第228話 黙って見てるはずがない
場所は変わり、レイリア王国アクエリスタン。雷神こと、特級魔法師ライガー=アルーニャの家では一人の少女がある知らせを受け取っていた。
少女の名前はユア。この家の主であるライガーの一人娘であり、アルセニア魔法学園に通う魔法師だ。そしてユアの手には一枚の手紙が握られていた。
手紙には十三人目の特級魔法師が誕生した旨が書かれている。
「セイヤ……」
ユアは手紙を見ながら愛する少年のことを考える。少年の名前はキリスナ=セイヤ。ユアの婚約者にして十三人目の特級魔法師だ。
ユアはどこにいるのかわからないセイヤのことを思う。
セイヤが特級魔法師になったことに関して、ユアはさほど驚いてはいない。それはレイリア魔法大会でセイヤが闇属性の魔法を行使したから。
今年のレイリア魔法大会にはダクリアからの襲撃があり、その大会でダクリアを撃退したのが十三使徒であるレアルと謎の魔法師キリスナ=セイヤとなっている。
レイリア魔法大会以降、レアルと戦ったあの魔法師はいったい何者なのか、そしてあの魔法師が使った紫色の魔法陣はいったいなんなのか。世間はその話題で持ちっきりになっていた。
ダクリアの存在だけでなく、闇属性の存在まで明るみに出た上に、その闇属性がレイリアの未来の卵たちを守ったのだ。当然聖教会としても無下にはできない。
かといって闇属性やダクリアについて説明するわけにもいかない。そうなると、セイヤが特別な力を使える特級魔法師とした方が都合がいい。
現にダクリアの部隊は聖教会に対する反乱派として発表された。
ここまでのことは特級魔法師の娘であるユアの予想の範囲内だ。だからユアはそこまで驚かない。
問題はセイヤと連絡が取れないということである。
「セイヤ……」
すでに別れてからかなりの日数が経つが、いまだに連絡がとれない。特級魔法師になったことから生きているとは思うが、それでも最愛の人と連絡が取れないのは心苦しい。
一言でもいいからセイヤの声が聞きたい。ユアはそう思った。
そこでユアは母親の部屋へと向かう。
コンコン
「お母さん……」
「ユアちゃん?」
母親の部屋をノックすると、中から母親であるカナの声がした。カナは娘が部屋に入ってくるのは珍しいと思い、扉を開けてユアのことを招き入れる。
「どうしたの?」
「念話石を貸して……」
「念話石?」
ユアの突然の申し出に戸惑うカナ。けれどもユアが届いた手紙を見せると、大体のことを察する。
「セイヤくんが……なるほど」
「だから念話石を……」
「わかったわ」
カナは部屋の奥に行くと、自分の机の中から拳ほどの大きさの鉱石を取り出す。それはカナの夫であるライガー専用の念話石だ。
「お父さんでいいんでしょ?」
「うん……」
ユアは念話石を受け取ると、さっそく魔力を流し込みライガーとの念話を試みる。なぜライガーなのかというと、ユアはライガーがセイヤと行動を共にしていることを知っているからである。
しかししばらく魔力を流し続けても、一向にライガーが念話に応じる気配がない。それでもユアは念話を試み続けるが、結果は同じだった。
「どうして……」
「でない?」
不吉な予感がユアの頭の中を掠め、不安の表情を浮かべる。そんな娘の表情を見たカナが心配そうにする。
「お母さん……どうしよう……」
「ユアちゃん……」
行き場のない不安がユアに襲いかかるが、カナにはどうしようもない。
一昔前までなら女神の懐刀として聖教会にも圧倒的な影響力を持てただろうが、今のカナは特級魔法師の妻であり、そこまでの影響力はない。たとえ聖教会に連絡してもはぐらかされるのが関の山だろう。
それに女神が消えた二十年前からカナは姿を消している。今更目が目の懐刀と言ったところで過去の遺産だ。
つらいが、それが現実だ。いまこの瞬間、カナという一人の人間は無力なのだ。それでも、娘にアドバイスをすることはできる。
だからカナはユアにあることを教えた。
「ユアちゃん、念話石が駄目でも、まだ手段はあるわ」
「なに……?」
念話石以外の手段が見つからないユアは泣きそうな顔で首をかしげる。その顔は藁にも縋る思いだ。
「セイヤくんには特別な力がある。そしてリリィちゃんにも」
「!」
その言葉を聞いた瞬間、ユアはカナの言いたいことを理解する。そして急いでリリィの部屋へと向かった。
「リリィ」
「ユアちゃん?」
リリィの部屋に向かおうとすると、ちょうどリリィがユアの前に現れる。今のリリィは大人バージョンのリリィであり、ユアの辛辣な顔に何かを察する。
「リリィ……これ……」
「なに?」
リリィはユアから手紙を受け取ると、中身に目を通した。
「セイヤくんが特級魔法師に。なるほどね」
セイヤの特級魔法師就任を見たリリィは落ち着いていた。リリィもまた、ユアと同じようにセイヤが何かしらの形で優遇されるようになると予想していたので、そこまで驚きはしない。
だが次のユアの言葉でその余裕は消える。
「でも連絡が取れない……」
「なんですって!?」
ユアの言葉に驚きを隠せないリリィ。今まで別行動はしたことあるが、それでも音信不通ということはなかった。何かしらの連絡手段はあったはずだ。
しかし今回は違った。一切連絡が取れない。リリィはそのことに驚くとともに、ユアの要望を察する。
「セイヤくんに連絡してほしいのね?」
「お願い……」
ユアのお願いを聞き、セイヤと念話を試みるリリィ。
水の妖精であるリリィは完全契約をしているセイヤと契約の副産物として念話石を使わない念話が可能だ。そしてユアはリリィに視野と連絡を取ってもらおうとしたのだ。
これで連絡が取れる。ユアはそう思った。
だが結果は残酷だ。
「念話ができない……」
「どうして……」
予想外の返しに言葉を失うユア。
「私の方から念話をしても、セイヤくんの方がブロックしてる状態よ」
「そんな……」
信じられない。ユアの心の中で不安が増大する。
「そうだ……居場所なら……」
セイヤと契約をしているリリィは念話と同じように契約の副産物としてお互いの位置を把握することができる。連絡が取れずとも、どこにいるのかだけを知りたいユア。
しかしリリィは低いトーンで返す。
「残念だけど、位置情報もブロックされているわ」
「嘘……」
信じられない言葉に全身の力が抜け座り込んでしまうユア。念話だけでなく、位置情報まで遮断されているなど信じられなかった。
そんなこと、今までで初めてだ。
「どうして……」
「もしかしてだけど、セイヤくんは危ない橋を渡ってるのかもしれない」
「それって……」
「それで私たちを危険な目に合わせないために……」
リリィの推測を聞き、ユアの中でもう一つの予想が過る。
それは闇属性の使えるセイヤの抹殺。聖教会が主導なら十分あり得る。そして自分たちを危険な目にあわせないためにセイヤは居場所を伝えず、一人で戦っていて、ライガーもセイヤと同じような状態、もしくは動けない状態にある。
これなら合点が行く。
「それなら……」
「そうね」
ユアの言葉にうなずくリリィ。二人の間にもう言葉はいらない。二人は目的のため、すぐに動き出した。




