第27話 アクエリスタン
朝日が照らす中、暗黒領の上空を一頭の大きなドラゴンが飛んでいた。
ドラゴンは雲一つないきれいな青空を悠々と進み、目的地であるレイリア王国アクエリスタン地方を目指している。
そしてそのドラゴンの背中には三人の人影があった。セイヤ、ユア、リリィの三人だ。
三人はリリィの作り出した限界まで強化したドラゴン、通称ゲドちゃんの背中に乗ってレイリア王国を目指していた。
「すごいな」
「さすがリリィ……」
「でしょ! セイヤたちには負けちゃったけどゲドちゃんは強いんだよ!」
ゲドちゃんの眼下に広がる風景は、すでにダリス大峡谷ではなく、ところどころに草木がおおいしげる黄土色の土ばかり。
そこからアクエリスタンが近づいてきていることがわかる。
「かなり近くなってきた……」
「本当か?」
「うん……」
「なら飛ばすよ! ゲドちゃん、お姉ちゃんの故郷まで急いで!」
オオオオンン‼‼‼‼
リリィの言葉にゲドちゃんが元気よく答えると、ゲドちゃんの飛ぶ速さが速くなった。
ちなみにリリィがユアのことをお姉ちゃんと呼んでいる理由は、単にユアがお姉ちゃんと呼べとリリィに言ったからだ。
最初こそ戸惑っていたリリィだが、今では慣れてしまい、ユアもお姉ちゃんと呼ばれるたびに、うれしそうな表情をしている。
大空をはばたくゲドちゃんの背中の上で、セイヤはダリス大峡谷から出た時のことを考える。
セイヤたちはどうやってダリス大峡谷から抜け出したかというと、リリィが作り出したゲドちゃんの背中に乗ってだ。
孤島の上には天井があると思われていたが、実際には天井などは存在せず、川や湖が反射して作り出した一種の幻覚のようなものであった。
つまり普通に飛んで、抜け出せたのだ。
しかしそれはリリィがいたからであり、もしリリィがいなかったらどうなっていたか、わからない。
そんなことを考えていたセイヤの視界に、レイリア王国が見え始める。
「あれは……」
「やっと着いた……」
「本当だ!」
一斉に喜ぶ三人。無理もないことだ、なぜならならセイヤとユアにとっては久しぶりの故郷であり、リリィにとっては興味深い外の世界である。騒ぐなというほうが無理な話だ。
三人はこのままゲドちゃんの背中に乗ってレイリアまで行きたかったが、さすがにそれは自重する。
もし大きなドラゴンが急に現れたらレイリア王国中が大パニックになってしまうため、近くの森までゲドちゃんを低空飛行させて見つからないように降り立つ。
そしてそこからは徒歩だ。
一時間ほど歩くと、遂にレイリア王国の壁が見えた。あとはその壁を伝って門まで行けばレイリア王国内に入ることができる。
三人はさらに壁を伝って歩くこと一時間、やっと門に到着する。大きな門には槍を持った門番らしき男の兵が二人いて、あたりを警戒していた。
セイヤたちが門に向かって歩いていくと、門番たちもセイヤに気づき槍を構えて戦闘態勢に入り、大声を張り上げた。
「止まれ! お前らいったい何者だ?」
「身分を証明するものを提示しろ!」
門番たちはセイヤたちが何者か、そしてどこの誰か、を言うようにと言ってきた。
何者かと言われればセイヤはウィンディスタン地方オルナの街に住む魔法師でセナビア魔法学園に所属しているといえばいいのだが、残念ながら身分を証明できるものがない。
セイヤの身分を証明できるものと言ったら、おそらくセナビア魔法学園の保健室に落ちているか、または教室においてあるかだ。
「えっと、今身分を証明できるものがなくて、一応この国の魔法学園の生徒なんですが」
「そんなことを信じられると思っているのか? こっちは連日多発している人さらい事件で警戒が厳しい。そんな中で身分を証明できるものがないから通せと言われて、素直にはい、そうですかと言えるわけがないだろう」
門番の言っていることは道理にかなっていた。
「そうだ、まずは手を上げて抵抗がないという意思を示してもらおうか。それにお前らみたいな子供が暗黒領から来た理由も聞かなくてはいけない」
見た目が少年のセイヤに、絶世の美少女ユアと絶世の美幼女リリィ、はたから見たらただの子供。
そんな子供の魔法師が暗黒領から歩いて来るということが、まず信じられない。門番たちは、セイヤのことを睨むと、言う。
「まずは身体チェックだ」
「手を上げろ」
セイヤは門番のその言葉に違和感を覚えた。なぜなら話している相手はセイヤだというのに、二人の目はユアとリリィに向いていたから。
その時、セイヤは男たちの狙いに気づいた。
「本当に必要なのか?」
「なに!? お前は俺たちに逆らうのか?」
「俺たちに逆らったらどうなるかわかっているのか? 俺たちの報告次第でお前らの対処が変わるんだぞ」
セイヤは確信する。
二人の門番は身体チェックという名目の下、ユアとリリィの体に触ろうとしているのだ。
門番たちも男である。目の前に見たこともない絶世の少女や幼女がいたら、我を忘れて触りたくなってしまっても仕方がない。
しかし、そんなことをセイヤが許すわけもなく、一歩踏み出そうとする。だがその直前で、ユアがセイヤのことを止めた。
「ユア?」
「任せて……」
門番たちの前に一歩踏み出すユア。
門番たちは素直に身体チェックを受ける気になったと誤解し、ユアに近づき今にもその肉体に触れようとする。
「私はユア=アルーニャ。アルーニャ家長女……」
「はっ? アルーニャ家って……」
「あのアルーニャ家か?」
「そう……」
ユアが門番たちの質問を肯定すると、門番たちは五秒ほど硬直し、急に態度を変えた。
「こっ、これは失礼しました。すぐに中にお通しします」
「馬車を準備するので少しお待ちください。申し訳ありませんでした」
ユアが自分の名前を言った瞬間、門番たちの態度が百八十度変わったことに、セイヤとリリィはお互いの顔を見ながら首をかしげる。
先ほどまで優位に立っていたはずの門番たちが、今ではユアに仕える僕のように動き出したのだ。
「なあリリィ、ユアって何者だ?」
「わかんない! セイヤは知らないの?」
「いや、俺も知らない」
そんな風にこそこそと話す二人に、一人の門番が槍を構えて言う。
「お前らは何者だ?」
「その二人は私の連れ……だから問題ない……」
「しっ、失礼しました。お二人も中へどうぞ」
ユアが連れというと、門番たちの態度が、また態度が百八十度変わった。
マジでユアは何者なんだ? と思うセイヤとリリィだったが、聞くにしても聞くタイミングがいまいちわからない。
その後、三人が門の中のベンチに座って三十分くらい待つと、馬車が現れた。
その馬車は見るからにして高級なのがわかり、VIPや要人が乗っているような馬車である。
何度目かの、マジでユアは何者なのだ? と思うセイヤとリリィ。その答えがわかるのは少し先のことだった
ちなみに馬車を待っている間、セイヤの隣で、セイヤの両腕に安心しながら抱き着くユアとリリィの姿を見た門番たちが、羨ましそうにしながらも、嫉妬のまなざしを向けていた。
セイヤは当然そのことに気づいていたが、あえて気づいてないふりをしていた。
馬車に乗り込むと中は四人用の広い個室になっていた。
セイヤが一番奥に座り、ユアがセイヤの横に、リリィがセイヤの正面に座ると、馬車が動き出す。
その際、先ほどの門番たちが深々と頭を下げながらも、怒りに震えていたことは誰も知らない。
馬車が走り出して少しすると問題が発生する。
それはユアが横に座るセイヤの手を握ったことが発端だ。ユアの行動を見たリリィがセイヤの正面からセイヤに膝の上に移動する。
「おい、リリィ?」
「お姉ちゃんはセイヤの隣に座っている! だからリリィはセイヤの上!」
「危ないから正面に座れよ。つかユア、手を強く握るの、やめてくれない? 痛いから」
「これは愛の表現……」
「じゃあリリィも愛の表現!」
別にリリィは重くないため、セイヤとしてはどっちでもよかったのだが、右手に感じる圧力がどんどん増していき、セイヤの右手がめきめきと悲鳴を上げていた。
心なしか、ユアの手から光属性の魔力まで感じる。
「ちょっ、ユアさん!?」
「大丈夫……」
「いや、大丈夫じゃなくて……」
「大丈夫……」
そんなことをしながら、馬車はとても長い時間をかけて目的地へと到着した。
一体どれほどかかったかセイヤは覚えていないが、太陽の高さから、今が大体昼頃だろうと予想する。
そしてセイヤたちが馬車から降りると、そこにあったのは大きな城だった。




