第262話 大魔王も勉強する
セイヤに対するダクリアの教育は翌日から始まった。本当はもう二日ほどセイヤには休養してもらおうと考えていたギラネルだったが、アスモデウスの一件を鑑みて予定を前倒して行うことになったのだ。
講師としてセイヤに教えるのはギラネルとダルダルの二人。魔王が二人がかりで教えると言われれば、ダクリアの人々にとってはこれ以上とない贅沢だが、セイヤは大魔王になる男のため、特に贅沢という訳ではない。むしろ魔王が率先して教えるのは当然であった。
「ところでセイヤ様はどこまでご存じなのですか?」
セイヤに尋ねたのはダルダル。すでに二人は一度会っていたこともあり、再会をしたところでお互いの自己紹介もせずに話は進んでいる。
「俺が知っているのはダクリアが全部で七区あり、それらの首都となるのがこのダクリア帝国。それで各区には統治者である魔王がいるということくらいだ。急進派と穏健派についてはまったくわからない」
自分の知っていることを簡潔に述べたセイヤ。それは基本的な知識であり、ダクリアに住む人間ならだれもが知っていることだった。だがセイヤがレイリアの人間だということを考えれば、それを知っているだけでも上出来だろう。
ギラネルはそう考え、丁寧に説明を始めた。
「セイヤ様の知っての通り、このダクリアには七人の魔王がいます。憤怒のサタン、嫉妬のレヴィアタン、怠惰のベルフェゴール、強欲のマモン、暴食のベルゼブブ、色欲のアスモデウス、そしてそれらの魔王の上に君臨する傲慢のルシファー」
「ここにいるギラネルがサタンの名を持ち、私がベルフェゴールの名を持ちます」
「そしてセイヤ様がルシファーの名を引き継ぐのです」
そこまではセイヤも知っていること。問題はそこからだった。
「本題はここからです。現在ダクリアには穏健派と急進派という二つの派閥があり、それらは魔王の中でも割れています。すぐに兵をあげてレイリアを配下に治めようとする急進派に対し、レイリアと波風を立てずに友好関係、もしくは無干渉を貫こうとするのが我ら穏健派となります」
ギラネルの説明を聞いたセイヤは、それが初めて聞いたことであったが、なんとなくそうであろうという見当はつけていた。その根拠としてセイヤの経験が大きい。
「じゃあ『フェニックスの焔』を狙ったマモンとレイリア魔法大会にちょっかいを出してきたベルゼブブは急進派という訳か?」
「その通りです。そこに色欲の魔王アスモデウスを加えた三名が魔王急進派。私やダルダル、そしてレヴィアタンを加えた三名が穏健派となります」
「なるほどな」
その説明を聞いたセイヤはやっと納得した。最初のダクリアとの接触が魔王ブロード=マモンだったセイヤにしてみれば、ダクリアの方針はレイリアとの交戦を望んでいるのであると感じていた。それはレイリア魔法大会に干渉して来たデトデリオン=ベルゼブブを考慮に入れた結果でもあった。
しかし聖騎士アーサーと出会い、ダルダルやギラネルといった穏健派の魔王たちに出会う中でセイヤの中ではダクリアの基本方針が分からなくなっていた。けれども魔王内でも派閥が分かれているというなら納得だ。
「ところでセイヤ様は何人の魔王に出会いましたか?」
「まず最初にあったのがマモン。次にレイリア魔法大会でベルゼブブ。それからレヴィアタンにベルフェゴール、最後にサタンだ。真に最初という意味では父親であるルシファーかもしれないが」
ダルダルの問いにセイヤは思い出しながら答える。そう考えると、セイヤはすでにアスモデウス以外の魔王に出会っていたことになる。
「すでに六名の魔王と。やはり運命はいたずら好きですね」
「そうですね。そして今回の訃報もまた運命のいたずらということですか」
「訃報?」
身に覚えのない単語にセイヤは首をかしげた。
「実は先日、ある知らせがダクリア国内を駆け巡ったのです」
「それが訃報か?」
「ええ。魔王アスモデウスが殺害されました」
ギラネルの言葉にセイヤは言葉を失う。しかしそれは驚きによって言葉が出なかったというよりは、むしろ何事かを考えていて出なかったように思える。
「それは穏健派の仕業なのか?」
「いえ、急進派の犯行です」
「急進派が急進派を?」
予想外の言葉にセイヤは考え込む。先ほどの説明を受けた後でこの知らせを聞けば、混乱してしまうのも無理はないだろう。
「急進派も内部で割れているのか?」
「おそらく。私たちも正確に把握できているわけではありませんが、急進派の中でもベルゼブブを中心とした特に若い世代が台頭しているようです」
「若い世代が?」
「はい。元々急進派はマモン率いる派閥とベルゼブブ率いる派閥がありまして、マモンたちはレイリアから人を攫った上で内部から崩壊させようとしていました。それに対しベルゼブブたちは小細工はせずに力でレイリアを抑えようとしている一派です」
「なるほどな」
その説明で妙に納得するセイヤ。確かに彼らの手法は同じ急進派でも全く違った手段を取っていた。
「それがマモンの死でベルゼブブ派が一気に台頭したと考えるのが妥当かと」
「アスモデウスはどっちだったんだ?」
「彼の場合、自分の欲望が中心で、急進派にいたのも利害の一致というだけでどちらとも言えませんな」
聞けば聞くほどややこしくなってくる話だが、それはつい先日までのこと。現状の急進派はすこぶる単純だった。
「つまりマモンとアスモデウスが消えた今、デトデリオンたちの一派が急進派になったと考えていいのか?」
「それで問題はありません」
「新しくアスモデウスの名を継いだミコカブレラという男もベルゼブブの部下のようですし」
「ミコカブレラ?」
その名前を聞いた瞬間、セイヤの表情が険しくなる。
「知っておられるのですか?」
「ああ。そいつはこの間までレイリアの聖教会に所属していた魔法師だ。そして例のダクリア侵攻を内部から手引きした張本人だ。俺も直接手合わせしたわけではないが、相当の手練れだ」
「なんとレイリアに……」
「道理で近年の動向がつかめないわけだ」
セイヤからもたらされた思わぬ情報に頷く二人。得体の知れないミコカブレラという男の存在を魔王会議前に知れたことは大きい。
「それで新しいマモンも急進派なのか?」
「いえ、新しいマモンはまだ決まっておりません」
「決まっていない?」
「そうです。マモンを討ち取った者が現れない限り、つまりセイヤ様が名乗り出ない限りマモンの椅子は空席のままなのです」
それがダクリアのルールだった。そこでダルダルが説明を加える。
「おそらく次の魔王会議で急進派が新しい魔王候補を提案してくるでしょう」
「穏健派は出さないのか?」
「ええ。我らにはセイヤ様がおりますので、奴らにマモンの椅子はくれてやりましょう」
「大丈夫なのか?」
少しだけ不安になるセイヤ。
「魔王会議における採決の方法は主に過半数の賛成を取れればいいのです。つまり既に四席の確保に成功した我々は五席目を狙う必要がありません。逆にここで急進派に三席目を渡しておけば、奴らも当分は静かになるでしょう」
「そういうものか」
どうやら穏健派にもしっかりとした思惑があるらしい。こういう政治的なことに疎いセイヤにしてみれば、ギラネルたちに任せた方が得策なのだろう。そう思い、セイヤはそれ以上聞くことを控えたのであった。
次から脱力した話でいきたいと思います。




