第26話 新たな仲間
「セイヤ……」
とても悲しそうな表情で、セイヤとセイヤの上に馬乗りになっているリリィを見つめるユア。
セイヤの上に馬乗りになっているリリィとキスをしているセイヤの姿は、どう見てもアレである。
「ユア……」
セイヤはリリィの唇から自分の唇を離し、ユアの名前を呼ぶが、ユアは返事をせずに顔を背けて、水のない湖の方へと走り出す。
「ユア!」
セイヤはすぐに自分に馬乗りになっているリリィのことを降ろして、ユアの腕を掴んだ。
「離して……」
ユアが静かに言った。顔はセイヤのほうを向いていないため、どのような表情をしているかわからなかったが、悲しがっていることはセイヤにわかった。
「ユア待ってくれ」
「セイヤも裏切った」
「裏切ってねーよ」
「裏切った……ほかの子とキスしていた……」
「あれは俺も驚いた」
再び駆け出そうとするユアの腕をセイヤはしっかりとつかんでいる。ユアは必死にその手を振りほどこうとしたが、体に力が入らず振りほどけない。
なぜユアがそんなことを言い出したのか、セイヤには理解できなかった。
それでも、セイヤはこの場で自分の気持ちを素直に告げないと後悔すると思い、自分の思いを告げる。
「俺は……俺はユアしか見てない」
それはセイヤの本当の気持ち。
ユアは、落ちこぼれで誰も必要としてくれなかった自分のことを必要としてくれた。最初は不純な理由かもしれない。だけど、それでも自分のことを必要にしてもらえてうれしかった。
そして初めて自分が信頼されたと感じたとき、セイヤは心の底から嬉しくなった。
そしてユアのことを失った時、初めて自分がユアに惚れていたのだと、理解させられた。
だからセイヤは自分の思いを告げる。
「俺はユアのことが好きだ」
自分の心情を吐露するのは恥ずかしかったが、セイヤはここで思いを伝えずにいつ伝えるんだと考え、自分の思っていることを素直に口にした。
しかしユアはそれでもセイヤのほうを振り向かずに言う。
「嫌がってなかった……」
「それは……」
「やっぱりそう……」
セイヤのほうを振り向いたユアの顔は泣いていた。
セイヤがユアに会ってから、初めてこんなにも感情が表に出るのかと思うくらい目は赤く、たくさんの涙があふれている。
ユアもセイヤのことが好きだった。
確かに最初は利用できる道具程度にしか思っていなかったが、一緒に修羅場を潜り抜けていくうちに、次第に信頼できるようになっていった。
そしてその思いは信頼から恋愛に変わっていき、ユアはセイヤのことが好きなったのだ。
だからセイヤがリリィとキスしているところを見て、心がムシャクシャした。そしてどうすればいいか、わからなくなってしまったのだ。
「私はセイヤを信じていた……でも裏切った……」
「ユア!」
セイヤはユアのことを力強く抱きしめる。ユアは最初こそ拒絶の意思を見していたが、時間が経つにつれて、体から力を抜いていき、その身をセイヤに委ね始める。
思い人に抱かれる心地は気持ち良かった。
そんなユアの耳元で、セイヤがささやく。
「俺はユアのことが好きだ」
「本当……?」
「ああ、本当だ」
セイヤの言葉から嘘は感じられない。
ユアはセイヤの言葉を聞くと、セイヤの頬を右手で触り、ゆっくりと自分の唇をセイヤの唇へと重ねた。
二人は一度軽くキスをすると、次はさらに濃厚なキスを始める。
そしてユアの背中を抱くセイヤの手が、移動を始めようとした、その時、二人の時間は強制的に止められた。
「お取込み中悪いのだけど、ちょっといいかしら?」
濃厚なキスをしていた二人は体をビクッさせて声がした方向を見る。
そこには二人の愛の形をジト目で見る妖艶な女性リリィがいた。二人は慌てて離れるが、その際に二人の唇から光る一本の糸をリリィは見なかったことにする。
「お前は……」
「待て、ユア。大丈夫だ」
リリィの姿を見たユアが、遅れてだが戦闘態勢に入ろうとしたので、セイヤは慌ててユアのことを止める。
「でも……」
「大丈夫だ。リリィは自分の魔力の供給源を守るために戦っていただけで、俺と契約した今はもう敵じゃない。むしろ今は俺らの仲間だ」
「本当なの?」
セイヤの話を聞いても、ユアはリリィに対して警戒を解かない。
無理もないことだ、今ユアの目の前にいるリリィは自分のことを一度殺した張本人であり、このダリス大峡谷の主でもあるのだから。簡単に信じろというほうが無理な話である。
そんなことはセイヤも知っているため、順を追って説明をするしかない。
「リリィは本当に俺らの仲間だ。そうだろリリィ?」
「ええ、今の私はセイヤ君と契約した妖精。この身は契約が消えるまでセイヤ君に仕えるわ」
「でもお前は……」
「わかっている。私がしたことはたとえ自分の身を守るためとはいえ、ユアちゃんに悪いことをしてしまったわ。だから謝るわ、ごめんね」
ユアに向かって頭を下げるリリィ。
その姿は先ほどまでの圧倒的な強さを誇るウンディーネとは違い普通の女性だった。リリィの言葉からは悪意や欲望などは全く感じられず本当にセイヤに仕えているのだとユアは理解する。
「わかった……」
「ユア」
「ありがとうユアちゃん」
「セイヤが決めたことだから仕方ないだけ……」
ユアは少し顔を赤らめながらうつむく。
その姿から、セイヤとリリィにはユアが恥ずかしがっているように思えた。そこでユアがハッと気づいたようにセイヤに聞く。
「でも人間は完全契約出来ないはず……どうやったの?」
魔法師は妖精や精霊と完全契約はできない。
それは魔法師ならだれでも知っている周知の事実で不変の事実だった。
完全契約の際に魔法師と妖精や精霊と交換される魔力の量は膨大であり、人間はその魔力に耐えられない。
人間は妖精や精霊たちから魔力を受け取る際、その膨大な魔力を受け切れられずにパンクし、逆に人間が魔力を渡す際は膨大な魔力をとられるためすぐに魔力欠乏症になってしまう。
そんな状態では、たとえどれだけ強力な魔力を仕えたとしても意味がない。
過去にはどちらかの問題をクリアした者もいたのだが、結局もう片方の問題に耐えられずに死んでしまうか、契約を解除するかのどちらかになっていた。
なので、レイリアでは精霊との契約と言ったら一般的に魔力を献上するかわりに力を分けてもらう部分契約が主流なのだ。
といっても、妖精や精霊たちと部分契約を結んでいる魔法師も少なく、レイリア王国ではほとんど妖精や精霊たちと遭遇することはできない。
そもそも妖精や精霊たちと遭遇することが難しいこの世界で、契約を結べるものはほんの少しだけだ。
たとえ契約したとしても、得られる力は献上した魔力の割に合わない魔法ばかり。だから契約する魔法師などほとんどいない。
なので、セイヤがリリィと完全契約したということは大ニュースである。
「セイヤすごい……」
「あぁ、ありがとな」
「ちょっと私の夫といい雰囲気を作らないでくれるかしら?」
「はっ?」
「どういうこと……?」
リリィの言葉で、その場の空気が一瞬にして固まる。
セイヤは「何を言っているのだ、こいつ?」と言いたげな目をしていたが、リリィは何のためらいもなく言う。
「だって契約したってことはずっと一緒ってことでしょ? それに私はもうセイヤの体がないと生きていけないもの。あの熱くて気持ちいい感覚、もう忘れられないわ。どうやって責任とってくれるの、セイヤ君?」
「熱くて気持ちいい……」
「お前何言っているんだ!?」
「本当のことよ」
リリィの言っていることはセイヤと契約した際に感じられたセイヤの魔力であり、確かにリリィはセイヤなしでは生きていけない。
しかし大事な単語を省いているうえに、ややこしい説明でユアはリリィに妙な対抗心を持ってしまう。
「セイヤは私の夫……キスもした……」
「キスなら私もしたわよ?」
「あれは違う……無理やりはだめ……。だから私が妻……あなたは愛人で我慢して……」
「ふふっ、愛人もいいわね」
ユアがすでに自分の存在を認めてくれていることに、笑顔を浮かべるリリィ。
「なら私が妻……決定……」
「じゃあ改めてセイヤ君の愛人のリリィよ。よろしくねユアちゃん」
「よろしく、リリィ……」
とんとん拍子に進んでいく二人の会話に、セイヤはついていけなかった。
しかしユアとリリィの二人が満足しているならいいかと思い何も言わないことに決める。決してセイヤが、ハーレムがいいと望んだとか、美少女に囲まれていいなと思ったわけではない。
セイヤとユアの新たな仲間となった水の妖精ウンディーネのリリィ。
三人になったセイヤたちの次なる目標は、アクエリスタンへの帰還だ。ちょうどダリス大峡谷の中心にいるセイヤたちは、すでにアクエリスタンを目前にしている。
「さてと、それじゃあレイリア王国に帰るか」
「うん……やっと帰れる……」
「どんなところなのか楽しみね。改めてありがとうね、セイヤ君ユアちゃん。私たちを外の世界連れ出してくれて」
セイヤとユアに対して再び深々と頭を下げるリリィ。
「気にするな」
「そう……もう仲間なんだから気にしないでいい……」
「二人とも」
二人の言葉に、リリィが涙を流し始める。
「ありがとう。セイヤくん大好き!」
「むっ……」
リリィはもう一度お礼を言って、セイヤに抱き着く。
そしてユアもまた、リリィに負けないとばかりに、セイヤに抱き着く
「おいおい……」
こうして三人は、ユアの故郷、レイリア王国アクエリスタン地方を目指して移動を開始するのだった。




