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落ちこぼれ魔法師と異端の力  作者: 高巻 柚宇
5章 大魔王襲名編
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第245話 少女の決意

 先を目指すセイヤとギラネルを見送ったアーサーは今なお上空に留まる青龍を見据えながらも、その背後で捨てられた子猫のようにブルブルと震えるダルタに意識を向ける。別に視線を向ける必要はなかった。視線を向けるまでもなく、ダルタがどんな状態にいるかが分かったからだ。


 「まったく、これくらいでビビるのは今回だけにしてほしいね」


 アーサーが困ったようにつぶやいた。しかしその言葉はあまたの経験を積んできたアーサーだからこそ言うことができる言葉であり、まだ経験の浅いダルタに同じことを要求するのは酷というものだろう。


 そんな二人を行儀よく見ているはずのない青龍は二人向かって青い魔方陣を展開した口から再び水のブレスを放つ。アーサーは迫りくる青龍のブレスを光属性の魔力を乗せた斬撃で撃ち落とすと、そのまま一気に跳躍して青龍迫る。


 アーサーの斬撃によって飛び散ったブレスの水が数滴ほどダルタの頬にかかる。


 「ひゃっ!?」


 数滴の水が頬に触れただけだというのに、まるで目の前に幽霊が出たかのように体を震わせるダルタ。その様子を見るにダルタがこの戦闘で役に立つとは思えない。


 (助けて……助けてよセイヤ……)


 自分の手を祈るように重ねながら震えるダルタは心の中でひたすらセイヤの名前を呼んだ。別に心の中で呼んだからと言ってセイヤがこの場に現れるとは思っていない。なぜならセイヤは先ほどダルタを置いて更なる試練に向かったのだから。


 だからといってダルタはセイヤを攻めようとは思わない。ただセイヤの名前を心の中で唱えることで自分を落ち着けようとしているだけだ。


 だがなぜ自分がセイヤの名前を呼んでいるのかはダルタにもわからない。この恐怖の中で最初に浮かんだ名前がセイヤであっただけ。その名前はただの名前ではない。その名前を唱えることで、ダルタは今にも気を失いそうな恐怖の中で何とか意識を保つことができていた。


 「ちっ、まだ戻ってこないか」


 震えているダルタを遠目から視界にいれたアーサーは多少のイラつきを覚えながら青龍と戦っている。そのイラつきの原因はもちろん今も恐怖におびえているダルタだ。けれどもそのイラつきはダルタがこの戦いで役に立たないからというわけではない。むしろ役に立つからこそ、戦おうとしないダルタが許せなかった。


 「ダルタ、お前はこの程度の相手にビビる器じゃねぇ!」


 青龍の顔面を聖剣エクスカリバーで打撃しながら叫ぶアーサー。顔面を殴られた青龍を怒りの咆哮と共にブレスを放つが、アーサーの斬撃の前に散ってしまう。そして距離を取るように青龍がさらに上昇すると、アーサーは距離を取った青龍に向かって無秩序に魔力を撃ちながらダルタの傍に着地した。


 「おいダルタ、聞いているか」

 「は、はい!」


 怒気の籠ったアーサーの呼びかけについ反応してしまうダルタ。その瞳には涙が見える。


 「お前はここに何をしに来た」

 「え?」

 「だからお前はここに何をしに来たと聞いているんだ」


 そう言えば自分は何をしにここに来たのか。アーサーの問いかけに考え込むダルタ。


 最初は特級魔法師となったセイヤの使用人として最初の任務であるアーサーへの届け物に従事するためだ。けれども実はその任務の裏には聖教会が扱いきれない力を持つセイヤの暗殺が計画されていて、その執行人となるはずだったのがアーサー。だがその執行人であったはずのアーサーは実は味方であり、現在のダクリアを治めるギラネルに会いに行って、そこから今度はこのキレル山脈を訪れた。


 「あれ、私はどうしてここまで来たんだろう……」


 自分でもわからなくなってしまうダルタ。


 (私がセイヤの使用人だから? いや違う。いくら使用人だからと言って、ここまで来れるとは思わない。それにセイヤは私を使用人としては見ていない。ならどうして私はここまで来たの? 逃げ出すことだってできたじゃない。それにたとえ逃げ出してもセイヤは咎めないって知っていたはず。ならどうして私はここまで来たの?)


 自らに問うと同時に、ここ最近の出来事が走馬灯のようにダルタの頭の中を駆け巡る。それらの出来事はダルタが経験してきた中で新鮮な体験ばかり。普通の人が聞けばその異常さに腰を抜かすかもしれない。でも、ダルタにとっては大切な思い出ばかりだ。


 (ああ、そうか……)


 ダルタは思い出したように理解する。答えは簡単だった。


 「私は、私はセイヤの力になりたくてここまで来たんだ」


 それこそがダルタがここまで来ることのできた原動力。聖教会の職員で使用人となるはずだった自分を対等な存在として扱ってくれたセイヤ。自分の過去に向き合ってくれて、両親の仇を打つことに手を貸してくれたセイヤ。そしてポンコツメイドだった自分を信じて頼ってくれたセイヤ。


 そんなセイヤの力になりたい。


 そう思った瞬間、不思議とダルタの体の震えが止まった。もう魔獣に対する恐怖なんてない。セイヤは言ってくれた。自分ならできると。なら、そんなセイヤの期待に応えたい。


 「行けます!」


 決意を感じ取らせるたくましい表情で青龍のことを見据えるダルタ。そこにはさっきまでの恐怖におびえる姿は微塵もない。これこそがアーサーの知るダルタという少女の強さだった。彼女にとって、恐怖は乗り越えることのできる些細な壁だ。


 ダルタは青龍なんて比にならないほどの絶望を経験して来たのだから。


 (ふん、それでいいんだよ)


 アーサーはダルタという少女を知っていた。いや、やっと思い出したというべきだろう。二人は過去に一度会っている。しかしお互いにその出来事を忘れていただけだ。といっても、ダルタの方は思い出せていないようだが。


 (時が経つのは早いものだな。あの小娘がこんなに立派になるとは)


 どこか懐かしそうにダルタのことを見つめるアーサー。だが思い出に浸るのはここまでだ。まだ目の前には強敵がいる。


 わずかに笑みを浮かべたアーサーがダルタに問う。


 「いくぞ?」

 「はい!」

 「足を引っ張るなよ」

 「はい!」


 こうして恐怖を乗り越えたダルタはアーサーと共にはるか上空から二人のことを睨む青龍と対峙するのであった。


おそらく明日は体力的にとても短い話になると思います。

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