第235話 キレル山脈到着
「セイヤ様、キレル山脈が見えてまいりました」
飛行船の窓から見える光景。それはまさに山脈。これほどまで山が脈を構成している地形を見た記憶はセイヤにはなかった
「あれがキレル山脈……」
「すごいね」
セイヤとダルタは窓に食い入るようにキレル山脈の全貌を視界にとらえようとしたが、山脈はどこまでも続いており、到底視界に収めることはできない。
「ここはダクリアでも近づくものはまずいない魔境と呼ばれる場所です」
「ここに夜属性を手に入れる手段が?」
「はい。ですが飛行船で来れるのはここまでです。ここらか先は徒歩となります」
ギラネルは着地にうってつけの場所を探し当てると、その場所に向かって飛行船を操縦する。だがその時だった。
「何か来るぞ」
セイヤが窓の向こうに何かの群れを見つける。群れは百匹ほどの鳥類のようで、飛行船に向かって猛スピードで飛行してきている。
「なにあれ!?」
「あれは魔獣だな」
ダルタの疑問に先ほどまでカウンター席で酒を飲んでいたアーサーが答える。
「魔獣なのか?」
「そうだ。しかも肉食獣だから攻撃してくるぞ」
「なら迎撃しても?」
セイヤが魔獣を迎撃するために魔力を錬成するが、アーサーが左手を伸ばしてセイヤに待ったをかける。
「なんだ?」
「帝王。お前はこれから試練に向かうんだ。ここで消耗するな」
「何を言っている? これくらいどうってこと……」
どうってこと、ない。と言おうとしたセイヤだったが、その前にアーサーの闘気によって強制的に口を閉ざされてしまう。その闘気はまさに聖騎士にふさわしく、他者を圧倒する力だ。
「一応言っておくが、舐めるなよ。ここから先はあたしたちでも危ない場所だ。帝王は少しでも消耗を抑えて試練に備えろ」
かつてないほど重々しい声でセイヤを宥めるアーサー。そこにギラネルが説明を加える。
「セイヤ様、ここには不遜ながら大魔王と聖騎士がいます。どちらも各国で最強の魔法師と恐れられる存在です。ですのでここからは私たちにお任せください。必ずセイヤ様を消耗させずに試練の場までお連れ致します」
確かにここにいる魔法師はレイリア最強の魔法師とダクリア最強の魔法師。これほど頼れる仲間はまずいない。
「私だって使用人だもん。セイヤを守るから」
二人に対抗してダルタもセイヤに任せるように迫る。旅の当初を考えれば、ダルタもかなり頼れるようになってきた。そしてそんな仲間がいるのであれば、セイヤも自然と任せようと思えるようになる。
「わかった。頼む」
「任せろ」
「任せてください」
「任せてよ」
全員が嬉しそうに微笑み、続いてアーサーが指示を出す。
「ギラネルは操縦に集中しろ。ダルタは着地の際に魔獣を回避するためここら一面に霧を発生させてくれ。あの魔獣はあたしがやる」
「わかった」
「わかりました」
ダルタは言われた通りに飛行船を中心に濃霧を発生させる。これにより、魔獣たちは飛行船の姿を捉えることができなくなる。だが先ほどの鳥類型の魔獣は濃霧にもかかわらず一直線で飛行船に向かってきており、このままでは飛行船に穴が開いて落下してしまうだろう。
けれどもアーサーは落ち着いていた。魔獣たちの大体の位置を把握すると、そこに向けて闘気を発する。
闘気は物理的な壁をものともしない。魔法や武器攻撃では船内から船外を攻撃することは不可能だ。魔法陣を船外に展開すれば可能だが、それだと精度が落ちてしまう。
それに比べて闘気は術者から発せられる気の威力であり、そこに物理的な干渉は不可能。よって次の瞬間には飛行船に向かって猛スピードで接近していた魔獣たちは次々と意識を刈りと垂れて落下していく。
「魔獣は片づけたぞ」
「わかった。このまま着陸する」
ギラネルは飛行船を着陸態勢に移行させると、そのまま高度を落としていく。少しずつだが、高度は確実に下がっていき、やっと地面が見えてきそうな時だった。
「着陸地点に何かいる!?」
濃霧で詳しくは見えないが、着陸を試みた地点に何かの影があった。大きさ的に魔獣のようだが、何の魔獣かはわからない。それでも着陸の障害になることは確実だった。
「アーサー!」
「ダメだ。闘気で意識を刈り取ったとしても体が残って邪魔になる」
「くそ。ダルタさん、操縦を変わってください」
「え、私!?」
突然の指名に驚くダルタだが、今は緊急事態だ。それにこの濃霧を発生させたダルタなら地面との距離感を一番わかっている。
「大丈夫、そのまままっすぐ握っていれば着陸できます」
「でも……」
「あなたもセイヤ様に使える身でしょう? それくらいやり遂げなさい」
(そうだ。私決めたんだ。セイヤに恩返しするって)
自分の覚悟を思い出し、ダルタが操縦桿をしっかりと握る。
「わかりました」
「それでいい」
ギラネルは嬉しそうにうなずくと、すぐに真下を見る。下は床になっていて魔獣の姿は見えないが、ギラネルは構わず下を向き、目を瞑った。
「なるほど。ウシ型魔獣の群れです」
「わかるのか?」
「はい。闘気をソナーのように当てて反射を見れば」
闘気の一味違った使い方に感心するセイヤ。アーサーの言う通り、やはり闘気があれば魔法師としての世界が変わる。セイヤは改めて実感させられる。
「今から三秒後にすべてを消滅させます。そして十秒後には着陸するので衝撃に備えて。
ギラネルはそう言うと再び真下を見る。そして船外に魔法陣を展開させ、魔法を行使する。
「『闇波』」
展開された紫色の魔法陣から闇の波動が流れ出し、一瞬にして魔獣の群れを消滅させる。そしてその直後、着陸の衝撃が飛行船に襲いかかる。
「ふぅ、なんとか成功だな」
「ああ」
「よかったー、成功して」
「危なかったな」
着陸に成功した四人は船外に出る。だがそこで四人は瞬時に察知した。
「囲まれているな」
「それもかなり多いぞ」
「軽く百は越えますね」
「霧が聞いてない!?」
「おそらく匂いで向かってきてるんだろうな」
「でしょうね。ダルタさん、霧を解いて」
「はい」
ダルタが濃霧を止ませると、四人の周りにはあまたの数の魔獣の姿があった。それも百や二百というレベルではない。
「多いな」
「ええ、このあたりは人の入らない未開の土地。魔獣が繁殖するにはもってこいです」
「さらにここは魔獣での弱肉強食を勝ち抜いてきた選りすぐりの魔獣たち。手ごわいぞ」
アーサーの見立て通り、どの魔獣も強力な実力を備えている。これは普通の魔法師には厳しいだろう。
「なら俺も……」
「大丈夫ですよ。ここは私たちにお任せください」
「そうだ帝王。なんのためにあたしらが来たかもう忘れたか?」
「そ、そうよ!」
だがこの場にいる魔法師たちは断じて普通の魔法師ではない。一番戦闘力が低いであろうダルタでさえ、特級魔法師の使用人を務めるレベルだ。ましてや残る二人は普通の範疇に納まりきらないほどの強者たち。
最初に動いたのはアーサー。聖剣を片手に三歩ほど前に出たアーサーは、その場で聖剣を横薙ぎに振る。ブン、と重々しい音を立て、振られた聖剣は強力な斬撃を繰り出し、魔獣の群れに襲い掛かる。それも闘気が上乗せされた斬撃が。
一瞬にして魔獣の三分の一が斬撃によって胴体を斬られて絶命する。
次に動いたのはギラネル。ギラネルは五か所に紫色の魔法陣を展開すると、容赦なく魔獣たちに向かって闇属性の魔力を撃ち出す。無秩序に五か所から撃たれた魔力は次々と魔獣に襲いかかっていき、その身を消滅させていく。
これで残る敵は最初の三分の一。そして次はダルタの番だ。
「我、水の加護を受ける者、巫女と剣薙ぎの魂を顕現する。『雨針』」
魔獣たちの頭上に大きく展開された青い魔方陣。その魔方陣から雨が降り始め、魔獣の体を貫いていく。貫かれた魔獣は体内に水属性の魔力が混じったことで沈静化により生命運動を止めてしまう。
だがダルタが倒せたのは半分程度。まだ当初の六分の一の魔獣が残っている。
「足りない……」
「まあ、上出来だろ」
「及第点だな」
ダルタが打ち漏らした魔獣をアーサーとギラネルが余すことなく倒し、魔獣は一斉に絶命した。
「これは強力な仲間だな」
その光景を見て、セイヤは頼れる仲間だと思うのであった。




