第227話 目指すべき場所
「すごい、すごい、すごいよセイヤ! 飛んでる、飛んでるよ!」
艦内にダルタの喜ぶ声が響く。
飛行。それは人間の誰しもが憧れ、夢見る世界。人間は空を飛べない。だからこそそれに夢を持ち、飛びたいと思う。
そして今、ダルタは飛んでいた。いな、ダルタを含めた四人全員が空中を飛行していた。
四人が今いる場所は空飛ぶ飛行船の中。飛行船は現在かなり高い高度で飛んでおり、真下に見えるダクリアの街がおもちゃのようだ。
「いかがですか? 我がダクリアの作り出した最新技術は?」
「感動して言葉も出ない」
「そうですか」
セイヤの感想を聞き、嬉しそうな表情のギラネル。
この飛行船はセイヤが夜属性を会得するための山に向かう移動手段としてギラネルが準備したものだ。
「それにしてもいったいどれほどの魔力を使っているんだ?」
これほどの飛行船を飛ばすには相当な魔力が必要になるはず。仮にセイヤが動かすとして、聖属性をフル稼働させても飛ばすことはできないだろう。最低でも聖属性をフル稼働できるセイヤが五人は必要になる。
セイヤは外の景色を見ながらそう考えていた。
だが実際にはセイヤもアーサーもギラネルも、ましてやダルタも一切の魔力を使ってはいない。一体どのようにしてこの飛行船が動いているのか。セイヤは心の底から気になった。
そんなセイヤの問いに対し、ギラネルは紅茶を準備して席に座るように促す。どうやらそこで説明してくれるらしい。
ちなみにダルタは先ほどからずっと窓にへばりついて外の景色を見ており、アーサーは奥のカウンターで酒を飲んでいる。
セイヤは席に付き、紅茶を一口飲むと、改めてギラネルに聞いた。
「いったいどうやって……もしよければ教えてほしいのだが……」
「もちろん。喜んでお教えいたします」
セイヤの遠慮気味の態度に恐れおののくギラネル。
そしてギラネルは胸ポケットからあるものを取り出した。
「それは……魔晶石?」
「はい」
ギラネルが取り出したものは三つの魔晶石。それが一体どのように関わっているのかセイヤには皆目見当がつかなかった。
「セイヤ様。もし空気中にも魔力が存在すると言ったらどう思いますか?」
「空気中に?」
いきなりの質問に戸惑うセイヤ。だがギラネルは気にせず話を進める。
「いきなり何を言っているのかと思ったでしょうが、事実空気中に魔力は存在します」
ギラネルの断言を聞き、驚きを隠せないセイヤ。それもそのはず、現代の知識では空気中に魔力があることを証明できないから。
だがギラネルたちはそのことを証明したのだ。
「近年の研究で私たちは空気中に魔力が存在していることが確認できました。といっても、その魔力は非常に脆弱で魔法師の魔力に比べたら本当に微弱なものです」
ギラネルの説明に改めて驚くセイヤ。一体どれほどの技術力をもってすればそのようなことが可能なのか。セイヤには想像がつかない。
けれどもそんなことで驚いているようじゃ飛行船の技術を理解することは不可能。
「私たちはこの魔力のことを魔力粒子と呼んでいます」
「魔力粒子……」
「はい。そしてこの魔力粒子こそがこの飛行船の動力源です」
「動力源!?」
魔力粒子が動力源ということに驚くセイヤ。しかしセイヤが驚くのも無理はない。普通に言考えれば、ギラネルの言っていることは常識を外れているから。
ギラネルは先ほど魔力粒子は魔法師の魔力に比べて微弱だといった。だがその魔力粒子が、セイヤが五人いてやっと動かせる飛行船の動力源と言ったのだ。
ここまでの話を理解しているのなら、驚いて当然である。
ギラネルはセイヤの反応が予想通りといった顔で説明を続ける。
「確かにそのままの魔力粒子ならば動かすことは不可能です。しかしこれを使えば」
「魔晶石?」
「はい」
ギラネルが指さしたのは先ほどの三つの魔晶石。
「レイリアでの魔晶石は魔法を保存する鉱石ですが、闇属性の存在するダクリアでは必要ありません」
ギラネルの言う通り、ダクリアの実力者の中では魔晶石は不要だ。魔晶石の代わりに『闇波』を使って詠唱を省略すればいいから。
「そもそも魔晶石とは鉱石内に魔法陣を保存して、そこに魔力を流し込むことで詠唱による魔法陣構築の時間を省略します」
「確かに定理ではそうだが……」
だから何を言いたい。セイヤは心の中でそう思った。ここまでの話を聞く限り、ギラネルが何を言いたいのかセイヤには理解できなかった。
「つまり魔晶石に魔法陣を保存すれば、あとは魔力が流れれば勝手に魔法が行使される」
「まさか!?」
「やっとお気づきですね」
ここにきて、やっとギラネルの言いたいことを理解したセイヤ。
「まさか空気中の魔力を使って……」
「正解です」
ギラネルはそう言って一つの鉱石をセイヤに差し出す。
「こちらの鉱石には魔力粒子を集める収束の魔法陣が保存されています」
「つまり魔力が流れれば魔力粒子が勝手に集まると?」
「はい。それも一度流せば半永久的に魔力粒子が集まります」
「なるほど」
ギラネルは次に黄色い鉱石を手渡す。
「そしてこちらの鉱石には光属性の魔力上昇の魔法陣が保存されています」
「光属性?」
セイヤは魔王が光属性の魔法を使えることに疑問を覚えたが、その疑問はすぐに解消される。
「こちらはアーサーによって保存されました」
「なるほど」
「魔力がこの鉱石を通り抜けるとその量は一千から一万倍に上昇し、次の魔晶石に進みます」
そう言って取り出した最後の魔晶石は赤色。
「で、これが実際の動力源と?」
「はい。こちらには火属性の魔法陣が保存されております」
今まで見せてもらった三つの魔晶石。そこにはそれぞれの魔法陣が保存されており、大切な役目をはたしている。
「これら三つをワンセットととして、この飛行船には全部で八か所設置されています」
「それでこの飛行船が動いているのか」
「そうなります」
ギラネルの説明に改めて感心するセイヤ。この飛行船の仕組みを聞いたセイヤは一人の魔法師として心から感動した。まさにこれは大発明だ。
人の力を患わずにこれほどの飛行船を、それも半永久的に使うなど誰が考え付くだろうか。まさに歴史が変わった瞬間だ。
「一つ難点があるとすれば、始動時に魔法師が必要というところでしょうか」
「それにしてもすごい。これを発明した人は天才だ」
「ふふ、ありがたきお言葉」
セイヤに一礼するギラネル。どうやらこの飛行船を作ったのはギラネルらしい。
と、そこで酒を飲んでいたアーサーが戻ってくる。
「おいギラネル。目的地まではどれくらいだ?」
ギラネルは一瞬だけムスッとした顔をするが、すぐに例の地図を持ってくる。そして地図をテーブルの上に広げると、説明を始めた。
「まず私たちが発った館はここ。そして目指すキレル山脈はここだ」
「ほう、結構あるな」
「ああ、馬なら二十日はかかる」
予想外の長い距離にセイヤは面食らう。だがそれはあくまで馬での日数。この飛行船は馬よりも断然速い。
「で、この飛行船なら?」
「遅くとも二日後には到着するだろう」
「ほう、それは早い」
馬との違いに感心するアーサー。そしてセイヤもその速さに感嘆する。
「二日……」
「ま、それまではくつろいでおけ。帝王」
「わかってる」
少し緊張の色が見えるセイヤ。だが無理もないことだ。
「キレル山脈……」
目指すキレル山脈まであと二日。セイヤはそこで人生最大級の試練にぶつかるのであった。




