第264話 密室
無事スカルズたちの退けたセイヤとロナは何事もなかったかのように大通りを進んでいた。しかし二人が何もなかったように振舞うのとは対照的に周りの人々は露骨ではないが、チラチラとセイヤたちのことを見ていた。
Dランク冒険者がBランク冒険者たちを撃退しただけでなく、特に攻撃らしい攻撃をしなかったために二人の正体が一体何者なのだろうかという疑問が彼らの胸の内にはあった。もしここでセイヤが次期大魔王ルシファーであり、その隣にいるロナがキレル山脈にいた夜の精霊ルナど言えば彼らは例外なく腰を抜かすだろが、セイヤにはもちろん正体を明かすつもりはない。
下手に正体を明かして首を狙われるよりは、ただ好奇の目にさらされる方がまだましだったから。とはいうものの、流石に多くの視線が気になりすぎるので二人は近くのカフェに入ることにした。
そこはダクリア帝国でも有数の高級カフェで、店員から客まで先程の人々のようにセイヤたちに対してあからさまな視線を向けるような人たちはいない場所だった。
「いらっしゃいませ」
二人が店内に入ると、きっちりとした制服に身を包んだ男性が応対に来る。
「二人なんだが」
「かしこまりました。個室を用意いたします」
「いや、そこまでしてもらわなくても」
どうやらこの店員も先ほどの一件を目にしていたようだ。店外からセイヤたちの様子をうかがう人々を見て個室を用意するとすぐに決断できる辺り、この店員はかなりの経験を積んできたのだろう。
だがセイヤたちにしてみれば、そこまでしてもらおうという気はないため遠慮する。
「いえ、当店はお客様に安心してくつろいでいただける空間を提供する場所です。こう言っては身勝手に聞こえるかもしれませんが、お客様を個室にお通しするのは我々のためでもあるのです」
つまり彼が言いたいのはこういうことだ。セイヤたちが普通に店の中にいるとほかの客たちもセイヤが気になってしまい、くつろげなくなってしまう。だから注目を集める存在は個室に通そうという店側の都合でもあった。
「そこまで言われたら仕方ないか」
「誠に勝手な申し出ながら受けていただき感謝します」
そう言って二人が通されたのは店の奥にある個室。二重の扉や防音対策が施されているこの個室は一体何に使われるのだろうかとセイヤは疑問に思うが、店員に聞く気にはなれなかった。それは何となく使用用途が分かっていたから。
「では注文が決まり次第、そちらのベルでお呼びください」
メニューと呼び出し鈴を置いて男性店員が外に出ると、それまで口を閉ざしていたロナがおもむろに話し始めた。
「こういう店は主に機密事項を扱う会合に使われるのじゃ」
「やっぱりそういうことか」
セイヤの疑問がわかっていたかのように答えるロナ。といってもカフェでそのような設備があれば誰もが疑問に思うものだろう。
「昔キースもよく使っていたのう」
「あの館で話し合わないのか?」
「それが叶わぬ相手もいるものじゃ」
何か意味ありげに答えるロナ。
「とりあえず注文しようかのう」
「そうだな」
セイヤがその真意を聞く前にロナがメニューを広げて何を頼もうかと考え始める。
「妾はこのミルフィーユにしようかのう」
「随分早いな」
メニューを見てロナが決断するまで約三十秒。その短さにセイヤは驚いてしまうが、ロナとしてはむしろ悩む方が不思議だった。
「ここのミルフィーユは絶品なのじゃ」
「前にも来たことがあるのか?」
「まあのう。といっても二十年近く前じゃが」
思いもよらぬ答えにセイヤは驚いてしまう。二十年前というと、セイヤがまだ生まれる前の話だ。このカフェは二十年前から営業しているようだ。
「じゃあオススメはあるのか?」
「そうじゃのう。この紅茶が有名じゃ。食べ物に関しては知らぬ」
「随分雑だな」
「妾はミルフィーユ以外をここでは食さぬ」
どうやらロナはこの店のミルフィーユを相当気に入っているようだ。そう言われるとセイヤもミルフィーユを頼みたくなってしまうのだが、ここで同じのを頼むよりは違うものを頼んだほうがいいのではと思うセイヤ。
「俺はこのクレープが気になるんだが、少し交換しないか?」
「ほう、クレープか。二十年前にはなかったものじゃ」
二十年前の記憶にあるメニューと今の目の前にあるメニューを比べるロナ。その表情はどこか楽しそうだ。
「よかろう。そうするのじゃ」
「よし、決まりだ」
頼むものが決まったセイヤはテーブルの上に置かれた呼び鈴を鳴らして店員を呼ぶと、自分の分とロナの分を手早く注文した。
そして店員が退出するとセイヤがふと呟く。
「完全防音なのに呼び鈴は聞こえるのか」
それは素朴な疑問であったが、重大なことだろう。もし盗聴でもされていたならば機密事項を扱うには危険すぎる。
「それはその呼び鈴に魔法陣が刻印されているからのう」
「魔法陣?」
よく見ると、たしかに鈴には魔法陣のようなものが刻印されていた。
「それは風属性の魔法陣で、音とは違う空気の振動を向こうの部屋に伝えるのじゃ」
「へぇ、便利なものなんだな」
呼び鈴の隠された機能に感心するセイヤ。その技術はレイリアでは到底再現できるものではなかった。
「じゃあこの部屋は会合にちょうどいいってわけか」
もしかしたら急進派の連中もこういうカフェで話し合いをしているのかと思うセイヤ。そんなセイヤに対してロナが再び意味ありげな口調で答える。
「まあ、他の用途としては女と会うことじゃのう」
「それって俺の父親もそうしてたって意味か?」
「ふふ、それはどうかのう」
ロナの反応を見てセイヤは確信する。自分の父親であるキース=ルシファーはこのような高級カフェの個室を女性との密会に使っていたことを。そしてそうしなければならない相手というのはおそらくセイヤの母親。
セイヤの身体にはレイリアでしか存在しない光属性と、ダクリアでしか存在しない闇属性の魔力が存在する。この際、聖属性や夜属性はおいて置くとして、セイヤが光と闇を使えるということはセイヤの両親が光と闇を使えたということだ。
魔法は遺伝するというのがこの世界の常識だ。特に得意とする魔法属性に対する適正は両親の適性を色濃く受けやすい。稀にセイヤがリリィと契約したことで水属性の魔力を使えるようになるなどの例外は存在するものの、基本的には両親の適正を引き継ぐのだ。
そしてセイヤの父親でありキース=ルシファーの適正は闇属性。セイヤが記憶する限り、キースが光属性を使ったことはない。そこから導き出される結論は一つ。セイヤの母親が光属性に対する適正を持っていたということだ。
闇属性を取り戻した例の事件以降、セイヤは度々記憶を取り戻していたが、それでも完全に取り戻したという訳ではない。しかしセイヤの周りにセイヤの幼少期を知る者がいなかったために、記憶の欠落を埋め合わせようとしてもできなかったのだ。
しかし今は違う。セイヤの目の前にいるのはセイヤの幼少期をよく知る姉のような存在であり、セイヤの両親のこともよく知っている。真実を聞くのにこれほど適する人物はいなかった。だからセイヤは自分の謎を解くために口を開いた。
「なあ、ロナ。俺の両親はどうなったんだ?」




