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落ちこぼれ魔法師と異端の力  作者: 高巻 柚宇
5章 大魔王襲名編
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第252話 温もり

 ロナに抱きしめられることで得られた抱擁感はとても心地の良いものであった。幼き日に母親に抱き着いて得られる安心感や充足感のようなものだ。それはセイヤにとって長年得られなかったものであり、心のどこかで求めていたもの。


 育て親ともいえるエドワードにはずいぶん良くしてもらった。だがエドワードではセイヤのこの欲求を満たすことができない。それは過ごしてきた時間が圧倒的に違ったから。


 逆にロナはこれまで十年近い空白の期間があったにもかかわらず、いともたやすくセイヤに安心と充足を与えてくれた。その理由として、幼少期を共に過ごしたことが大きいだろう。セイヤにとってロナは無条件に自らをさらけ出し、身を任せられる存在なのだ。


 だからこそセイヤは思ってしまう。もう何もしなくていいのかもしれないと。


 これまでセイヤは必死に生きて来た。闇属性というレイリアにおいて異端の力を持つがゆえに危険な経験が多々あった。そしてセイヤはそれらの危険を生き残るため、あるいは仲間を守るために乗り越えて来た。もちろんその根底にあったのは死にたくないという欲求だろうが、同じくらい自らの居場所を失いたくないと思ってきた。


 セイヤには無条件に受け入れてくれる居場所がなかった。もっと正確に言えば、セイヤが安心していられる居場所がなかったというべきだろう。もしセイヤがそう口にしたら、ユアやリリィは即座に否定するだろう。たとえセイヤが駄目な人間でも、セイヤを無条件に受け入れてくれると言ってくれるだろう。


 だがそれではダメなのだ。彼女たちはセイヤの落ちこぼれ時代を知らない。アンノーンと揶揄され、周りから見下されていたことを知らない。二人が落ちこぼれ時代のセイヤを見たら、幻滅してセイヤの下を離れて行ってしまうかもしれない。


 そんな不安が常にセイヤの心のどこかにはあった。それは心のどこかでセイヤが彼女たちを信じ切れていないだけなのだが、セイヤにとっては重大な問題だった。だからロナと出会って、昔のことを思い出し、無条件に受け入れてくれたことが嬉しかった。もう無理をしなくていいと言ってもらえて嬉しかった。


 ロナなら弱い自分を受け入れてくれる。姉のような存在であるロナならどんなセイヤでも受け入れてくれる。そんな確信がセイヤにあったからこそ、セイヤは停滞を受け入れてもいいと思ってしまった。


 「なあロナ、さっき言っていたアーサーたちの狙いって何なんだ?」

 「聞いたら後悔するかもしれないぞ?」

 「そんなにやばいのか?」

 「そうじゃのう、できれば話したくはない」


 ロナの顔に浮かぶ儚さ。おそらくこの話はかなり奥が深いのだろう。


 「じゃが、もし聞きたいなら話してやるぞい」

 「なら、やめておく」

 「そうか?」

 「ああ、昔からロナがはぐらかすときは聞かない方がいいことばかりだからな」

 「そうじゃの」


 ロナの人柄を知っているセイヤはその話を聞くことを拒んだ。別に今すぐ聞かなければならないというわけでもない。もしそれが大事なことならロナははぐらかさずに答えてくれるはずだ。だからその時が来るまで聞くのはやめておこうとセイヤは思った。


 「なあ、セイヤ」

 「ん?」

 「お主はどんな風に生きて来たんだ?」


 今度はロナからセイヤに対する問いかけ。


 「どういうって?」

 「妾は精霊ゆえにこの世界から出れぬ。じゃからお主がどのようにしてここまで来たのか知りたいのじゃ」


 姉のような存在であるロナにとって、弟のセイヤがどのような生活を送ってきたのか気になるところ。だからセイヤは記憶があるところから自分の軌跡を辿るように話し始める。


 まずは路頭に迷っていたところをエドワードに保護されたこと。そのエドワードから魔法を習い、魔法学園に入学したこと。だがその魔法学園では記憶がないためにアンノーンと呼ばれ、周りからみくだされていたこと。それでも街の人との交流を通して楽しく生きてきたこと。


 「すまぬ」


 そこまで話したところで、ロナが不意に謝罪の言葉を発する。それは姉として弟に辛い人生を送らせてしまったことに対する謝意だろう。けれどもセイヤはかまわずに話を続ける。なぜならその先の方がロナに伝えたいことがいっぱいあったから。


 ある日クラスメイトたちと誘拐されて死にそうになったこと。そこで記憶の一部と闇属性を思い出し、ユアという少女に出会ったこと。ユアとともにあのダリス大峡谷に行き、水の妖精であるリリィと契約したこと。そしてユアの家である特級魔法師一族のアルーニャ家で世話になっていること。


 「アルーニャ家」

 「どうしたんだ?」

 「うむ、偶然か必然かと思ってのう。話を続けてくれ」

 「ああ」


 途中、ロナの不思議な反応を挟みながらもセイヤは話をつづけた。


 ユアたちと共に新しい魔法学園に入学したこと。そこでセレナたちと出会ったこと。彼女たちと戦い、互いに分かり合えたこと。そしてセレナの母親がダクリアに連れていかれ、みんなでダクリアに乗り込んだこと。その経験を通して更なる絆が深まり、夢であったレイリア魔法大会に出場できたこと。しかし再びダクリアと対峙することになり、結果的にセイヤは特級魔法師になったこと。だがその結果、聖教会の暗殺の対象となってしまい、聖騎士アーサーと対峙する羽目になったこと。


 「それは災難だったのう」

 「ああ。でもおかげで父親について知ることができた」

 「キースのことか」

 「ああ。それにロナにも会えた」


 アーサーに連れられてギラネルのもとを訪れたこと。闇属性の上位に位置する夜属性を手に入れるために動き出したこと。そして今に至ると。


 セイヤは覚えている限りのことを全て話した。ロナはその話に嬉しそうに耳を傾けた。そしてセイヤが最後に付け足す。


 「ロナに皆を合わせたい」


 その言葉はセイヤがしっかりと生きて来た証をロナに見せたいという願いだった。しかしロナの言葉はセイヤの期待するのも出はなかった。


 「残念じゃが、それはできぬ」

 「どうしてだ?」


 セイヤが困惑の表情を浮かべる。ロナはセイヤの願いをできる限り聞いてくれる優しい姉であり、セイヤはそんなロナに甘えて来た。だからなぜできないのかわからない。


 「セイヤ。もうお主は戦はなくてよい。そして元の世界に変える必要はない」

 「何を言っているんだ?」

 「外の世界は近いうちに滅びる」

 「どういう意味だよ、それ」


 ロナの言葉に驚きを隠せないセイヤは後退りしながらロナと距離を取る。彼女は何と言った、正解がじきに滅びる? どういう意味なのかセイヤには理解できない。


 「そのままじゃ。偽りの世界が終焉を迎える。じゃがお主はもうその歯車である必要はない。ここで生きていけば何も恐れる必要はない」

 「偽りの世界? ならユアたちはどうなるんだ?」


 偽りの世界も気になったが、それ以上にユアたちがどうなるのかの方がセイヤにとっては重大なことだ。


 「セイヤが望むのであればこの世界に連れて来よう。じゃが聖騎士たちは無理じゃ」

 「どうして?」

 「あやつらこそが動乱を引き起こそうとする元凶であり、お主を終焉の切り札に据えようとしているのじゃ」

 「なんだよ……それ……」


 ロナから語られた真実にセイヤは言葉を失った。

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