第256話 魔王モードの正体
精霊ルナの放った剣はセイヤに向かって三方向から飛んできた。一つは左側から迂回してくるように、一つは右から直線的に、最後は二本より少し遅れてセイヤの正面から。
セイヤは最初に右側からの剣が到達すると判断し、右手に握るホリンズでその剣を撃ち落とそうと試みた。しかしセイヤが右手に握るホリンズで剣を落とそうとしたその刹那、剣の衝撃に耐えられずホリンズが砕け散ってしまう。
「しくった……」
自分の軽率な行動を悔いたかったセイヤだが、その前に左からの剣を対処しなければならない。右からの剣を撃ち落としたことで態勢の悪いセイヤに採れた選択肢は一つだけ。左手に握るホリンズでその剣を撃ち落とす。やはりというべきか、右手に握っていたホリンズ同様に左手に握るホリンズをも剣の衝撃に耐えられず砕け散ってしまう。
地面の上に残ったのはホリンズの残骸と二本の剣の残骸。だが精霊ルナの放った剣は一本だけ残っている。セイヤはその剣を後ろに回避することで傷を負うことを避けた
「顕現せよホ……そうだった……」
ホリンズを砕かれたセイヤはとっさに新たなホリンズを生成しようとするが、そこで自らが魔法を封じられていたことを思い出す。いつもは何とも思わず行使する魔法をこの状況で行使しようとしてしまったのは癖のせいだろう。
セイヤは目の前の地面に突き刺さっていた精霊ルナの剣を手に取る。
「やっぱ慣れない剣は違うな」
右手に握るその剣を見て思わずつぶやくセイヤ。その剣は大業物級の価値があるのだが、つい使い慣れている双剣ホリンズと比べてしまう。
これまでも双剣ホリンズが砕かれることは何度かあったが、そのたびに聖属性で作り直していた。双剣ホリンズはセイヤにとって落ちこぼれ時代からの相棒でもあり、まさに愛剣だ。
そこでセイヤはふと思う。
「そう言えば俺はいつから聖属性を使っていた……」
ふと思った疑問。
「闇属性を思い出したときか? いや違う、死にかけた時だ」
それはダリス大峡谷での白虎との戦い。セイヤは雷獣とかした白虎の攻撃を受けて瀕死の状態にいたり、そこで初めて聖属性を使えるようになった。
「まさか死が引き金に?」
あり得ないと否定しようと思ったセイヤだったが、魔王モードの出現も同じく死が関係していた。だがそれはセイヤの死ではなく、当時は仲間だったユアの死だ。リリィとの戦闘においてユアが死に、そのあと傷心しきったセイヤも殺された。
なぜ死が関係しているのかわからない。もしかしたらそれは全くの偶然で、他に何か要因があるのかもしれない。けれども、セイヤは躊躇うことはなかった。セイヤの中には一つの仮説があったから。
「何をする気じゃ!?」
セイヤの行動を見て慌てて制止させようとする精霊ルナ。だが彼女が焦るのも無理はないことだ。なぜならセイヤはその手に握る剣を自らの胸に持っていき、今にもその心臓を貫こうとしているのだから。
「俺は自分の力を信じる」
「やめるのじゃ!」
精霊ルナの必死の静止もむなしく、セイヤはその剣で自らの心臓を貫いた。セイヤはその場に倒れこむと意識を失った。
セイヤが目を覚ましたのは謎の空間。だがそこがセイヤの深層意識の世界であり、ここに来れば何かが得られるとわかっていた。
(よう、いるんだろ)
(また来たのか)
(ああ。新たな力が欲しくてな)
(まだ力を求めると?)
セイヤの言葉にどこかあきれた声音で答える謎の声。しかしセイヤは構わずに話を続ける。
(お前もわかっているんだろ? 俺がどんな気持ちか)
(その言い草だと、俺が何かわかっているんだな?)
(なんとなくな。お前は俺が生み出した恐怖心だろ)
(そうだ)
その言葉の直後、セイヤの前に一人の少年が姿を現す。その少年は紅い瞳に白い髪をした筋肉質の少年、つまり魔王モードのセイヤだ。
(俺はお前の死に対する恐怖から生み出された存在。まだ弱かったお前が作り出した幻影だ)
思えば最初にその声がしたのはセイヤが例の施設で死に直面した時だった。そしてその声のおかげでセイヤは闇属性を習得し、自ら危機を脱した。それはリリィと戦った時の魔王モードの出現もだ。
(その死に対する恐怖ってのは他人の死でもいいわけか)
(そうだ。魔王モードの時はユアが死ぬことに恐怖を覚えたから俺はお前の声に応えた)
つまりその声はセイヤが『死』という事象に対する恐怖や喪失感を覚えた時に現れ、疑似的にその恐怖な喪失感に立ち向かうための一種の自己防衛であった。だからセイヤは常々その存在に飲まれることを覚えていたのだ。
けれども今は違う。それが何か、セイヤにはわかっている。そして今度はどのようなことに関する恐怖心化も。
(今の俺は夜属性という偉大な力を恐れているんだろ?)
(そうだ。その絶大な力におまえは気づきつつも、避けていた)
(なるほどな)
セイヤはそこでようやく納得した。なぜ精霊ルナに近付くにつれて、自らの中で魔王モードの声が大きくなっていったのかを。それは精霊ルナに近付くにつれて、夜属性という力の一端が見え始め、自らに制御ができるのかという不安が募り、飲み込まれてしまうのではという恐怖心があったから。
(じゃあ、もう大丈夫だな)
(なぜだ?)
(俺にはお前がいる。それにロナも)
(やめろよ、気持ち悪い。自分にそんなことを言われても嬉しくはない)
(それはそうか)
そう答えたセイヤの表情はどこか晴れやかだった。
(もう恐怖心はないようだな)
(まあな。確かに最初は世界を創ったりするような力に恐れを抱いていたのは事実だが、ロナの使う姿を見ていたらその恐怖心も消えた)
それは使用者が旧知の仲だったからというのも大きいだろう。ロナはセイヤを試すように攻撃をくわえつつ、決して致命傷を与えようとはしなかった。もしかすればセイヤはロナを夜属性と見立てることでその恐怖を乗り越えたのかもしれない。
何はともあれ、セイヤはもう一人のセイヤという恐怖心が生み出した幻影を恐れなくなったのだ。
(じゃあ俺はもうお役御免ってことだな)
(そうだ。わざわざ父親の姿に似せて現れたのに悪いな)
セイヤの父親キース=ルシファーはまさに魔王モードのセイヤと瓜二つ。それはダクリア二区を統治していた魔王ブロード=マモンの言葉からもわかるし、セイヤの有する幼少期の記憶からも確かだった。
(いや、この姿にしたのはお前だぞ)
(意識はしてなかったんだがな)
(無意識に父親の姿を選んだだろう。いつか越えなければいけない存在として)
(そうかもな)
そう言われればそうかもしれない。さすがはもう一人のセイヤだ。よくセイヤのことをわかっている。
(じゃあ俺は消えるとする。といっても、元々はお前だったんだがな)
(ああ、ありがとな。それとこれからもよろしく)
(お互いにな)
魔王モードのセイヤは光の粒となってその姿を消した。だがセイヤの中には確かに彼がいた。
セイヤが目を覚ます。その胸には傷どころか汚れ一つない。それどころかこれまでの戦闘で受けたすべての傷や汚れが無くなっていた。それはまるでその事実が消失させられたように。
「セイヤ、お主まさか?」
「さて続きをしようぜ」
そう言うとセイヤは両手にホリンズを生成して、ロナのことを見据えた。




