦めるようと迫られたセイヤの両親が子を降ろすことを拒み、アクエリスタンの小さな町で暮らし始めた。
「それでアーサーたちからも孤立したロナたちは三人でノアに?」
「その通りじゃ」
何とも皮肉な話だ。セイヤの両親に子供を諦めるように迫ったその主たちが今はセイヤの力を当てにしているのだから。
「じゃが、キースたちは後悔はしておらんかったぞ。それはセイヤも知っているじゃろ?」
「ああ」
まだ記憶が曖昧なセイヤだが、これだけは確実に言えた。セイヤは両親に愛情を注がれて育ったことに間違いはないということ。だからセイヤは別にロナのことも、他の人たちのことも憎んだりはしない。たとえ過去に何があろうとも、セイヤが両親から受けた愛は偽りのない真実だから。
「ありがとな、ロナ」
「妾を恨まぬのか?」
「今の話を聞いて納得した。ロナは俺を守るためにアーサーたちを悪く言い、俺を守るためにロナの世界に閉じ込めようとしたんだろ? それなのにどうしてロナを恨むんだ」
「セイヤ……」
「それに俺の両親も死んだと決まったわけじゃないだろ?」
それが望みの薄いことだとわかっていても、セイヤは自分の目で確かめるまでは両親の死を認める気はなかった。ロナが生き残っているのだから、両親も生き残っていても何ら不思議はない。
だからセイヤは決意を新たに覚悟を決めた。
「俺は父親と母親を探すためにノアと戦う。協力してくれるか、ロナ?」
「もちろんじゃ」
ロナは涙を流しながら、セイヤの頼みに頷くのであった。
執筆前は行けるかなと思ったのですが、いざ書いてみると明かしてない設定が多すぎて上手くまとまらなかった印象です。今回出てきた話はいずれ詳しく書ける時になったら書き直したいと思います。
ダルタ「6章はのほほんとしているから次は私がメインでも問題ない!?」




