第243話 迷宮
「はえ~なにこれ~」
薄暗く冷たい空気が漂うその空間に間の抜けた声が響いた。その声の主であるダルタは周囲をキョロキョロと見渡しながら再び間の抜けた子を出してしまう。
しかしダルタがそのように反応してしまうのも無理のないことだ。
周囲に広がる光景は石畳を敷き詰められた道に規則正しく積み重ねられたレンガの壁。そして天井には魔法陣を展開している人々と見たことのないような動物が描かれている。そこをわかりやすく表現するのであればよく整備された通路であろう。
「ここが別の世界……」
「はい。驚かれたかもしれませんが、紛れもない事実です」
無意識のうちにセイヤの口から出たつぶやきに対してフォローするように応えるギラネル。初めて見る光景に落ち着かない様子のセイヤやダルタ。そんな二人とは対照的に、アーサーとギラネルは全くといっていいほど動じてはいなかった。
「なんていうか、まるでどこかの遺跡だな」
周りの構造を一通り見渡したセイヤの口から出た感想は遺跡のような建物だった。確かに石畳が敷き詰められた地面に規則正しく積み重なられたレンガ、そして天井に広がる謎の絵画は遺跡のような印象を抱かせる。加えて薄暗さがまた遺跡らしさを際立せていた。
「聞くところによると、ここはとある古代遺跡をモチーフにしたみたいです」
「そうなのか?」
「そうだぜ。ま、古代遺跡といわれてもピンと来ないだろうが」
「確かにな」
アーサーの言葉に同意するセイヤ。レイリア王国において、古代遺跡といわれるような建造物はほとんどと言っていいほど存在しない。仮に存在するとしても、そこは聖教会が厳重に管理しており、一般の人々が入ることはできない。
一般人が入ることが許されるのはせいぜい幼少期の遠足で行くような比較的新しい遺跡のみだ。
「でもまあ仕方がない事なんでぜ」
「どうしてですか?」
そこでダルタが疑問をぶつける。
「それはそうさ。なにせ古代遺跡ってのは古代の人々が建造した建物で、当然その中には創魔記と矛盾するような証拠が存在するからな。下手に公開してそういうのを見つけられるよりは見せない方が手っ取り早いからだ」
「あ、なるほど」
今でこそダクリアの存在が普通になっているダルタにとって、レイリアではダクリアの存在が秘匿されている事実など頭の片隅にも引っかからないほどの些細なことだった。確かに改めて考えてみると、古代遺跡を一般公開するのはそれなりにリスクが伴う。
「ま、あとは普通に危険だからっていうのもある」
「危険なのか?」
「当たり前だろ。古代遺跡だぞ? 何が出るかわかったもんじゃない」
アーサーの口ぶりからするに、彼女はいくつかの古代遺跡を探索した経験があるのだろう。
「あと言っておくが、一応ダリス大峡谷も古代遺跡の一つだからな」
「そんな事実初めて聞いたぞ」
「だろうな。もしあそこは古代遺跡だと発表すればどこぞの馬鹿どもが探索に行くからな」
「そういうことか」
アーサーの含みのある説明に納得するセイヤ。この時セイヤはとある事件を思い出した。
それはかつてダリス大峡谷にウンディーネがいるという噂を聞き付けた冒険者たちがダリス大峡谷の探索に出かけた結果、全滅したうえに魔獣たちがフレスタン地方を襲ったという話だ。レイリアではかなり有名な話で、これを聞いて幼少期はダリス大峡谷に行ってはいけないものだと教えられたものだ。
「それにあんな場所にあるから聖教会も容易には管理できないか。確かにそれなら古代遺跡と言わない方が得策だな」
ダリス大峡谷を実際に訪れたことがあるセイヤだからこそ身にしみてわかること。あのような僻地を厳重に管理するとなると、かなりの負担になる。それにあんな場所の警備に進んでいきたいと思う輩もそうそういない。それならただの恐ろしい場所と言っておく方がはるかに効率が良かった。
「ま、それ以外にも理由があるんだけどな」
「そうなのか?」
「ああ。あそこは他の遺跡とは少しだけ違うんだ。だから聖教会もどう扱っていいか長年決まらない」
「大変だな」
聖教会も聖教会で一応は苦労していると思ったセイヤ。しかし自分を殺そうとした人々に対して同情はできなかった。
なんだかんだ話しながら進んでいるうちに少し開けた場所に出る。それまでの狭く薄暗い通路とは違い、一辺十メートルほどの開けた空間であり、壁にはたいまつが掛けられており部屋を照らしている。
「これは……」
たいまつを見たセイヤが不審に思う。どうして人がまず来ないようなキレル山脈の奥地にある入り口から入るような空間に真新しいたいまつが掲げられているのか。
だがそんな疑問をアーサーがすぐに解決する。
「どうやら招かれているらしいな」
「招かれている? ここの主にか?」
この世界でセイヤたちを招くことができるのはセイヤが戦うことになっている主だけだろう。
「そんな感じだ」
「本来はこの無限回廊のような迷宮を探索したのちに辿り着くことができる部屋なのです」
「つまり相手もセイヤと戦うことを望んでいるってことですか?」
「それは違うな」
「違うのですか?」
アーサーの答えに対して首をかしげるダルタ。
「無駄ってことか?」
「ご名答だ、帝王」
「無駄ってどういうこと?」
「簡単な話さ。アーサーとギラネルの前ではほとんどの妨害工作が小細工でしかない。それならば最初から本命をぶつけた方が早いって話だ」
そう言いながらセイヤが見据える先は部屋の奥にある大きな扉。扉の向こうからひしひしと伝わってくる威圧感が肌をひりつかせる。
「あの先にいるのがここの主の最大戦力ってことであっているか?」
扉の先から伝わってくる猛々しいその圧は獣を連想させる。ここの主が精霊ということを考えると、そこにいるのは主というよりその主が使役する魔獣だろう。
「正確には少しだけ間違っています」
「どういう意味だ?」
「この先にいるのは紛れもないこのキレル山脈の主です」
「じゃあ精霊なのか?」
どこか信じられないと言った表情のセイヤ。だが事情が複雑なだけだった。
「ま、わかりやすく言えば帝王が相手にしなきゃならない精霊がキレル山脈にいた元々の主を手懐けたってところだ」
「そういうことか」
どこまで破格な精霊なのだと思うセイヤ。
「とりあえず招待されているみたいだし行くぞ」
そう言って大きな扉を開けるアーサー。視界に入ってきたのはそれまでいた部屋の百倍ほどの広さを持った空間。そしてその中心付近を蠢く青い胴体を持った巨大な龍だった。
次回から本格的に戦闘が始まり、5章も終わりに近づいていきます。




