第238話 目覚めたもの
とりあえず今書けているものです。
暗闇の中でそれは目を覚ました。辺り一面が闇に包まれ、光の入る余地がないため姿形はわからないが、確かにそれはそこにいた。
「ふわぁ~」
闇に包み込まれた世界の中で、どこか気だるげな声がした。その声からそこにいる何かが言語能力を有していることがわかるが、やはりその正体はわからない。
だがそれの正体がいったい何かと疑問に思う者はいない。というよりも、その暗闇の世界にはそれ以外の生物は存在しないからだ。
そこは辺り一面を闇に支配された空間であり、どれほどの広さを持ち、どれほどの高さを有し、そしてどんな形をしているのかさえ分からない。微かな光さえ差し込む余地のないその世界は文字通り闇に支配された世界だった。さらにその世界には音も響かない。生物の発する呼吸音はもちろん、風のざわめきや何かが動く音もしない。
もし正常な人間がその空間に迷い込んだとしたなら、その闇に支配された世界に対して不安を覚え、光を、音を求めてさまよい始めるだろう。それほどまでに、その世界は異様だった。
しかしそれが目覚めたことにより、暗闇に支配された世界に音が戻る。
「誰じゃ、妾の安眠を邪魔する輩は」
目覚めたばかりのそれが小さな声で不機嫌そうにつぶやく。そこにはほかの音が存在しないため、小さなつぶやきがよく聞こえた。
「仕方ない」
そう呟くと、それが指をパチンと鳴らす。
次の瞬間、どこからか現れた小さな光源が瞬く間に広がり、暗闇の世界に光をもたらす。しかしその世界を包み込む闇に対して光量が弱いため、薄暗く照らすのがやっとというところだ。それでも、その何かの正体を視認するには十分な明るさだ。
そこにいたのはどこかまだ眠そうな顔をして、空中に浮遊する不機嫌な少女。一糸まとわぬその全身には絹のように白い肌が輝き、出るとこは出て、引き締まるところは引き締まっており、十人が見たら十人がスタイルがいいというだろう。そしてそんな白い肌と同じように輝く紫色の瞳はまるでアメジストのようだ。
その少女は瞳と同じきれいな長い紫色の髪をかき上げると、気怠そうにつぶやく。
「ああ、まだ頭がガンガンするぞ……」
つらそうな声が薄暗い闇の世界に響くが、やはり応える者はいない。けれどもその少女は気にするそぶりも見せず、再び指をパチンと鳴らす。
すると今度はどこからか薄く大きなシルクの布が出現する。どこからか現れたシルクがそのまま空中を漂っていると、少女がばさりと引っ張り、身に纏う。シルクを身に纏った少女が今なお空中に浮遊していることや、突然出現したシルクが空中に漂っていたことを考えると、どうやら薄暗い世界には重力が存在しないらしい。
だが少女にとっては無重力など気にする価値もない事であった。少女の意識は他のことに向いていたから。
「まったく、さっきから騒がしくしている輩はどこの誰ぞ」
不機嫌そうな表情を浮かべる少女の注意は先ほどから少女の耳に鳴り響く地鳴りのような轟音に向いていた。しかし薄暗い世界にはそんな音は響いていない。それどころか、その少女以外の存在を暗示する音さえも響かない。
一体その少女は何を耳にしているのか。
その答えはすぐに出た。
「顕現せよ、『世界の源』」
少女がその言葉を唱えた刹那、空中に握り拳ほどのガラスの球体が出現する。それは先ほどの光源やシルクの布と同じように突然出現したが、今度はそれで終わりではなかった。
現れたガラスの球は瞬く間に楕円状に広がっていくと、その少女と同じくらいの大きさのガラスの鏡へと姿を変える。そして少女はその鏡の中に二人の人影を捉えた。
「ん? これは……」
そこに映っていたのはどこか幼いものの凛々しい雰囲気を纏った女性と、禍々しいオーラを纏った筋肉質の男性。もし万人に聞けば、万人がそのどちらかを知っていると答えるであろう有名人。
レイリア王国最強の名を冠する女性魔法師アーサー=ワンと、ダクリア大帝国を束ねる自称大魔王代理ギラネル=サタンの二人だった。
先ほどから少女の頭に響く轟音の正体はアーサーとギラネルが襲い掛かる魔獣を殲滅するために行使する魔法や闘気による波動であった。そしてその波動こそがその少女を永い眠りから覚ました元凶であった。
二人の姿をガラスの鏡越しに捉えた少女の顔がより一層不機嫌そうになる。
「なぜこやつらがここにおる……まだその時ではないはずじゃが……」
ひとり呟く少女。
「妾はまだ傷が癒えてはおらぬというのに……」
そう呟いた少女の表情はどこか儚げで寂しそうだ。その表情から過去の辛い記憶を想起しているのだろうということが容易に見て取れる。
「ん?」
そこで少女があることに気づく。それはガラスの鏡の中で戦う二人の背後にかすかに見える人影。少女はガラスの鏡に向かって指を向けると、その人影をズームした。
「この少年……まさか……」
少女がガラスの鏡を操作した結果、そこには新たな人物の姿が映る。金色の髪に碧い瞳持ったその少年。その名前はキリスナ=セイヤ。レイリア王国に住む魔法師であり、特級魔法師の地位を新たに得たものの、異端の力と呼ばれる闇属性を持つが故に暗殺を計画されてしまった若き魔法師。
しかしその正体は先代大魔王キース=ルシファーを父に持ち、その大魔王を襲名するにあたって必要な闇属性のさらに上位の属性、夜属性の習得を目指す魔法師。加えてレイリアの女神しか使うことのできないと言われる聖属性までもを有する魔法師である。
しかし少女はそんなことなど全くといっていいほど知らない。セイヤがどんな魔法師で、どんな地位を持ち、どんな戦い方をするかも。それ以前にセイヤという名前さえ。
それは当然といえば当然のことであるが、セイヤを見た瞬間、少女の表情に歓喜と驚き、そして幾ばくかの悲しみが混じる。
「いよいよ来たのじゃな……」
先ほどまでの不機嫌さは一瞬にして霧散し、少女の顔には少しばかり笑顔が浮かぶ。だがそれも束の間、少女は険しい表情に変わった。
「じゃが、そう簡単にはいかん……そうしてはキースの二の間になってしまうから……」
どこか儚げな表情に変わる。
「まずはここまで来れるかじゃ、キースの血を継ぐ者」
そう呟くと、その少女は再び指をパチンと鳴らす。すると次の瞬間、先ほどまで少女の身体に纏われていたシルクの布が一瞬にして形を変え、きれいなドレスとなって少女の身体に纏われた。
次話は誰にスポットを当てようか決めかねているため、いつになったら書き始められるかわかりません。
このままセイヤたちでいくのか、ユアたちを書くか、セナビア勢を出すか、ヂルさん物語を始めるか、バシルたちの大活躍を描くか構成を迷っております。
誰の話を読みたいか、感想を頂けると幸いです。なるべく優先して書きたいと思います。




