第260話 夢王
魔王デトデリオン=ベルゼブブと魔王アスモデウスの名を持つ夢王の年齢差は四十歳程度。年にしてみればデトデリオンが三十代半ばであり、夢王が七十代前半くらいであり、両者の中には親子ほどの年齢差があった。しかしデトデリオンは夢王に対して敬意を表すことはない。
それは互いが同じ魔王の称号を持つ存在であり、立場的には同等だから。なので夢王の方もデトデリオンの態度に不満はなかった。
「それでベルゼブブ。今日は何の用だ?」
「少し相談したいことがあってな」
「次の魔王会議についてか?」
「その通りだ」
このタイミングでデトデリオンが同じ急進派である夢王に近付いてくることは何らおかしい点はないので、夢王も特に警戒した様子はない。
「急進派であるブロードが何者かに殺された今となっては急進派は窮地といってもいいな」
どこか他人事のように話す夢王。
「それは特に問題はない」
「ほう、それはどういう意味だ?」
「後釜はすでに見つけた」
「ブロードを手にかけたやつか?」
「違う。だが実力的には申し分ない」
魔王ブロード=マモンの訃報はダクリア中を駆け巡ったが、いまだにその犯人はわかっていない。一説には穏健派の何者かが暗殺したのではという話もあったが、それなら穏健派から何らかの声明があるはずだった。
「その意見が通るとでも? お前も知っているように魔王の椅子はそう簡単には変えられることはない。もし魔王になりたいならば、魔王会議において過半数の承諾を得るか、もしくは現役の魔王の首を取るかの二択だ。ブロード殺害が穏健派によるものだった場合、次にマモンの椅子に座れるのは穏健派の連中だろう」
夢王の言う通り、魔王の地位に着くには二つの方法があった。一つは空席の魔王に対して七人の魔王のうち半分の賛同を得ること。そしてもう一つが現役の魔王の首を討ち、自らの武勲として宣言することで魔王と認められる。だからブロードの死後、その首を打ち取ったはずの新たな魔王が現れないことがおかしかったのである。
当然デトデリオンもそのことを知っていたが、彼にはその上で候補者を据えようと考えていた。
「それは問題ない。仮に穏健派が魔王を立てて来たとしても、こちらの候補者がそいつを殺せば自動的に俺らの候補者がマモンだ」
「まさか魔王会議を血の海にしようと考えているのか?」
「そこまでは考えていない。だが、このままマモンの椅子も穏健派に取られるわけにはいかないんだ」
「それがお前の要望か?」
デトデリオンがそのことを伝えるために使者を遣わせてきたと考えれば、このような手段を取ったのも頷ける。次の魔王マモンの椅子を狙う話し合いなど到底他人の耳のあるところではできないから。
けれどもまデトデリオンの話はそれで終わりではなかった。
「俺の考えはまだある」
「ほう。具体的には?」
「大魔王ルシファーの椅子もとる」
「正気か?」
デトデリオンの野望を聞き、夢王は彼が正気か疑う。しかし夢王がそう思ってしまうのも無理はない。大魔王ルシファーの椅子を手に入れるには魔王の椅子と同様に二つの手段がある。
一つは大魔王ルシファーの象徴ともいえる夜属性が使えること。夜属性を使える時点でその者は無条件で大魔王ルシファーの名を襲名できる。
そしてもう一つは大魔王ルシファーの座が空席の場合に限り、全魔王の承諾を得て大魔王ルシファーとなる方法だ。
しかし後者は穏健派と急進派が魔王会議にいる時点で成立することはまずない。例外的に十年前のキース=ルシファー失踪後は民衆の混乱を早急に治めるためにキースの右腕だったギラネルが全魔王の承諾を得て大魔王代理なったが、現在の安定したダクリアを考えれば成立することはまずないだろう。
「お前が夜属性を手に入れたと?」
「いや」
「なら会議で決める気か? 阿保か」
夢王がデトデリオンに対して呆れた表情を浮かべる。だがデトデリオンは本気だった。
「まずはギラネルを大魔王の座から降ろす。これなら魔王の半分の賛成で通るはずだ」
「確かに六名の魔王の内、三名が承認すれば大魔王の座を空位にすることは可能だ。しかしその後はどうする? まさか全魔王を急進派で埋めるというのか?」
「その通りだ。大魔王を空席にした後で、急進派が蜂起して穏健派共を一掃する」
「ふん、夢物語は夢の中だけにしろ」
デトデリオンの言葉に夢王は呆れを通り越して、失望さえする。彼の言っていることは一貫性は見られるものの、そのほかが致命的に不足していた。
「本気さ。そこでだ夢王、手始めにアスモデウスの席を譲る気はないか?」
「なに?」
夢王の纏う空気が一変する。
「小僧、調子の乗るのもいい加減にしろ。こっちはお前のレイリア侵攻の際に兵を貸したが全滅させられたんだぞ? まずはその失態を悔いたらどうだ? それに同じ急進派としてお前の最近の行為は目に余る」
「急進派? 笑わせるな。あんたは別にレイリアをつぶしてダクリアの配下にしようと考えているわけではないだろ。それにあんたが俺に兵を貸したのはレイリアの女に興味があったからで、その私欲に巻き込まれた兵が死んだのはそいつらが力不足だったからだ」
睨み合う両者は流石魔王といわれるだけのことがある。一瞬にしてその場の空気がひりついた。
「急進派と言ってブロードの発明品目当てに近づいて来た小僧がほざくわい」
「それはあんたもだろ? 国なんてどうでもいい、女にしか興味のない老害が。俺の計画があんたの気まぐれの性欲に左右されるのは御免だ。消えろ旧世代の遺物が」
「どうやら小僧は力に溺れたらしいな。それでどうやって俺の首を取るつもりだ?」
そう言って夢王がギロリとミコカブレラたちを睨む。その鋭い眼光は見たものを石にするがごとく重い殺気を含んでいた。
「こんな雑魚で俺の首を取れると思うなよ?」
「それはどうかな?」
「ふん、戯言だ。そこで見ているがいい、部下がむなしく殺されていくのを」
夢王が立ち上がり、ミコカブレラとスメルの方を見る。視線を向けると同時に放たれたのは圧倒的な殺意の闘気。常人がその場にいれば一瞬にして過呼吸を起こして倒れ込みそうだが、ミコカブレラたちに変化はない。
「どういうことだ」
夢王が呟く。
「言い忘れてたが、その空間には魔法を阻害する装置が働いている。だから、あんたは魔法が使えないということだ、夢王。ああ、もちろん二人には装置を無効化する装置を渡してあるから魔法は使えるぞ」
「くっ、図ったな。小僧が」
夢王の闘気が上手く発動しなかった理由。それは魔法を阻害する装置によって彼の実力が何段階も落ちてしまったから。闘気とは使用者と対象者の実力差を利用した一種の威嚇行為であり、使用者の実力が極端に抑えられてしまえば当然ながら闘気の威力も減衰する。
「では始めましょうか、夢王」
ミコカブレラのその言葉とともに、二人が武器を手に取り夢王のことを見据える。
「舐めるなよ餓鬼が。魔法がなくとも俺は夢王だぁぁぁぁぁぁぁ」
「醜い」
「くっ……」
その引き締まった肉体でミコカブレラに殴りかかる夢王だったが、魔法師と非魔法師とでは実力に埋められることのない差があった。いくら魔王といえど、魔法が使えないのであればただの人間。そんな相手に魔法師が、それも実力者であるミコカブレラが負けることはなかった。
こうして魔王アスモデウスの名を持つ夢王は死んだ。そしてその魔王を討ち取った男の名としてミコカブレラ=ディスキアンが告げられたのであった。
これからどんな話を書けばいいのか......




