第234話 動き出す戦友
時をさかのぼること四日前、特級魔法師イフリール=ネフラの家に一枚の手紙が届いた。差出人はアクエリスタンに住む魔法師。その名前は特級魔法師ライガー=アルーニャの娘であるユア=アルーニャ。そしてあて先はイフリールではなく、その息子のヂル=ネフラ。
ヂルがその手紙を受け取った感想は驚きよりも珍しいだった。
現代の通信技術では手紙よりも念話石の方が多い。念話石であれば手紙の何倍も早く連絡が可能だ。今の時代のおいて手紙を使うのは公式の連絡の際である。
さらに珍しいことは、ネフラ家に届いた書状の宛先がイフリールではなくヂルだということだ。特級魔法師の家に届く書状など大抵は協会か聖教会のもので、あったとしても何かしらの依頼である。そしてそれらはすべてが特級魔法師イフリール宛である。
息子であるヂルに届いた書状は下手したらこれが初めでだったかもしれない。
だからヂルは余計緊張してその書状を開く。一体中に何が書いてあるのか。
「これは……なるほど」
中に書いてあった内容は端的に言えば特級魔法師ライガーの捜索の依頼。そしてその対価としてセイヤの特級魔法師就任のニュースを知らせること。
この時点でセイヤのニュースはまだは発表されていない。そしていつ発表されるかもわからない。だからこの時点ではそのニュースにはかなりの価値がある。
さらに言えば、イフリールはレイリア魔法大会でセイヤに興味を持った。それは自分の追い求める強さに匹敵する何かであり、できればセイヤと真剣勝負をしたいと思っている。だからその知らせはヂルにとってユアの予想以上の価値があった。
「おもしろい」
ライガーの目撃情報がフレスタンであったと手紙には記されているが、ヂルにはすでにライガーの居場所がわかっている。それも正確に。
ヂルは部屋を出ると、父親の部屋に向かった。
「失礼します」
「おお、ヂルか。悪いな、今客人の相手を……」
ヂルが部屋に入ると、お目当ての人物がそこにいた。それは父親の正面に座る緑の髪の男。
「ライガー殿、いきなりで失礼ですが、こちらを拝見頂きたい」
「お前はイフリールの息子の……」
「ヂルです」
「それで、この紙は?」
「あなたの娘さんから送られてきたものです」
「ユアから?」
思わぬ名前にライガーはいぶしげな顔をしてその紙に目を通す。そして読み終えると、きれいに三枚折にしてヂルに返した。
「なるほどな」
「ライガー、それは?」
「これは内の娘が書いた手紙で間違いない。そして内容は俺の所在」
「所在? もしかしてお前、ここにいることを秘密で?」
「まあな」
「はぁ……」
旧友の大雑把な行動にため息をつくイフリール。だがライガーのこういうところは昔からであり、イフリールも慣れている。それにおそらく、ライガーは家族を危険な目に合わせないためにこうしているのだろうと、イフリールには予想できた。
「それでライガー殿」
「わかった。俺の所在をしらせてもいい」
「わかりました。それと……」
ヂルが口ごもりながら何かを言うが、ライガーには聞き取れない。
「どうした? はっきり言っていいぞ」
「わかりました。教えてください。キリスナ=セイヤの正体と、今の居場所を」
「どうしてそれを?」
ライガーの表情が少しだけ厳しくなり、纏う雰囲気もどこかおおらかではない。だがここまで来たらヂルも引くわけにはいかないのだ。自分という魔法師を成長させるために、キリスナ=セイヤという存在は不可欠だと確信しているから。
「俺は、俺はもっと強くなりたい。そしてその相手にキリスナ=セイヤが最適だから」
なんとも脈絡のない言葉だが、ヂルの真意だけは伝わった。そしてライガーはそんな人間が好きだった。
「ふっ、聞いたら後悔するぞ?」
「望むところです」
「もう後戻りはできないが、いいのか?」
「はい」
力強くうなずくヂル。そして息子の成長に、イフリールも覚悟を決めていた。
「ならまずはこの世界のことから話そうか」
こうして聞いた話で大事なところだけをヂルは簡潔にまとめてユアに送ったのであった。
時を戻し現在、セイヤの特級魔法師就任のニュースが流れた三日後、ユアたちが話し合っていたように、セナビア魔法学園でも同じような話し合いが行われたいた。
「どうだった?」
「悪い、駄目だ」
「こっちも」
「レアルに繋がらない」
「そっか……」
十三使徒序列五位のレアル。本名レアル=クリストファーに連絡を試みたかつての級友たちだったが、結局レアルと連絡を取ることは叶わなかった。
現在何かの任務を遂行中ということだろう。予想外の結果に雲行きが怪しくなる五人。今のままでは五人には情報が不足しており、動くことはできない。
どうにかして情報を集めなくては。そう思いつつも、なかなかいい方法が見つからない。
「うーん」
ラーニャが頭を抱えながら唸る。何かいい方法があるはず。そう思いながらも、なかなか思いつかない。その時だった。
「あっ!」
リュカが大きな声を上げる。
「どうしたの、リュカ?」
「あの人に聞いてみようよ! セレナさん!」
それは二人がレイリア魔法大会で死闘の後に共闘したアルセニア魔法学園の代表の一人であり、二人とも因縁深い相手だ。
「確かにあの人なら何か知ってるかもしれないけど、どうやって聞くの?」
「手紙で」
「宛先は知ってるの?」
「知らないけど学園経由で聞けば」
「確かにそれならできるかもしれないけど……」
いまいちパッとしないラーニャ。ラーニャ的にはあまり会いたくない相手なのだ。いろいろあったから。
でも今はそれしか手段がない。だからラーニャも覚悟を決める。
「わかったわ。聞いてみましょう」
「うん」
女子たちが話を進める中、男子たちも一つの結論に到達した。
「僕たちはエドワード学園長のところに行ってくるよ」
「学園長のところに?」
「そう。学園長の教え子には特級魔法師が一人いたでしょ。だからその人にアポを取って話を聞いてくる」
クリスの出した答えは特級魔法師エルドリオ=ペトラリア。彼もまた、セナビア魔法学園に関わりのある人物でレイリア魔法大会襲撃事件でも活躍した魔法師だ。
「わかったわ。そっちはよろしく」
「任せて。そっちは頼んだよ」
こうして五人は二手に分かれて行動に移った。
一方その頃、セナビア魔法学園の受付にはある男が来ていた。
「こんにちは。私は十三使徒序列十二位のワイズ。レイリア魔法大会の時の代表選手を呼んでいただけますか? 渡したいものがあるので」
ここにもまた、特級魔法師が姿を現したのであった。




