第232話 聖教会も働いている
セイヤの特級魔法師就任と暗黒領派遣で動き出したのは何も学生たちだけではない。そのニュースを出した者たちも動き出していた。
「本日はお集まりいただきありがとうございます」
そんな言葉と共に周りを見渡したのは七賢人最年少のケビン。といっても御年五十歳の大人だが。そしてケビンの前に座るのは彼と同じく七賢人の座につく六人の人間。
今回はケビンの進言によって七賢人が集まった次第だ。
「ところでケビン、今日はどういった用件で?」
「あの少年のことなら決まっていただろう」
コンラードとエラディオがケビンのことを睨む。その視線には自分たちをわざわざ呼んでまで話し合う議題なのであろうなと言いたいことがよくわかる。
その視線にいつものケビンならすぐに謝ってしまいそうだが、今日のケビンは一足違った。
「ふふ、もちろんですとも、コンラード卿、エラディオ卿。今回は今後の魔法師についてお話ししたいと」
「今後の魔法師?」
「はい。先日のダクリア襲撃は記憶の新しいと思います」
ケビンの言うダクリア襲撃とはもちろんレイリア魔法大会のことである。表向きは反乱派によるクーデターとされているが、隠ぺいした七賢人たちはその真実を知っている。そしてダクリアの脅威も。
「彼の事件は一歩間違えれば大惨事。ファイブと例の少年、いや、例の少年がいたからこそレイリアの未来は守られたも同然」
「何を言いたい?」
「まさか今更あの少年を生き延びさせろと?」
すでに決まったセイヤの処遇に文句を言いたいのかと言いたげなエラディオ。だがケビンもそこまで愚かではない。
「いえいえ、まさか。ただ、皆さんも無詠唱の実用性を実感したかと」
「ほほう。つまりお主は無詠唱について話し合いたいと?」
「そうでございます。アルフレード卿」
無詠唱、今日では闇属性のないレイリアにおいては魔晶石を使うのが一般的である。だがケビンはそのことについてもう一度話し合いたかったのだ。
「それで、何が言いたいのだ?」
コンラードが不機嫌そうに尋ねる。
「無詠唱は強力です。それはかのレイリア魔法大会で証明された。そこで思ったはずです。我々にも無詠唱が必要ではないか、と」
確かに無詠唱は強力だ。だがそんな簡単にできれば誰も苦労はしない。ケビンを除く七賢人たちはそう思った。しかしケビンだけは違う。すでに秘策を準備していた。
「確かに無詠唱は強力だ。しかし現在では魔晶石で補える」
「おっしゃる通りです。でも魔晶石は万能ではありません。むしろ劣化品です」
「何が言いたい?」
「魔晶石に保存できる魔法は原則的に一つ。ですが魔法師が使う魔法はあまたです。確かに魔晶石があれば無詠唱で有利に戦えます。でもそれは相手が同じレイリアの魔法師の時だけです」
ケビンの説明に黙り込む七賢人たち。ケビンの主張は事実であり、今までは見逃されてきた問題でもあった。
「ダクリアの魔法師が相手では魔晶石では対抗できません。こっちは一個の魔法が無詠唱に対し、向こうは複数の魔法の無詠唱行使が可能です。十三使徒などを除けば、レイリア側の戦力は劣ります。それに魔晶石も近年では産出量は減少しています」
それは事実であり、いつかは話し合わなければいけない議題。ケビンはその問題を今回のダクリア襲撃で嫌というほど感じさせられた。だから七賢人たちを招集してまで話し合いの場を設けた。
「そこまで言うなら解決策があるんだろうな?」
「もちろんです」
コンラードの視線を受け止めたケビンは笑みを見せてから扉の方へ近づく。そして扉を開けて外にいた人物を中へと引きいれた。
「入ってください」
「は、はい……」
部屋の中に入ってきたのは気の弱そうな初老の男性。年齢はケビンよりも上のようだが、その態度はケビンに対しても下手だ。
「彼は?」
「はい、彼の名前はボクト=フラメル。ウィンディスタンにあるセナビア魔法学園の教師です」
その男の正体はセナビア魔法学園の教師ボクトだった。
「お初にお目にかかります……ボクトです……」
「ボクト氏は魔法詠唱学の著名なお方で無詠唱研究の第一人者」
その言葉を聞き、七賢人たちはボクトのニュースを思い出す。
「確か数年前に無詠唱を完成させたが、そのリスクと危険性を示して研究は中止。以後、魔法詠唱学の世界から姿を消したと聞いていたが」
「はい。ですがこのたび私が呼んで参りました」
ケビンの秘策とはこれだった。ボクトは闇属性も魔晶石も使わない無詠唱魔法行使の理論を完成させた人物であり、一部ではいまだに指示したいと考えているものまでもがいる大物だ。
そしてケビン箱の大物を利用しようと考えた。
「私はここに進言します。反乱派のクーデターに備え、わが聖教会の部隊に無詠唱に特化した部隊を創設することを。ついてはこちらのボクト氏に協力いただきたいと」
決まった。ケビンはそう確信した。
「なるほど。ところでボクト氏、無詠唱は可能なのですかな?」
「は、はい。理論上は可能です。アルフレード様」
「ふむ、ところでお主は危険性があるとして研究を止めた。そうじゃな?」
「そうです。無詠唱には魔力の逆流に伴う爆発の危険性があります」
「具体的には?」
「魔法は元来、魔法師の体内の魔力を魔法陣を通してこの世界に発現します。そして魔法陣は術者の詠唱によって構築され、詠唱が長ければ長いほど構造はしっかりとします。ですが無詠唱になると魔法陣は脆く、簡単に崩壊してしまい、魔法が行使できません」
「なるほどな」
「ですが行使できないのはまだいいのです。問題なのは微妙に脆かった場合です。その場合、魔法師から流れる魔力を正流とすると、魔法陣を越えたあたりで勢いを失い逆流することがあります。そうなった場合、正流と逆流がぶつかり合って爆発を起こし、術者に大惨事が……」
それこそが無詠唱の危険性だった。だからこれを発見したボクトは研究を打ち切ったのだ。しかし彼らに関係があるのは危険性ではなく有用性。多少のリスクはつきものである。
「ボクト氏。研究を続ければその危険性は解消できますか?」
「はい、確証はありませんが可能性なら」
「ほう」
「なるほど」
「これなら」
ボクトの答えに期待の声が上がる。
「では採決と行きましょう。聖教会に無詠唱部隊の設立、おいては無詠唱の導入に賛成の方は挙手をお願いします」
全員が手を上げる。
「満場一致で決定です」
こうして聖教会でも新たな試みが始まるのであった。そしてその日から、セナビア魔法学園の教師名簿からボクトの名が消えたのでもあった。




