第237話 轟音
ここから二年ぶりくらいに書きました。
キレル山脈を進むセイヤたち一行であったが、その進捗度はとてもいいとはいかないまでも、まずまずな感じであった。ここがあのダリス大峡谷と同じ強力な魔獣たちの巣窟だということを考えたならば、到着から数時間でここまで来たことはかなり捗っていると言えるだろう。しかしセイヤと一緒に来ているメンバーに、レイリア最強の魔法師と謳われる聖騎士アーサー、さらにはダクリア大帝国を統べる大魔王ルシファーの名を持つギラネルが同行しているということを考慮すると、進捗度はまずまずであった。
光と闇の魔法を使い、レイリアでは特級魔法師という地位を得たセイヤや、そのセイヤを戦わせないために魔獣からの防御に専念しているダルタが戦いに参加していないことを加味しても、アーサーとギラネルの二人で十分すぎるほどの戦力である。しかしその二人をもってしても苦戦するのだから、やはりこのキレル山脈はあのダリス大峡谷と並び、強力な魔獣の巣窟なのであろう。
「ちっ、まだ出てきやがる」
「仕方あるまい。ここは普段から人の来ない僻地、こうなるのも当然だ」
次々と襲い掛かる魔獣を剣で薙ぎ倒し、魔法で撃ち抜く二人だが、その額には少量だが汗のようなものが見える。先ほどからの連戦に連戦を重ねているため、二人も少なからず消耗しているようだ。
「セ、セイヤッ」
「わかっている」
二人の背後でセイヤを守るように立つダルタが不安そうな表情でセイヤの方を振り返る。その表情からは加勢しなくて大丈夫なのかといった旨が見て取れたが、セイヤは自分を落ち着けるように応える。
このキレル山脈に降り立ってからセイヤは一度たりとも攻撃をしていない。それどころか魔獣の攻撃を回避さえしていない。それはセイヤたちの前で魔獣と戦うアーサーとギラネルがすべての魔獣を一匹も打ち漏らすことなく始末し、たまに来る流れ弾をダルタがすべて防いでいるから。
ここでのセイヤの役目は来るべき決戦に備え、なるべく消耗しないようすることだ。
「大丈夫だ、あの二人は俺らが知る限りで最高の魔法師たちに違いない」
「そ、そうだよね」
セイヤの言葉で自らを安心させようとするダルタ。だがやはりまだどこか不安そうである。
だがダルタが不安に思ってしまうのも仕方のないことだ。いくら聖騎士と大魔王の名を持つとはいっても、所詮は人間。ずっと続く戦いのまえでは疲労もたまるし、集中力も切れてしまう。けれどもアーサーとギラネルの二人は一匹たりとも逃さずに仕留める。
別に魔獣たちは強力なわけではない。確かに魔獣単体の力を見ればレイリアの上級魔法師が数人がかりで倒せる程度の力を有しているが、魔獣たちが相手にしているのはレイリアとダクリアの各国で最強と呼ばれる魔法師たち。二人の前ではその魔獣たちはただの邪魔なハエ程度にしかならない。
飛んでくるハエを撃ち落とすのにそんな労力は使うことはない。
しかし問題はその数だった。到着と同時に際限なく現れる魔獣の数は優に千を超え、今では何体の魔獣を殲滅したのかわからない。セイヤたちの背後に転がる魔獣の亡骸を一つずつ数えていけばある程度の数を把握することはできるかもしれないが、その地獄のような光景を前にしては数えようという気も失せる。
地面に転がる死体の周りには赤い鮮血が広がっており、ついさっきまで灰色の無機質だった地面は辺り一面が赤く染まり、ゴツゴツとした岩と同程度の死体の山が生まれていた。
だがそれは二人が殲滅した魔獣の一端でしかない。もっと下に行けば、更なる死体の山を見ることができるだろう。端的に言って、その数は異常でしかなかった。しかしその異常な数を殲滅したにもかかわらず次々と現れる魔獣。果たしてこのキレル山脈には一体どれほどの魔獣が生息しているのか、誰にも想像がつかなかった。
「それにしても……」
「どうしたの?」
「いや、この魔獣たちはなぜ逃げないのか疑問に思ってな」
「逃げる?」
セイヤの言葉に首をかしげるダルタ。その間も流れてくる魔獣の攻撃を撃ち落としているあたり、このダルタも通常の視点で見ればかなりの実力者だ。
「これほど同種を殺されているにもかかわらず、どうしてあいつらは躊躇なく襲い掛かってくる?」
「それはあいつらが魔獣だからじゃないの?」
「いくら魔獣といえど、こんなに殺されれば逃亡意識が芽生えるものだ」
「そうかな?」
そうだ。セイヤは心の中で確認するように頷いた。セイヤが経験したダリス大峡谷でもかなりの魔獣が生息していたが、大物を一体でも倒せば途端に周辺にいた小魔獣は退散していった。それは強者を倒した更なる強者には敵わぬが故に逃亡意識が働いたからだろう。
しかしここではどうだろう。先ほどからそれなりの強者を倒しているように思えるが、魔獣たちは退散するどころかどんどんと増え続けている。それはまるで逃げることが許されていない哀れな兵士のようにも思えた。
もしかすると、この先には前方で戦う二人さえも霞むような存在がいるのでは。そんな疑念がセイヤの心の中で芽生える。
一方そんなことを気にしている余裕のないアーサーとギラネルは次々と襲い掛かる魔獣をスピーディーに、かつ的確に仕留めていく。一撃で無駄なく最適に仕留めるその技量は最強の名を冠するに値するほどのものであるが、そうはいっても二人にも疲労の色が見える。
「おいギラネル」
「なんだアーサー?」
「こいつらは一体いつまで湧くんだ?」
「さあな、全滅するまでじゃないか?」
「流石に冗談きついぜ」
戦いながらそんなことを言う二人。だがこの二人にはなぜ魔獣が惑うことなく特攻をしてくるのか、その理由をわかっていた。そしてどうすれば現状を打破できるのかも。
ただ二人は出来ればその方法を使いたくはなかった。しかしこのままではじり貧だということもわかっている二人は視線を交えると互いにうなずき合う。
「ちっ、どうやらやるしかないみたいだな」
「ああ。できればあいつを起こしたくはなかったんだがな」
「仕方ない。このままではセイヤ様をあいつのところまで届ける前に消耗させてしまう」
「帝王にはさらにつらい試練だな」
「だがそれを乗り越えてこその我らが帝王だ」
「ふん、それもそうだな」
そう言って笑みを見せた二人は全身から闘気を発し、そのすべてを魔獣たちに向けて威嚇する。闘気を向けられた魔獣たちは一瞬だけ怯んだ様子を見せるが、すぐに襲い掛かろうとする。だが、彼らにとってその一瞬こそが運命の別れ道であった。
アーサーが右手に握る聖剣エクスカリバーに魔力を流し込むと、聖剣は眩い光を発する。そして同時にアーサーの背後に展開される三つの魔法陣。アーサーは聖剣エクスカリバーを両手で握り直すと、そのままゆっくりと持ち上げる。
ギラネルが右手の人差し指を魔獣たちに向けると、その地面には大きな大きな紫色の魔法陣が展開する。その魔法陣には見たことのないような字が埋め尽くされており、魔獣たちは魔法陣を見るとすぐに離脱しようと試みる。しかしその逃げても逃げても魔法陣の中からは逃げ出せない。
そして二人が叫ぶ。
「「さっさと起きろ!」」
次の瞬間、アーサーが聖剣を振り下ろすと背後の三つの魔法陣からとてつもない光量の魔力が魔獣たちに向けて放出され、同時にギラネルが地面に展開した巨大な魔法陣から莫大な紫色の魔力が空に向かって打ち放たれる。
その二つの攻撃に魔獣たちは血肉どころか骨を残すことなく消え去り、同時に二人の攻撃がぶつかり合ってキレル山脈に轟音が響く。
「くっ……」
慌ててダルタが轟音を防ぐための結界を展開するが、それでも轟音を軽減するのが精一杯だ。セイヤはそんなぶつかり合う二つの魔力を見て改めて二人がどんな魔法師かを理解する。
そしてその轟音は、それを目覚めさせた。




