第229話 知らせを受けた者たち(一)
アルーニャ家にセイヤの特級魔法師就任の知らせが届いてから三日が経ったこの日、セイヤの特級魔法師就任の知らせが聖教会から公に発表された。
アルーニャ家に届いた知らせはセイヤの家ということで一足先に伝えられたもので、公式にはこの日からセイヤが特級魔法師ということになる。
そしてセイヤの特級魔法師就任のニュースはすぐに噂となり、人々の間で話題になった。
レイリアを救った謎の力と金髪の魔法師。レイリア魔法大会以降、人々の話題がセイヤのことだったからか、セイヤの特級魔法師就任のニュースは爆発的に拡散されている。
人々はすでにキリスナ=セイヤという名前を知っている。だから誰もがすぐにそのニュースに納得した。
通常、学生であるセイヤが特級魔法師になることはあり得ない。特級魔法師になるにしても、学生時代は学園に所属し、卒業後に特級魔法師に就任するのが通例だ。
だが今回、セイヤは例外的に特級魔法師に就任した。けれどもそのことに疑問を覚える者はいない。
レイリア魔法大会での功績を考えれば、セイヤが特級魔法師に就任することは当然だった。ただサプライズがあるとすれば、それはセイヤに与えられた称号が十三使途ではなく特級魔法師だったことだろう。
レイリア魔法大会において、セイヤの実力が学生の域を脱していることは知られている。中にはその気迫に畏怖したものもいた。そしてその実力はかのレアル=クリストファーと同等か、それ以上。
そんな逸材を聖教会が放っておくわけがない。だとすれば、聖教会の手元に置くために十三使徒に据えるのが自然だろう。レアルとセイヤを次世代のツートップにすれば聖教会は安泰だ。
何も知らない人々はそう思っていた。だがふたを開けてみればセイヤの称号は十三使徒ではなく、十三人目の特級魔法師。これでは聖教会の所属ではなく、協会の所属になってしまう。
協会は独立しており、聖教会に匹敵する力を有する機関だ。そんな機関にみすみす未来のリーダーを渡してしまっていいのだろうか。そんな疑問が広がった。
だが時が経つにつれ、レアルが聖教会の、セイヤが協会の未来を引っ張っていくのだろうという予想が人々の間に広がり始めている。
しかしこれは無知な人々の考え。レイリア魔法大会を見てセイヤの実力を知った者たちは全く違う考えをしていた。
「聖教会じゃ扱いきれないんだろうな」
「そうだな。それで協会に押し付けたか」
レイリア魔法大会の中継でセイヤの実力の一端を目撃した人々は聖教会がセイヤを扱いかねて協会に任せたと考えている。事実、セイヤの存在は聖教会で扱いきれるものではない。かといって、協会で扱えるかと言ええば、それも難しいが。
とにかくセイヤの知らせに対する反応は大まかにこの二種類だった。
けれども誰もが同じというわけではない。中には当然違う反応を示した人々もいる。そして彼らが反応したのはセイヤの特級魔法師就任のニュースではなく、同時に発表されたもう一つのニュース。
それは特急魔法師キリスナ=セイヤの暗黒領派遣。
暗黒領の派遣と聞けば、大半の人は魔獣の討伐と考えるだろう。なぜなら暗黒領にいるのは魔獣だけだから。だが暗黒領の先にダクリアという名の国が広がっていることを知っている人にしてみれば、このニュースは一大事だった。
「これってセイヤを消そうとしてるんじゃ……」
そんな一人、赤髪の少女セレナ=フェニックスはニュースを聞いた途端、顔面蒼白になる。それはこのニュースが何を意味しているのか理解できたから。
セレナは暗黒領の先に何が広がっているのかを知っている。その恐ろしさも。セレナは大事な友を暗黒領にあるダクリア二区で一度失っている。その時は何とか蘇生に成功したが、危険度はかなり高い。
そんな場所にセイヤが、しかも一人で行くとなったらかなり危険だ。
「こんなことをしてる場合じゃない」
セレナはニュースを聞くと、すぐに身支度を終えて家を出た。向かう先はセレナの仲間にして、セイヤの婚約者が住む家。そこに行けば、何か新たな情報を手に入れられるのではないか、そう考えたから。
そしてそれはセレナだけではなかった。
家を出て急ぎ足でアルーニャ家に向かっていたセレナは途中、同じように暗黒領の先を知る仲間、モーナとアイシィに遭遇する。どうやら彼女たちもアルーニャ家に向かっている途中のようだ。
「モーナ、アイシィ!」
「セレナ。ニュースは?」
「聞いたわ。それで暗黒領に」
三人は出会うとすぐにセイヤのニュースについて確認し合う。そして全員が同じ懸念を抱いていることを確認した。
「セレナ先輩、暗黒領ってことは」
「でしょうね。大方魔獣討伐なんてことにはならないわ」
「確かに。あの陰湿な老人たちがそんなことを依頼するとは思えません」
ダクリア二区期間後に七賢人たちに拘束されていたセレナとアイシィは、彼らがただの魔獣討伐をセイヤに依頼するような人間ではないとわかっていた。
「アイシィ、やはり任務は」
「はい。ダクリアのどこかに派遣されているのだと思います」
三人はアルーニャ家に向かいながらも、お互いの推測で予想する。
「このままだとセイヤが危ない」
「はい。下手をしたらもう暗黒領に」
「その可能性は高そうですね」
三人で話を進めるごとに、嫌な予感が脳内を埋め尽くしていく。
もしかしたらもうレイリアにはいないのかもしれない、今この時に命の粋なのかもしれない、最悪の場合もう手遅れなのかもしれない。
考えれば考えるほど嫌な予感が膨れ上がる。だが決して誰もそのことを口にはしない。なぜなら口にしたところで何にもならないか。
三人は気を紛らすと言わんばかりに歩調を早める。
「とにかく今はユアさんの家に」
「そうね」
「はい」
三人は無心でアルーニャ家に向かうのだった。




