第230話 知らせを受けた者たち(二)
セイヤの特級魔法師就任のニュースで驚いたのは何もセレナたちだけではない。セイヤの級友であるアルセニア魔法学園の生徒たちもその知らせに驚きを隠せはしなかった。
「おい聞いたか?」
「ああ、あれだろ?」
「信じられない」
「まさかうちの学園から特級魔法師が出るなんて」
クラスメイトたちの話題はセイヤのことで持ちっきり。
「でも大会じゃあ大活躍だったよね」
「確かに。あの反乱派を撃退するなんてすごいよね」
「それにあのレアル=クリストファーと肩を並べて戦ってたよ」
「なんか実感が出ないよ」
レイリア魔法大会以降、明るい話題がなかった中でのセイヤの知らせは明るいニュースだ。ましてや自分たちのクラスメイトとなれば自分のことのように鼻が高い。
「今度サイン貰っちゃおうかな」
「何言ってるの。あの人には婚約者がいるでしょ」
「そうよ。ユア様に盾突く気?」
「でも……」
もはやセイヤはアルセニア魔法学園でヒーローだった。それでもユアという存在がセイヤ旋風に歯止めをかけており、まだ彼らの行動を制限している。しかしそれはアルセニア魔法学園だけであり、他の学園は違っていた。
「あの子やばいよねー」
「ねー、どこの学園だっけ」
「確かアルセニア魔法学園よ」
「なら今度会いに行っちゃおっか」
婚約者としてユアの存在を知らない他校の生徒たちは、少しでもセイヤとお近づきになりたいと考えていた。特に女子生徒が。
「あんな先輩と一緒に魔法を学びたーい」
「今から入学し直そうかな」
「でも編入してクラスメイトになりたいかも」
まさにセイヤ旋風。どこもかしこも女子生徒がセイヤのことばかりを話している。これは去年のレアル旋風にそっくりだ。
だが今回違うことがあるとすれば、それは男子たちの反応だろう。
レアル旋風ではほとんどの男子がレアルに嫉妬し、夜な夜な彼のことを黒魔術で呪おうとしていた。そして中には奇襲をかけるものまでも。当然レアル本人によって撃退されたが。
しかし今回は違う。男子生徒たちもセイヤの実力に憧れ、そして酔っていた。
「セイヤさんのアレ凄かったな」
「ああ、あんな人が世の中にいるのか」
「あの剣術習いたいぜ!」
「俺はあの移動方法かな」
「なんかあの人って努力をすれば近づけるって感じだよな」
レアルとセイヤの違い。それは端的に言えば才能と努力の差だろう。
レアルは生まれながらにして天才であり、頂点しか知らない魔法師だ。だから嫉妬の目を向けられる。
それに対し、セイヤは生まれながらにして天才かもしれないが、その人生ではどん底を味わってきた。そして血の滲むような努力も積んできた。だから彼らも好感を持てる。
「俺ももっとがんばろ」
「そうだな」
こうして大体の学生はセイヤの特級魔法師就任のニュースに酔いしれてた。
しかし一校だけは全く違う反応を示していた。それはウィンディスタン北部にあるセナビア魔法学園。そこの生徒たちは他校とは違い、驚きと困惑が占めていた。
「アンノーンが特級魔法師……」
「嘘だろ……」
「なんであんな奴が……」
そのニュースを素直に受け止められない生徒たち。
「確かに大会では活躍だったけど……」
「いくらなんでも特級魔法師なんて……」
「信じられない」
誰もがそのニュースを否定し、耳を塞ごうとした。だがそのニュースは町中の話題となり、どこに行っても聞こえてしまう。家に帰ったところで今度は両親がその話題に触れてくる。
まさに彼らにとってこの国は居心地の悪いものだった。
おそらく彼らも何も知らなかったら素直に受け止めただろう。だが彼らは知っている。アンノーンことキリスナ=セイヤの落ちこぼれ時代を。
そしてそんな先入観が彼らの感性の邪魔をする。
セイヤは誰もが認める落ちこぼれで、最底辺の魔法師で、家柄もない雑魚だ。彼は三か月前の事件で姿を消し、殺された。それが彼らの知ることの顛末。
けれども違った。レイリア魔法大会に彼はいた。そして同じく失踪したザックたちも。失踪した全員がセナビア時代よりも強く、猛々しくなっていた。
それだけでも衝撃的だというのに、それに加えて一番の最底辺が十三人目の特級魔法師だ。冷静に受け止めろという方が無理である。だから彼らはまだ認められない。そのニュースを。
しかしセナビア魔法学園内において他とは違うリアクションをした生徒たちがいた。その数は全部で五人。そして彼らに共通することは全員がセナビア魔法学園代表としてレイリア魔法大会に出場したこと。
そう、そのメンバーとはカイルド、クリス、ジン、ラーニャ、リュカの五人だ。
「アンノーンのニュース聞いたか?」
「ええ」
「聞いた」
「聞いたよ」
「うん」
五人は顔を合わせると誰もいない空き教室に入って鍵を閉める。
「それでどう思う?」
「どう思うって、やっぱあのこと?」
「そうだ」
「そうね。おそらくだけど一筋縄ではないでしょうね」
「ラーニャの言う通りだね。おそらく裏がある」
「それも深い」
「それってどういう意味?」
五人の話題は他に聞かれてはいけないものへとなっていく。
「アンノーンの使う闇属性はこの国では異端の力だ」
「そしてそんなアンノーンを聖教会は特級魔法師に任命した」
「でもそれは民衆を欺き、落ち着かせるため」
「本命は他にある」
「つまり?」
一人だけ理解していないのはリュカだ。他は皆理解している。
「リュカ、アンノーンの特級魔法師就任と一緒にもう一つニュースがあったでしょ?」
「うん。確か暗黒領派遣」
「それよ。どう思った?」
「どうって、普通に魔獣討伐に……あっ!」
そこでやっとリュカも気付く。
「わかってると思うけど、本命はこっちよ」
「その通りだね。暗黒領派遣、つまりダクリアに派遣」
「おそらくその任務も一筋縄じゃないんだろうな」
「おそらく暗殺」
「暗殺?」
「そう。外で殺せば事故にできる」
「なるほど。つまり聖教会はアンノーンを暗殺しようと?」
「多分。でも確証はない」
「確かに確証はないけど僕もジンと同じ意見だ。今回は明らかに手際が良すぎる上に早い」
「そうね。レアルの時よりも根回しが早いって言うか……」
仲間の事例と比べ、明らかに作業が早いと思う五人。
「やっぱアンノーンを消しに来たのか」
「そうね」
「はぁ、嫌になるぜ。でも、放ってはおけないよな?」
「ええ、もちろん」
「そうだね」
「アンノーンには借りがある」
「うん」
すでに五人の意思は決まっていた。
「俺はアンノーンを助けたい」
「私も」
「僕も」
「俺も」
「私も」
「よし、じゃあまずはレアルの野郎をとっ捕まえて話を聞くか」
「そうね」
こうしてセナビア魔法学園でも五人の生徒が動き出すのであった。




